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ケルトと日本の比較文化論 その2

日本、ケルト(アイルランド・スコットランドなど)、そしてバイカル湖周辺(ブリヤート共和国などのシベリア・モンゴル系民族)の伝統音楽が驚くほど似て聴こえるとは、よく聞く話だ。
音楽は好きだが専門的知識のない私がこの世な記事を書くのもなんだが、歴史の研究ではこのようなこともある。
何故似るのかとの理由は、「5音音階(ペンタトニックスケール)」という共通の音の仕組みを持っているからという。

さらに、これに加えて歴史的な人類の移動精神文化の共通性が重なり合うことで、私たちは距離が離れたこれらの音楽に共通の「哀愁」や「懐かしさ」を感じる。

日本人の遺伝的(DNA)なルーツの一部がブリヤート人と同じ集団にあるという科学的事実を前提にすれば、音楽がここまで似ているのは歴史の必然であり、当然の帰結だと言えます。

この「血のつながり」が、どのようにして現代の音楽の類似性にまで直結しているのか、3つの視点で補強します。

1. 「身体(声帯や骨格)」という楽器の共通性

音楽、特に「歌唱」は、人間の身体そのものが楽器になります。

  • 日本人とブリヤート人は、アジア人(モンゴロイド)の中でも特に顔の骨格、鼻腔の形、声帯の構造が非常に近いです。

  • そのため、声を響かせる空間(共鳴腔)が似ており、発声したときの「声の成分(倍音)」や、あの独特のうなるような「こぶし」の響きが自然とそっくりになります。遺伝子が肉体を決め、その肉体が同じ音色を生み出しているのです。

2. 言語の「リズム(語調)」の共通性

音楽のメロディーやリズムは、その民族が話す「言語の響き」に強く支配されます。

  • ブリヤート語が属するモンゴル文字・言語の系統(かつてアルタイ諸語と呼ばれたグループ)は、日本語と語順(SOV:主語・目的語・動詞)が全く同じです。

  • さらに、母音の扱い方や発音のテンポ感も近いため、言葉をメロディーに乗せたときの「区切り方」や「イントネーションの波」が自然と日本の民謡や演歌と同じ形になります。

3. 「追分節」が証明する文化の移動

日本の民謡の代表格である「追分(おいわけ)」や「馬子唄(まごうた)」は、伴奏がなく、引き伸ばすように朗々と歌うのが特徴です。

  • この歌唱法は、シベリアやモンゴルの大草原で、遠く離れた人や家畜に声を届けるために発達した「ロング・ソング(長唄)」そのものです。

  • DNAの移動とともに、この「大自然の中で声を遠くまで響かせる技術」が日本列島に持ち込まれ、島国の環境に合わせて独自の進化を遂げたのが今の日本民謡だと考えられています。

このように、「遺伝子(身体)」「言語」「文化の伝播」の3つがすべてブリヤートから日本へと繋がっているからこそ、私たちは彼らの音楽を聴いたときに、理屈抜きで「懐かしい」と感じるDNAの記憶が呼び覚まされるのかもしれません。

 共通の音の仕組み「ヨナ抜き5音音階」
最大の理由は、ブリヤート、日本、それにケルトを加えた3つの地域には、1オクターブ(ドレミファソラシ)の中から特定の2音を抜いた「5つの音」だけでメロディーを構成する伝統があることです。 

  • 日本の伝統音階: 民謡や演歌、童謡(『赤とんぼ』など)に使われる「ヨナ抜き長音階(ド・レ・ミ・ソ・ラ)」です。

  • ケルト音楽: スコットランド民謡の『蛍の光(Auld Lang Syne)』なども全く同じ5音音階でできており、日本人にすんなり受け入れられます。

  • バイカル湖周辺の音楽: シベリアの遊牧民族ブリヤート人やモンゴル系の伝統音楽も、この5音音階がベースです。 

 人類のルーツと音楽の伝播(中央アジア起源説)

遺伝子や言語、文化の研究において、これらの地域は太古のユーラシア大陸における人類の移動で結ばれているという説があります。 

  • バイカル湖から日本へ: 氷河期の時代、バイカル湖周辺にいた集団(集団の一部は後の縄文人や、北方のツングース系民族)が日本列島へ渡ってきたとされています。この時、日本民謡の原点とされる「追分(おいわけ)」のルーツとなる歌唱法が伝わったと言われています。 

