さよなら、めぐる
※この記事について
この記事は、個人の体験を元に記しています。内容には死産、出産、火葬などのセンシティブな記述が含まれます。読む方の状況や心情により、つらさを感じることがあるかもしれません。必要に応じて、無理なく読み進めていただければ幸いです。
また、医療的な判断や手続きについては、地域や病院によって異なる場合があります。必要な際は、医師や行政窓口へご相談ください。
小さな命とのお別れ 〜13週目の健診から出産まで〜
2025年3月17日。13週目の妊婦健診で、わたしの赤ちゃんの心拍が確認できなくなっていました。
自然に流れてくることは見込めないとのことで、医師から「出産」という形で赤ちゃんを迎える選択が必要になりました。
当日、健診を受けたのは小児医療に特化した病院だったため、妊娠初期から通っていた総合病院の産科を急きょ受診し、翌18日からの入院が決まりました。
妊娠4ヶ月を過ぎていたため、これは「死産」となり、医療的にも「出産」扱いに。仕事は産休扱いになるため、すぐに職場へ相談し、必要な書類を受け取りました。残っていた仕事を片付け、入院の準備を整えました。
この時点では、深く悲しむというより、ただ目の前のことに追われ、災害時のような興奮状態で過ごしていました。泣く余裕すらなかったように思います。
入院初日 ― 心と身体にくる痛み
18日 、病院のご配慮で個室を用意していただきました。
産科病棟には保育器で眠る赤ちゃんがたくさんいて、胸が締めつけられました。
午前中には「ラミナリア」という器具を子宮口に挿入しました。これは子宮を広げるための処置で、朝と夕方の2回。かなりの痛みを伴いました。
出産 ― めぐるとの対面
翌日、子宮口が十分に開いたことを確認し、陣痛促進剤を投与。
予定では2回投与の見込みでしたが、1回目の投与から1時間半で破水。輸血などの処置も必要なく、無事に出産することができました。
小さな命との対面でした。
死産後の手続きと、名づけ
出産後は、病院から「死産証明書」を受け取り、市役所で「埋葬許可証」を申請しました。
火葬の手配やお骨の受け取りは夫が対応してくれました。火葬は出産の3日後。わたしたちは自分たちで準備した小さな箱に遺体を納め、火葬場に向かいました。
職員の方が丁寧に対応してくださり、かすかな遺骨を拾い集めて骨壺に納めることができました。ほとんど灰になってしまった中で、ほんのわずかでも連れて帰れたことに、心から感謝しています。
わたしたちは、この子に「巡(めぐる)」という名前をつけました。
どこかで幸せに生まれ変わってほしい。めぐり逢える日がまた来るなら。そんな願いを込めています。
戸籍には残らない名前ですが、わたしたちにとってとても大切な存在です。
手続きと職場復帰まで
出産費用は、出産育児一時金制度により一部が直接病院へ支払われました。不足分や余剰分については、書類を準備して申請。
出産手当金についても、入院中に必要書類を病院で記入してもらい、退院後に職場側へ依頼しました。
心身のケアも行いながら、2か月後には職場に復帰しました。体調は問題なく、少しずつ日常に戻ることができました。
最後に
健診で「胎児浮腫」の可能性を告げられていた時点で、どこかで「もしかしたら…」という気持ちがありました。
そのためか、驚きや絶望というより、冷静に受け入れることができたのかもしれません。
もし、順調に育っていた中で突然のことだったら、私は立ち直れなかったと思います。
出生前診断も、結果が出る前のことだったため、判断を迫られることはありませんでした。巡がすべてを選び取ってくれたような気がしています。とても優しい子でした。
めぐるへ
さよなら、めぐる。
あなたと過ごした時間は、夢のように静かで温かいものでした。
私たちのもとに来てくれて、ありがとう。
