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【Column】割れたタイルとカタルーニャの光で廃材を宝石に変えた男アントニ・ガウディ

光も味方につけたガウディの先見性

先日、グエル公園の波打つベンチに座りながら、サグラダ・ファミリアの工事を眺めていたら、あることに気がついた。割れたタイルに光が当たると見るたびに違う色や形に見えるのだ。

しかも、よく見ると色々な種類、文化の陶片が混ざって「呼び継ぎ」になっていた。そして、世界各国の人々が笑いながら、ベンチに座って楽しんでいる。これはガウディが夢みた景色なのではないだろうか? アントニ・ガウディを、ある種の預言者のように感じた。

「自然を模倣した形態を建築に取り入れる」

この考え方は時代を先取りし、多くの点で未来的だと言える。彼は、形状、スタイル、色彩、そのすべてにおいて近代建築の限界を打ち破った。最も注目すべきなのは、割れたタイルとカタルーニャの太陽で、「廃材を宝石に変えた」ことだろう。

現代で言うリサイクル(アップサイクル)の先駆者だ。その象徴が、「トレカディス(trencadís)」と呼ばれる破砕タイルの技法。ガウディは、タイルの製造工程で出た不良品や、工事現場の廃棄物、壊れたコーヒーカップや皿なども積極的に再利用した。廃棄物を芸術に変えたのだ。

ガウディの建築は曲線が多用されている。大きなタイルは曲面に貼れないが、細かく割ることで、うねるような有機的なフォルムを隙間なく美しく覆うことが可能になる。機能美でもあるのだ。グエル公園の 「トカゲ(ドラゴン)」の像や、世界一長いと言われる波打つベンチがよく知られているが、カサ・バトリョ、サグラダ・ファミリアにも応用されている。

さらに陶器やガラスの破片は耐候性が高く、バルセロナの強い日差しを反射する。建物に宝石のような輝きとエネルギーを与えてくれる。ガウディは100年以上も前に、自然界にある「曲線」を再現するために、人間が作り出した「廃棄物」を再利用するという、非常に先進的でサステナブルな手法を確立したのだ。光までも味方につけようとしたところがガウディの魅力だと思う。

ガウディは、カタルーニャ出身の建築家であり、あらゆるものを0から作り上げる職人で、プロダクトデザイナーでもあった。もはや、近代建築において最も影響力のある人物の一人なのだ。

自然の形態を有機的な曲線として建築に取り入れたフランク・ゲーリーやザハ・ハディッドも、ガウディがいなければ存在しなかったかもしれない。我々は、ガウディの作品から何を学ぶことができるだろうか?

その1、圧倒的に独創的だった。 ガウディは建築において、既成の概念や慣習にとらわれることなく、独自のスタイルを築き上げた。建築の細部に植物、動物、昆虫などをリアルに表現した装飾を多用。新しい形態、素材、技法を実験的に試した。

「美しい形は構造的に安定している」という信念のもと、自然力学に基づいた合理的な構造と装飾を一体化させた。 当時盛んだったゴシック建築の復興運動(ネオ・ゴシック)の影響を強く受けているが、フランスの建築家ヴィオレ・ル・デュックの「構造の真実性」という概念からも刺激を受け、ゴシック様式をさらに発展させた独自の建築を追求した。

壁や天井に波打つような有機的な曲線を多用し、洞窟のような空間を作り出した。批評家を喜ばせることや流行に追随することなど気にせず、ただ自分自身と理想を表現することに専念。その結果として、彼の作品は独自性において際立っている。圧倒的に独創性だ。異分野からのインスピレーションを大きく取り入れているところも興味深い。

近代建築の三大巨匠が残したミース・ファン・デル・ローエの「神はディテールに宿る」という言葉すらガウディの教えのようにも感じるだろう。

その2、深い情熱を持っていた。ガウディは、自身の作品に深い情熱を注ぎ、生涯を捧げた。彼は休むことなくプロジェクトに取り組み、時には現場で生活し、アトリエで寝泊まりもした。

彼は周囲のあらゆるもの、特に自然から常にインスピレーションを得ており、深い愛情をもって観察した。そんな彼の情熱は、作品の細部にまで表れ、作品に独特の象徴性を吹き込んだ。

ガウディは1883年からサグラダ・ファミリアの設計を引き継ぎ、1926年に亡くなるまでの晩年(1914年以降)は、他の仕事をすべて断ってこの教会の建設に全精力を注いだ。造形的にもあきらめなかった。