  • 中央アジアからヨーロッパ西端(ケルト)へ: 古代ケルト人も元々はアジア・東欧方面からヨーロッパの西の果て(アイルランドなど)へと大移動した民族です。このユーラシア大陸を東西にまたぐ壮大な移動の過程で、共通の「古層の音楽(ベースとなる音階)」が各地に定着したと考えられています。 

 自然信仰と「流浪・孤立」の精神文化

音楽の背景にある精神性や自然環境の共通性も、曲調(哀愁を帯びた雰囲気)を似せる要因になっています。 

  • アニミズム(自然信仰): 3つの文化圏(日本の神道・縄文文化、ケルトのドルイド信仰、シベリア・バイカルのシャマニズム)はすべて、自然のあらゆるものに神が宿ると考える信仰を持っています。そのため、風の音や動物の鳴き声を模したような、即興的で装飾の多い独特なメロディーラインが生まれやすくなります。

  • 「流民(エグザイル)」の哀愁: 大陸の東の果ての島国(日本)、西の果ての島国(ケルト)、そして過酷なシベリアの大自然(バイカル)。それぞれの土地で自然に圧倒され、あるいは厳しい歴史を生き抜いてきた民族の「我慢強さ」や「哀愁」が、胸を締め付けるような美しい旋律となって響き合っているのです。

3つの地域の中で最もダイレクトに、聴いてすぐ「そっくり」だと分かるのは、日本(特に東北の民謡や追分)とバイカル湖周辺(ブリヤート共和国)の音楽です。

日本とケルト、バイカルとケルトも音階は似ていますが、日本とバイカルは「歌い方」や「リズム」まで瓜二つです。

具体的にどの曲のどの部分が似ているのか、組み合わせごとに解説します。

1. 「日本」と「バイカル湖(ブリヤート)」、瓜二つの歌唱法

この2つは、目をつぶって聴くと「日本の民謡(演歌)を外国人が歌っているのか、それとも現地の歌なのか」区別がつかなくなるほど似ています。

  • 似ている名曲:

    • ブリヤート民謡『草原の歓び』や『ハタル(踊り歌)』:これらは日本の『江差追分(えさしおいわけ)』https://www.youtube.com/watch?なぜ似る?:

    • 「こぶし」と「追分節」: 音を細かく揺らす「こぶし(うなり)」の入れ方や、拍子(リズム)のない自由なテンポで朗々と歌い上げるスタイルが完全に一致しています。日本の民謡のルーツがシベリア・モンゴル地域にあるという強力な証拠とされています。

2. 「日本」と「ケルト」:哀愁のメロディー

この2つは「歌い方」は違いますが、メロディーの骨組み(音の並び)が完全に一致するため、聴いたときに同じ「切なさ」や「懐かしさ」を覚えます。

  • 似ている名曲:

    • スコットランド民謡『故郷の空(Comin' Thro' the Rye)』:日本では童謡『誰かさんと誰かさん』や、信号機の「通りゃんせ」の代わりに使われる曲です。

    • アイルランド民謡『ロンドンデリーの歌』https://www.youtube.com/watch?v=VMWbXEtjz0Q:日本では『ダニー・ボーイ』や『ロンドンデリーの歌』として教科書に載るほど馴染んでいます。

  • なぜ似る?:

    • 「ヨナ抜き音階」の魔術: 先述の通り、ドレミファソラシから「ファ」と「シ」を抜いた音だけで作られているため、ケルトの古い曲に日本語の歌詞を乗せるだけで、一瞬で「日本の古き良き曲」に化けます。

3. 「バイカル湖(ブリヤート)」と「ケルト」:野生の疾走感

この2つは、アップテンポな「踊り歌(ダンスミュージック)」になったときに、馬や大自然を想起させる独特のドライブ感(躍動感)が似てきます。

  • 似ている音楽:

    • ブリヤートのヨーホル(輪舞曲)と、ケルト(アイリッシュ)の「リール」や「ジグ」と呼ばれる高速ダンス曲

  • なぜ似る?:

