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私が書くようになったきっかけ

「おばあちゃんへ。お元気ですか。私は元気です。小学校がなつやすみになったら会いに行くね。」

鉛筆で書き終えたハガキの文面をじっと眺めてから、そばで見ていた母にたずねた。

「おばあちゃん、お手紙届いたら喜ぶかな?」
「うん、きっと喜ぶわよ。1年生には漢字が難しいと思うから、住所は書いといてあげるね」
母は私が書いたハガキを手にとるとひっくり返して、さらさらと住所を書いてくれた。宛先は祖母の住む宮崎県。東京に住んでいた私にとって、祖母の住む町は遠い。

けれども私が書いた言葉はハガキに乗って、自由に祖母のもとへ飛んでいける。


祖母からのお返事は、いつも必ず電話だった。
「もしもし、あんた元気にやっとるとね。お手紙ありがとね。おばあちゃん嬉しかった〜」聞き慣れない宮崎弁を理解しようと、家の固定電話の受話器を耳に強く押し当てながら、私はこう思っていた。

「書いてよかった」

私が書くようになったきっかけ。それは、祖母への手紙、正確には祖母に宛てた1枚のハガキだった。


戦争体験者の祖母は、学校にあまり行かれず、字を書くのが苦手だったそうだ。そのため祖母から手紙での返事はなかったが、それでも私は、祖母が喜ぶ姿が嬉しくて、ことあるごとに祖母にハガキを送った。


小学校が夏休みになると、共働きだった両親は、まるまる1ヶ月私を祖母の家に預けることがあった。待ちに待った夏休み。リュクサックを背負った私は、宮崎の空港に降り立つと出迎えて、待っていてくれる祖母を見つけて、走って駆け寄った。


「よくきたね!待っとったよ!」祖母の手が私の頭を優しく包んだ。
空港から見る空はいつも気持ちのよい青空で、ブーゲンビリアの花の鮮やかなピンク色が、晴れ晴れとした気持ちにさせてくれた。


夏休み期間の滞在が終わった後、祖母は空港で涙をこらえながら、くしゃくしゃな笑顔で私を見送った。


「おばあちゃん、またお手紙書くからね!」私の声を聞き、祖母は何も言わず、代わりに何度もうなづいた。



*******

「ねえ、ねえおばちゃん。もうすぐお誕生日じゃない? 何か欲しいものある? 私、アルバイトはじめたんだ。だから今年の誕生日は何か買って送るよ」
私は高校生になった。制服姿のまま携帯電話越しに、祖母の声を聞いた。
「何もいらんよ」
「え〜、せっかくなんだから何か欲しいものないの?」
「あるとしたら、あんたの手紙がほしいわ。おばあちゃん、あんたからの手紙もらうのが一番好き。昔はよく書いてくれおったがね」
「そうだったね、懐かしいな」
高校生の私はいつの間にか、もう祖母へ手紙をあまり書かなくなっていた。


さらに大人になった。仕事を言い訳に、いつしか電話も昔よりかける回数がずっと少なくっていた。


最後に宮崎の祖母の家に行ったとき、私は30代半ばになっていた。
少し呆けてしまった祖母は、昔よりずっと小さく見える。
呆けた祖母だったが、別れ際の玄関先でなぜかそのときばかりははっきりとこう言った。

「おばあちゃん、あんたのことずっと見守ってるからね。遠くから、ずっと見守ってるからね」
それが祖母とやりとりした最後だった。私が東京に帰って数ヶ月後、祖母はこの世を去った。
 

祖母の訃報を受け、仕事帰りに慌てて飛行機に飛び乗り、祖母の葬儀に参列した。葬儀の日も空は青々と澄んでいて、雲一つない快晴だった。

東京に帰ったあと、ふと思い立ち私は亡き祖母に向けて手紙を書いた。
便箋を使って、長い長い手紙を祖母に向けて書いた。


「おばあちゃん、ありがとう」


送る宛先のない手紙は、書き終えた後、そっと引き出しの奥にしまった。



*******


パソコンの画面を開き、来ていたチャットを眺めて小さくため息をつく。
私が書いたブログ記事の講師からのフィードバックだった。


「この記事はどんな読者さんに向けて書いたコンテンツですか?提供する情報は何ですか?」


仕事をしながら、私はブログの副業に挑戦していた。祖母の手紙からはじまった私の「書く」きっかけは芽を出し、気づかぬうちに、いつしか自分の言葉で誰かの心に届く言葉を書きたいと思うようになっていた。


