TED Talks 「刑務所の哲学」
皆さんはこんな言葉を知っていますか?
Let‘s do this!(やっちまうか!)
何の変哲もない言葉と思っていましたが、この言葉は私が今でも使うフレーズの一つです。
私がなぜこの言葉が好きになったのか。
この言葉と私が出会ったのは、デイモン・ホロヴィッヅ氏のTEDトーク「刑務所の哲学」でした。この話は、サン・クエンティン州立刑務所で哲学を教える話し手と、彼の教え子であるトニーの物語です。トニーは16歳の時に強盗事件を起こし、意図せず人を殺してしまい、終身刑を言い渡されていました。
彼は毎日「お前は間違っている」という言葉を浴びせられ、自身が「間違い」の烙印を押された人間だと感じていました。そんな絶望の中で、彼は話し手に「何が正しくて、何が間違っているか、俺に何を教えられるというんだ?」と問いかけます。
このトーク全体を象徴するのが、冒頭と結びで繰り返される「Let's do this(やっちまうか!)」という言葉です。最初にこの言葉は、トニーを破滅へと導いた友人の誘いの言葉として登場します。しかし、話の最後では、哲学という「考えること」を通して、絶望から希望を見出したトニーと話し手が、共に歩み続ける決意を表す言葉へと変わるのです。
「刑務所の哲学」 デイモン・ホロヴィッヅ
Meet Tony. He's my student, and he's about my age.
(私の教え子トニーの話をします。彼は私と大差ありません。)
He's in San Quentin State Prison.
(彼はサン・クエンティン州立刑務所にいます。)
When Tony was 16 years old, one day, one moment,
(トニーが16歳だった、ある日ある瞬間のことでした。)
"It was mom's gun.
(「あれは母さんの銃だ。)
Just flash it, scare the guy.
(チンピラを脅かしてやろうと...)
He's a punk.
(あいつはろくでなしだ。)
He took some money; we'll take his money.
(金をぼられたからやり返そうと思った。)
That'll teach him.
(それが教訓になるだろう。)
Then last minute, I'm thinking, 'Can't do this. This is wrong.'
(でも土壇場で、僕は考えたんだ。『これはできない。これは間違っている。』)
My buddy says, 'C'mon, let's do this.'
(友人が言ったんだ。『行こうぜ、やろうぜ。』)
I say, 'Let's do this.'"
(僕も言ったんだ。『やろうぜ。』」)
And those three words, Tony's going to remember, because the next thing he knows, he hears the pop.
(そしてその3つの言葉をトニーは覚えているでしょう。次に彼が知ったのは、銃声が聞こえたことです。)
There's the punk on the ground, puddle of blood.
(血の海にチンピラが横たわっていました。)
And that's felony murder -- 25 to life, parole at 50 if you're lucky, and Tony's not feeling very lucky.
(それが重罪殺人です。25年から終身刑、運が良ければ50歳で仮出所ですが、トニーはあまり運がいいとは思っていませんでした。)
So when we meet in my philosophy class in his prison and I say, "In this class, we will discuss the foundations of ethics," Tony interrupts me.
(それで、刑務所の私の哲学の授業で会ったとき、私が「このクラスでは道徳の基礎について議論します」と言うと、トニーは私を遮りました。)
"What are you going to teach me about right and wrong? I know what is wrong.
(「良いことと悪いこと?いったい何を教えてくれるんだ?俺は間違いを知っている。)
I have done wrong.
(罪を犯したんだ。)
I am told every day, by every face I see, every wall I face, that I am wrong.
(俺が見るすべての顔、俺が向き合うすべての壁が、俺は間違っていると毎日告げているんだ。)
If I ever get out of here, there will always be a mark by my name.
(もしここを出ることができたとしても、俺の名前には常に汚点が残るだろう。)
I'm a convict; I am branded 'wrong.'
(俺は囚人だ。『間違い』の烙印を押されている。)
What are you going to tell me about right and wrong?"
(何が正しくて、何が間違っているか、お前が俺に何を語れるっていうんだ?」)
So I say to Tony, "Sorry, but it's worse than you think.
(そこで私はトニーに言いました。「悪いけど、事態は君が思っているより深刻だ。)
You think you know right and wrong?
(君は正しさと間違いを知っていると思っているのか?)
Then can you tell me what wrong is?
(なら、間違いとは何かを説明できるか?)
No, don't just give me an example.
(いや、ただ例を挙げるんではないよ。)
I want to know about wrongness itself, the idea of wrong.
(私は間違いそのもの、間違いという概念について知りたいんだ。)
What is that idea?
(その概念とは何だ?)
What makes something wrong?
(何が物事を間違ったものにするのか?)
How do we know that it's wrong?
(どうやってそれが間違っているとわかるのか?)
Maybe you and I disagree.