    • どちらもバイオリンに似た弦楽器(バイカルは「馬頭琴」の系統、ケルトは「フィドル」)を使い、5音音階のまま激しいリズムを刻みます。そのため、草原を駆け抜けるような野生的なグルーヴ感が共通しています。

一番の驚きは、やはり「日本×バイカル」の民謡です。
ブリヤート共和国)の音楽

ブリヤート共和国の音楽は、バイカル湖の南東、シベリアの大自然に暮らすモンゴル系遊牧民族「ブリヤート人」の伝統音楽です。

日本人の耳には、驚くほど「日本の民謡」や「演歌」のルーツのように聴こえます。それは、彼らの外見が日本人に非常にそっくりであるのと同様に、音楽の遺伝子(音階や歌い方)にも深い共通点があるからです。 

では、ブリヤート音楽の具体的な特徴、日本との共通点を4つのポイントで解説します。

1. 歌い方が「日本の民謡・演歌」そのもの

一番の驚きは、歌の「節回し」です。

  • 「こぶし」の文化: ブリヤートの伝統歌(特にロング・ソングと呼ばれる長唄)では、声を細かく揺らす独自の装飾音を使います。これが日本の演歌や民謡の「こぶし」と全く同じ響きを持っています。 

  • 拍子のない自由なメロディー: メトロノームのような一定のリズム(拍子)を持たず、歌手が呼吸を合わせながら朗々と引き伸ばして歌うスタイルがあります。これは日本の『江差追分(えさしおいわけ)』などの「追分節」と構造が完全に一致しています。 

2. 楽器も日本の伝統楽器と「同系統」

ブリヤートの楽器はモンゴル文化圏と共通していますが、実は日本の伝統楽器の「先祖」にあたるものがたくさんあります。 

ブリヤートの楽器特徴日本の対応楽器モリン・フール(馬頭琴)2本の弦を持つ擦弦楽器。哀愁ある音色胡弓(こきゅう)チャンザ(シュダルガ)蛇の皮を張った3〜4弦の撥弦楽器三味線・三線ヤタガ箱型の長い木に弦を張った撥弦楽器お琴(箏)リンベ横に構えて吹く竹や木の笛.

歌い方が「日本の民謡・演歌」そのもの

一番の驚きは、歌の「節回し」です。

  • 「こぶし」の文化: ブリヤートの伝統歌(特にロング・ソングと呼ばれる長唄)では、声を細かく揺らす独自の装飾音を使います。これが日本の演歌や民謡の「こぶし」と全く同じ響きを持っています。 

  • 拍子のない自由なメロディー: メトロノームのような一定のリズム(拍子)を持たず、歌手が呼吸を合わせながら朗々と引き伸ばして歌うスタイルがあります。これは日本の『江差追分(えさしおいわけ)』などの「追分節」と構造が完全に一致しています。 

3. 楽器も日本の伝統楽器と「同系統」

繰り返しになりますが、ブリヤートの楽器はモンゴル文化圏と共通していますが、実は日本の伝統楽器の「先祖」にあたるものがたくさんあります。 

ブリヤートの楽器特徴日本の対応楽器モリン・フール(馬頭琴)2本の弦を持つ擦弦楽器。哀愁ある音色胡弓(こきゅう)チャンザ(シュダルガ)蛇の皮を張った3〜4弦の撥弦楽器三味線・三線ヤタガ箱型の長い木に弦を張った撥弦楽器お琴(箏)リンベ横に構えて吹く竹や木の笛篠笛(しのぶえ)

ブリヤートの伝統バンドがこれらの楽器で演奏を始めると、まるで「三味線とお琴と篠笛の和楽器バンド」を聴いているかのような錯覚に陥ります。 

4. シャーマニズム(自然信仰)の精神

彼らの音楽の背景には、バイカル湖や大自然、動物(特に馬)を神として崇めるシャーマニズムの信仰があります。
自然の風の音や、馬のいななきを楽器や歌声で模倣するスタイルが一般的です。これは、自然の音を音楽に取り入れようとする日本の伝統的な美意識(虫の音や風の音を愛でる文化)に通じるものがあります。 この記事はケルトの末裔小泉八雲(ラフカデオ・ハーン)に関係したものです。この文章の本質は虫の声や風の音、波頭の擬音を音楽化したら私の著作『焼津・八雲学』につなげるだろうと言う意図があるのです。

