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四国四端を制覇するツーリング(前編):原付二種には四国は大陸! ジョン・万次郎を見習おう。


原付二種スクーターで四国四端をめぐった一週間のツーリング記録です。
動画もアップしています。

こちら、最果て研究所。

東京の洋上600キロに浮かぶ幻の島、四国。
原付二種スクーターで訪れる者にとって、そこはもはや小大陸オーストラリアを超える存在感を持つ。

弘法大師が産湯を使い、坂本龍馬は脱藩し、ジョン万次郎は知らぬ間に世界へ繰り出した。

東京生まれの坊ちゃんは松山城下で大立ち回り。
うどんは県民食となり、夏になれば阿波踊りが乱舞する。

そんな四国の東西南北、その四つの端っこを調査する、長く険しいツーリングの始まりである。

東京から徳島へ:台風とフェリーと村上さん


長く険しい、なんて言ってしまったけれど、もちろん楽で快適な旅がいいに決まっている。
胸をすくような秋晴れの下で出発する絵を夢見ていたけれど、現実は非情。
台風が接近し小雨が降り続く中を、東京湾を目指して一走り。
テンションはダダ下がりである。

台風の進路次第ではフェリーは欠航となるらしい。
もう家に帰って寝ちゃおうかしらと思ったところで、搭乗時間を告げるアナウンスが鳴り響く。
係員さんの指示に従い、あれよあれよという間に滑りやすいタラップを乗り越えて、再び係員さんの鮮やかな手並みによって船に詰め込まれる。
これは夢か幻か。
実は家の布団の中で四国に行く妄想をしているのではないかしら。
自らの実存を疑うほどに、鮮やかな誘導であった。

もしフェリーの乗り込みに不安を覚えている方がいたら、こう言いたい。
なすに任せよ。神の見えざる手が導いてくれる。


雨の中、フェリーに乗り込む。@東京湾。


ところで、わたしは三半規管にやや不安を抱えている。
しかも船は台風の近くを突っ切っていくわけだから、これはリバースもやむなしである。

自動販売機でビールやらおつまみやらを買って(フェリーりつりんには食堂はなく、代わりに食品を売る自動販売機がいっぱいある)洋上の晩餐を楽しむ紳士たちをしり目に、消化に良いおうどんを食べて、早々に就寝する。

ああ、きっと何度も目が覚めて、トイレに立てこもることになるだろう、、、寝不足でツーリング初日を迎えねばならんとは、、、

と、憂鬱な気分で目を覚ましたのは、9時間後の翌朝5時。
さすが大型フェリー。めちゃ快適。

昨日の賑わいが嘘のように静かな食事スペースにおいて、優雅に珈琲を飲み、村上春樹の『海辺のカフカ』を読んで文学青年を気取りながら、四国ツーリング初日の朝を迎えるのであった。

徳島上陸~海沿いを南下:高知に突入


さて、これまたあれよあれよという間に、係員さんの鮮やかな手際で四国に降ろされる。
なんか面白いことを言おうと思ったけれど、そんな間もなく、四国上陸。
もはや水揚げである。

徳島は曇天。空気は生暖かく、南に来た感じがする。
ここからはひたすら海沿いを南下して高知県入りを目指す。
四国は大体、山か海か、その両方である。
平地という概念が希薄だ。


曇天の徳島を行く。

そして何のトラブルもなく、徳島県境の高知県の町、東洋町につく。
宿泊地の甲浦集落はぶっちょう造りという伝統家屋が残った懐古的な街並みが続く。
夕暮れ時と相まって感傷的な気分に浸り、ああ、遠くに来たもんだ。
と思う。
そして、こうも思う。