「書く」ことで、会社員の生活とはまた違う自分の道を見つけられたらいいと思い、私が選んだのはブログ記事作成だった。

取り組んだのは、WordPressのブログ執筆。そこで広告を掲載するにはGoogleの審査に通る必要があり、私は講師に教わりながら何度も挑戦した。
けれども、結果はなかなか出なかった。思うような記事がいつになっても書けず焦りが募った。


「なかなかうまく書けません」私が講師にチャットで相談すると、こんな答えが帰ってきた。
「あなたの記事を読んで、読者さんがどんな感情になったら嬉しいですか?」


パソコンの画面とにらめっこをしていた私は、思わず顔をあげた。
思い出したのは、手紙を受け取って喜んだ祖母の弾む声。


「私の記事を読んで、読んでよかったなと読者さんが喜んでくれたら嬉しいです」


読者さんの笑顔を想像すると、私は再び書くことに向き合った。
学びながら、ただ自分が楽しんで書くことと、読んでもらえるような記事を書くには違うことや、書く技術も大切であることを知る。


ようやくGoogleの審査に通ったとき、込み上げてきたのは喜びよりも、ほっとした安堵の気持ちだったかもしれない。


「わ〜、すごい!すごい!1円がはいってます!」
あるとき、広告収入で1円を得ることができた。はじめての体験だった。
私が喜んで講師に報告した瞬間、じんわりと胸の奥で熱いものが込み上げてきた。

たかが1円と思われるかもしれない。けれども、はじめて自分が書いた言葉で得た1円はとても尊かった。


それから私はさらに学びを深め、書くことの奥深さを知っていく。
同時に書けば書くほど、楽しくなる一方で、自分のスキルのなさに落ち込む日々もある。
それでも私はずっと何かを書き続けている。私が書く媒体はWordPressからnoteに移った。noteは自分の想いを自由に表現できる心地よさがあり、私にはとても合っているようだった。さらにnoteで記事を書けたおかげで、書くこつをつかみ、電子書籍も出版することができた。


「あっ!誰かからコメント入ってる」
電子書籍を出版したときのこと。SNSを通して私の書籍の感想コメントに気がついた。
「とても共感しました」
読んだ方からの温かい言葉が嬉しくて、私はコメントを何度も読み返した。


ブログ記事や電子書籍、どんな媒体でも、自分が書いた言葉の向こうには人がいる。


見えない誰かにそっと想いを届けるように、私は丁寧に言葉をつづりたいと思う。


今年の夏が来たら、親族に会いに私はまた祖母がいた宮崎に行く予定だ。
空港を降りたら抜けるような青空が待っている。そして、私はきっと祖母を思い出すと思う。けれども、もう天国の祖母へ手紙を書いたりはしない。
代わりにたくさんの体験をして、もっともっと自分の世界を広げていこうと思う。


そして自分の世界の中から言葉を拾いだし、誰かの心に届く言葉を届けたい。昔、祖母が喜んでくれたように。


最後に、小学生だった自分へ。
「お元気ですか。今日も私は書いています!おばあちゃんとたくさん楽しいときを過ごしてね」


【おわりに】
この記事は、こちらのコンテストに参加した記事です。
今回、参加させていただき自分を振り返ることができともよい経験でした!


追記*
みくまゆさんのご著書『書く人生のはじめかた』を読んだのですが、とても濃い内容でした。
プロの書き手の方のマインドや仕事術など、あらゆることが学べて、勉強になります。これから何か書いてみたい方はもちろん、書くことをお仕事にしたい方に、おすすめの一冊です。




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