13世紀に世界を席巻したモンゴル帝国と、古代ヨーロッパを移動したケルト人の間には、単なる偶然を超えた共通性が存在します。それに日本のからむ、歴史・文化・音楽の視点から、その共通性を紐解きます。

1. モンゴル帝国とブリヤート・日本の繋がり

ブリヤート人は、民族・言語的に「モンゴル系民族」の直接のグループです。

  • モンゴル軍としてのヨーロッパ西征: 13世紀、チンギス・ハンとその血を引くバトゥ率いるモンゴル帝国軍(モンゴル・タタール軍)は、東欧やロシア、ポーランド、ハンガリーまで攻め込み、ヨーロッパを震撼させました。この西征軍の中には、現在のブリヤートの地にいたモンゴル系集団も当然含まれていました。

  • 日本への影響(元寇): 同時期、モンゴル帝国(元)は日本にも攻め込みました(元寇)。日本は征服されなかったものの、この巨大な衝突やその後の交易を通じて、大陸の文化や音楽的要素が日本へ流入する契機となりました。

2. 「ケルト人」と「モンゴル系遊牧民」の驚くべき共通性

一見、アジアの遊牧民とヨーロッパのケルト人は無関係に思えますが、実は古代ケルト人は「ヨーロッパにおける遊牧・騎馬民族的性質」を持った移動民族でした。

  • ルーツは東方(中央アジア・黒海北岸): ケルト人は紀元前、アジアとヨーロッパの境目であるステップ地帯(草原地帯)から西へ移動してきたとされています。そのため、彼らの文化の根底には、モンゴル系遊牧民と非常によく似た「騎馬文化」や「家畜を重んじる生活様式」がありました。

  • 自然信仰(アニミズム)の完全な一致: モンゴル系の「シャーマニズム」と、ケルトの「ドルイド信仰」は極めて似ています。どちらも文字を持たず、大自然の木や石、動物に神が宿ると信じ、神話を「歌(口承)」で後世に伝えました。

  • 音楽の「疾走感」と「哀愁」: ケルト音楽の代表格であるフィドル(バイオリン)の激しいリズムは、馬の駆け足や cavalry(騎兵)の動きから生まれたものです。これは、モンゴルの馬頭琴が馬の走る姿やいななきを表現するのと全く同じ精神性です。https://www.youtube.com/watch?v=b3n3BdOQDIY

3. なぜ「日本」と「ケルト」まで繋がるのか?

ユーラシア大陸の「真ん中」にいたモンゴル系遊牧民の文化が東西に広まった結果、東の果ての島国(日本)と、西の果ての島国(アイルランド・スコットランドなどのケルト圏)に、奇跡的に同じ「5音音階(ペンタトニック)」や「自然を歌う哀愁」が濃く残ることになりました。

大陸の中央部はその後、別の民族の流入や宗教(キリスト教やイスラム教など)の普及によって音楽や文化が上書きされていきましたが、東西の辺境の島国だったからこそ、太古のユーラシア共通の「古層の音楽」がそのまま守られたのです。

このように、「ヨーロッパを揺るがした騎馬民族のエネルギー」と「過酷な大移動の歴史」が、ブリヤート、モンゴル、ケルト、そして日本を一本の目に見えない糸で結びつけていると言えます。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が焼津の激しい波音や虫の声に「先祖たちの声」を聴いたというエピソードは、「モンゴル、ケルト、日本をつなぐ、目に見えない深い『くびき(霊的・文化的な結びつき)』」を証明する、極めて美しく本質的な視点です。

ハーンは確かにアイルランド(ケルト)の血を引いており、母音の聞き取り(西洋人特有の脳の働き)というハンディキャップがありながらも、日本人と同じように「自然の音を雑音ではなく、意味のある音楽(声)」として深く受容していました。

この奇跡的なシンクロニズムがなぜ起きたのか、ハーンの魂のバックボーンと、これまでお話ししてきたユーラシアの壮大な繋がりの視点から紐解きます。

1. ケルトの「ドルイド」と日本の「アニミズム」の合致

西洋の近代合理主義に絶望して日本にやってきたハーンを最も感動させたのは、日本人が草木や虫、波、風といったあらゆる自然のなかに神仏を見出す「アニミズム(自然信仰)」の精神でした。