ガウディは「自然には直線も鋭角もない。だから建物にも直線や鋭角があってはならない」という言葉を残しているが、集合住宅カサ・バトリョ、カサ・ミラは、彼が自然から得たインスピレーションの素晴らしい例だ。

実現が難しいとも思われる曲線美と、天窓や中央のタイル張りのパティオからの自然光を最大限に活用するアイデアは、こだわりと情熱を持っているからこそできたのだと思う。ガウディが細部に至るまで考え抜いた造形に感動した。

その3、あきらめない精神を持っていた。ガウディは、人生の中で、多くの困難と挫折に直面し続けた。それでも彼は、亡くなるまでの40年以上、サグラダ・ファミリアの建設に心血を注いだ。途中、資金や時間が不足するという問題もたびたび起きた。

もちろん、彼自身が生きている間に、教会が完成しないことをよく理解しており、亡くなるまでに完成したのは全体の4分の1程度。それでも彼はモチベーションを失わず、次の世代に引き継ぐための設計資料や模型を製作し続けた。

さらに技術的問題、政治的な混乱、世間からの批判、身体的な病気など、様々な問題に対応しなければならなかった。しかし、決してプロジェクトを諦めたり、妥協したりすることはなかった。常に、楽観的な姿勢と強い意志を持って、あらゆる困難を乗り越えた。

その4、時代を先取る先見の明を持っていた。ガウディは、かなり時代を先取りしている。地元のカタルーニャの石材や伝統的な技術を持つ職人の力を最大限に活用。有機的な形態、構造、芸術と機能を融合させる点で、あらゆる近代建築の未来を先取りしていた。実に、持続可能な建築だった。

彼の代名詞である「トレンカディス」(タイルを割った装飾)は、リサイクル性、持続可能性、そして美的価値を兼ね備えているため、ガウディが好んだ技法のひとつだが、金継ぎの技法「呼び継ぎ」にも似ている。違う文化をつなぐという比喩的な行為にも感じる。

また、多様性、文化的アイデンティティといった課題も予見していた。ガウディは、建築作品を環境に適応し、利用する人々のニーズに応えるための「生きた有機体」と考えた。

これは、近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトの思想にも近い。 ライトは「有機的建築」の提唱者として知られているが、彼は、建物は内部空間から外部空間へと成長する植物のように、その土地固有の環境や人々の暮らしに根ざしたものであるべきだと考えた。代表作の「落水荘(フォーリングウォーター)」は、自然と建築が見事に融合した例として知られている。また、「形態と機能は一つである」という考え方で設計している。

しかし、これらはすべてガウディの伝言のようにも感じる。「有機的建築(オーガニック・アーキテクチャー)」という設計や思想は、建築を持続可能な社会の実現に向けた「生きている世界の一部」と捉え直す試みとしてガウディ以降、大きな課題となっている。

その5、常に謙虚だった。天才であり、技巧の達人であったにもかかわらず、ガウディは自身と作品に対して、常に謙虚で慎ましい態度だった。名声や認知を求めることはなく、芸術を通して神と人類に奉仕することだけを望んだ。

作品の著作権や所有権を主張することもなかった。建築作品は神と自然からの贈り物であり、自分はそれを解釈し、設計しただけだと考えていた。自分の考えや意見を他人に押し付けることもなく、多様性と協調性も尊重した。自分の功績や成果を自慢することはなく、常に自分の限界や過ちすら認めていたという。  

実際の暮らしぶりも質素で菜食主義を貫き、敬虔なカトリック教徒でもあった。そして、何よりガウディは、自分のビジョンが他の人を通して実現することに集中していた。

しかし、ガウディは毎日通っていた教会へ向かう途中、路面電車に轢かれた。人々は彼を物乞いだと思い込み、しばらく放置され、やがて通行人がタクシーで病院へ連れて行き、そこで簡単な手当を受けた。そのため治療が遅れ、3日後の1926年6月10日、73歳で亡くなった。遺体は、サグラダ・ファミリアの地下納骨堂に埋葬された。サグラダ・ファミリアは、ガウディの壮大な墓でもあるのだ。

こうやって、ガウディの人生と仕事を見ていると、本当に学ぶことだらけだと思う。やはりサグラダ・ファミリアは、巨大な聖書であり、偉大な教科書なのだ。

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