四国、意外と楽勝だぜ。


四国の洗礼①:夜の暗さを知らない都会人は昼の明るさにも気づかない。Deer Attack。


さて、二日目の朝まだき。
室戸岬から眺める朝日が大変きれいで「映える」ということで、日が昇らぬうちからツーリングを始める。

真っ暗である。
ホテルの駐車場の真ん中あたりなんて、クトゥルフ神話の生命体がコサックダンスを踊っていてもおかしくないくらい、深淵の闇である。

でも、わたしは前日の旅の成功に味を占めているので、余裕である。
「結局ね、夜の暗さを知らない人間に、昼の明るさは分からないんすわ」などと、ニーチェの台詞を引用して気取っている。

四国を一日走っただけで、四国通気取りである。

しかし、四国がそれを許すだろうか。
いや、許さない。
海沿いを離れ、山中に入る坂道を登ろうとアクセルをひねる。
その瞬間、仏門の使者が現れる。

鹿、である。
立派な角を持った鹿である。
お釈迦様とも浅からぬ因縁を持つ鹿である。

「四国、なめんじゃねえよ。ケガするぜ」
多分そう言っていた。ガンも飛ばされた。


立派な角を持った鹿ですね。

いやー、それにしても事故にならず良かったです。
わたしなど風の前の塵みたいな存在なのでどうとでもなりますが、鹿が大けがしたらかわいそうですし、こんな早朝に出動していただく警察や消防の皆様にも申し訳が立ちません。
朝早く走る際は気を付けましょう(自戒)。


その後、室戸岬に向かう土佐浜街道は絶景路。
これほど快適なシーサイドロードは、そうない。
しばし走ると巨大な弘法大師の像があり、そこを過ぎると室戸岬がある。
岩が黒くてごっつごつである。

地球が癇癪を起して暴れまわった後のような景色である。
その中で見る朝日にはこう言うしかない。
「すげえなあ」、と。


室戸岬の朝やけ。

いよいよ、四国最南端足摺岬へ:龍馬と万次郎の夢の跡を追っていけ。


その後、高知県の南の海沿いを走り続ける。
ここを飛び出せば太平洋である。
行きつく先はUSA。

この地理的条件は数多の人の運命を変えた。

10月だというのに真夏のような暑さの中、真っ青な海沿いを走り抜ける。
もちろん、桂浜の坂本さんの銅像にもご挨拶を欠かさない。
龍馬は数多の観光客に見上げられながら、それらには一瞥もくれず、太平洋の先を見つめ続けている。

その後もひたすら目のいたくなるような煌めく海沿いを走る。
景色が急にすぽんと縮まったような気がしたら、そこは土佐清水市、一説には東京から一番遠い地、足摺岬半島の入り口である。

それにしても、半島っていいですよね。
あのどん詰まりの感じがなんとも素晴らしい。
人類はもっと半島を評価すべきである。

閑話休題。
突然、植生が熱帯になる。
まるで「千と千尋の神隠し」の世界にでも誘い込まれるような狭い道を抜けると、一人の男の背中が見える。
四国最南端、足摺岬である。

足摺岬に訪れるものにあくまで背を向け、太平洋をにらみ続けるその男こそ、高知が生んだ初の国際人、ジョン万次郎である。
坂本龍馬が外国にあこがれた漢だとするなら、ジョン万次郎は外国に誘い込まれた男。
漁師だった万次郎さんは青年時代に遭難し、わけもわからずアメリカに連れていかれてしまった。
そして十年後、英語を習得した彼は日本に舞い戻った。
何たる、不運。何たる、幸運。

そんな数奇な運命をたどった万次郎氏に見守られながら、足摺岬の先端を目指します。
途中、展望台があり四国最南端と書いてありますが、これは罠?
灯台はもう少し先にある。
完全にジャングルと化した森の中をしばし歩くと灯台がある。


四国最南端、足摺岬。ジョン万次郎さんの背中が見える。



これにて四国最南端到達である。
ふたりの高知人の夢の壮大さに比べて、意外なほどにこじんまりした最南端であった。

その後、愛媛県境の町、宿毛にて一泊し、ツーリング二日目を終えた。

試練続きの中編に続きます。


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