(おそらく君と私は意見が合わないだろう。)
Maybe one of us is wrong about the wrong.
(私たちどちらか一方が、間違いについて間違っているのかもしれない。)
Maybe it's you, maybe it's me -- but we're not here to trade opinions; everyone's got an opinion.
(それが君かもしれないし、私かもしれない。だが、私たちは意見を交換しに来たわけではない。誰もが意見を持っているからね。)
We are here for knowledge.
(私たちは知識を求めてここにいるんだ。)
Our enemy is thoughtlessness.
(私たちの敵は、思慮のなさだ。)
This is philosophy."
(これこそが哲学だ。」)
And something changes for Tony.
(そしてトニーに何かが変わりました。)
"Could be I'm wrong.
(「もしかしたら、俺は間違っているのかもしれない。)
I'm tired of being wrong.
(間違っていることにうんざりしているんだ。)
I want to know what is wrong.
(何が間違いなのか知りたい。)
I want to know what I know."
(自分が何を知っているのか知りたい。」)
What Tony sees in that moment is the project of philosophy, the project that begins in wonder -- what Kant called "admiration and awe at the starry sky above and the moral law within."
(その瞬間、トニーが見出したのは哲学というプロジェクト、つまり驚きから始まるプロジェクトです。カントが「我が上なる星空と、我が内なる道徳法則への畏敬の念」と呼んだものです。)
What can creatures like us know of such things?
(私たちのような存在が、そのようなことについて何を知り得るだろうか?)
It is the project that always takes us back to the condition of existence -- what Heidegger called "the always already there."
(それは常に私たちを存在の条件へと立ち戻らせるプロジェクトです。ハイデッガーが「常にすでにそこにあるもの」と呼んだものです。)
It is the project of questioning what we believe and why we believe it -- what Socrates called "the examined life."
(それは、私たちが何を信じ、なぜそれを信じるのかを問いかけるプロジェクトです。ソクラテスが「吟味された生」と呼んだものです。)
Socrates, a man wise enough to know that he knows nothing.
(ソクラテスは、自分が何も知らないことを知るほど賢い人物でした。)
Socrates died in prison, his philosophy intact.
(ソクラテスは牢獄で生涯を終えましたが、彼の哲学は無傷でした。)
So Tony starts doing his homework.
(それで、トニーは宿題を始めました。)
He learns his whys and wherefores, his causes and correlations, his logic, his fallacies.
(彼は自分の理由や根拠、原因と相関関係、論理、そして誤謬を学びます。)
Turns out, Tony's got the philosophy muscle.
(わかったのは、トニーには哲学の才能があるということです。)
His body is in prison, but his mind is free.
(彼の体は刑務所にありますが、彼の心は自由なのです。)
Tony learns about the ontologically promiscuous, the epistemologically anxious, the ethically dubious, the metaphysically ridiculous.
(トニーは、存在論的に奔放なもの、認識論的に不安なもの、倫理的に疑わしいもの、形而上学的に馬鹿げたものについて学びます。)
That's Plato, Descartes, Nietzsche and Bill Clinton.
(それはプラトン、デカルト、ニーチェ、そしてビル・クリントンです。)
So when he gives me his final paper, in which he argues that the categorical imperative is perhaps too uncompromising to deal with the conflict that affects our everyday and challenges me to tell him whether therefore we are condemned to moral failure,
(それで、彼が最終論文を私に提出したとき、彼は定言命法が私たちの日常生活に影響を与える対立に対処するには、おそらくあまりにも融通が利かないと主張し、したがって私たちは道徳的な失敗を宣告されているのかどうかを私に説明するよう求めました。)
I say, "I don't know.
(私は言いました。「分からないよ。)
Let us think about that."
(一緒に考えよう。」)
Because in that moment, there's no mark by Tony's name; it's just the two of us standing there.
(なぜなら、その瞬間にはトニーの名前に烙印はなく、そこに立っているのは私たち二人だけだからです。)
It is not professor and convict, it is just two minds ready to do philosophy.
(教授と囚人ではなく、ただ哲学をする準備ができた二つの心です。)
And I say to Tony, "Let's do this."
(そして私はトニーに言いました。「やろうぜ。」)
Thank you.
(ありがとうございました。)
誰にでも、トニーのように「もう無理だ」と感じる瞬間があるでしょう。しかし、この物語が教えてくれるのは、そこで諦める必要はないということです。
自分の状況を「ダメだ」と断定するのではなく、一歩引いて「どうすればこの状況を変えられるか?」と考える。その思考の切り替えこそが、最もパワフルな行動です。
目の前の困難を前にした時、この言葉を思い出してください。
「Let‘s do this!(やっちまうか!)」
あなたの人生を前向きに切り拓くための、新たな挑戦を始めてみませんか?
それではまた。