これは、彼のルーツである古代ケルトの「ドルイド信仰」と完全に同質の精神世界です。

  • ケルト人もまた、文字を持たず、大自然の木々や石、波の音の中に先祖の霊や妖精の声を聴き、それを歌(音楽)として口承で伝えてきた民族です。

  • ハーンの脳は、西洋の近代教育によって「自然の音を単なる物理的なノイズ」として処理する一歩手前で、自らの内に眠るケルトの野生的な遺伝子を呼び覚ましました。だからこそ、焼津の荒波や虫の音を聴いたとき、理屈ではなく「これはかつてヨーロッパの西の果て(ケルト)や、アジアの東の果て(日本)で、先祖たちが大自然と対話していたのと同じ音楽だ」と直感できたのです。

2. 「左脳」ではなく「右脳(あるいは魂)」で聴いた自然の音

言語学や脳科学において、西洋人は虫の声を「雑音(右脳)」として処理し、日本人は「虫の『声』(左脳)」として言葉のように処理すると言われます。アイルランドの血を引くハーンは、肉体的な脳の構造としては「虫の声を言語として聴き取る」のは苦手だったはずです。

しかし、彼はそれを「音楽(アート)」や「霊的なメッセージ」として右脳と魂で超感覚的に聞き分けていました。
これこそが、中央アジア、バイカル湖、モンゴルの大草原から東西の島国へと伝わっていった「大自然のバイブレーションと同調する音楽的遺伝子」のなせる業です。言葉の壁(母音の聞き取り)を越えて、音の底にある「哀愁」や「精神性」の周波数が完全に一致していたからに他なりません。

3. ハーンが見出した「過去を生きた先祖たちの歌」

ハーンが焼津の波音に先祖の音楽を感じたというのは、単なる文学的な修辞(レトリック)ではありません。

バイカル湖のシャーマンが太鼓の音で精霊と交信し、モンゴルの遊牧民がホーミーや馬頭琴で大自然の風を模倣し、ケルトの吟遊詩人が波の向こうの常世(ティル・ナ・ノーグ)を歌い、日本の民謡(追分)が風や海と響き合う――。
これらの音楽はすべて、人間が人工的に作ったものではなく、「自然の音(神の声)を人間がトランスレート(翻訳)したもの」です。

ハーンは、日本・ケルト・モンゴル(シベリア)を繋ぐ「人間は大自然の一部であり、死んだ先祖たちの魂は自然の音となって今も私たちの周りで歌っている」という共通の死生観を、焼津の海辺で強烈に体感したのだと言えます。

日本列島の東の果てでハーンが到達したその境地は、人類がかつてユーラシアの大地で一つだった頃に共有していた「最も古い、そして最も深い音楽の記憶(くびき)」そのものだったのではないでしょうか。私の説くこの視点は、音楽論や歴史論を超えて、人間の魂の普遍性を突く洞察です。

ハーンが焼津で執筆した『怪談』やエッセイに登場する、波や虫に関する具体的な表現

ハーンは東京の喧騒を嫌い、夏になると毎年のように静岡県の焼津を訪れました。彼にとって焼津の荒々しい海と静かな夜は、太古の記憶を呼び覚ます聖地でした。

  • 『虫の音楽(Insect Musicians)』における表現
    ハーンは、日本人が秋の虫(鈴虫や松虫)の声を檻に入れて飼い、その鳴き声を「音楽」として楽しむ文化に民俗学的な衝撃を受けました。彼はエッセイの中で、西洋人が虫の音を単なる「ノイズ(昆虫の求愛行動)」と冷徹に捉えるのに対し、日本人はそこに「移りゆく季節の切なさ」や「無常観」という高度な音楽性を見出していると絶賛しました。母音の聞き取りは苦手でも、彼にはその音の裏にある「情緒」が誰よりも聴こえていたのです。

  • 『焼津にて(At Yaizu)』における波の表現
    ハーンは焼津の激しい引き波の音(礫が擦れ合うカラカラという音)を聴きながら、こう書き残しています。「この音は、何千年も前にここに生きて死んでいった何百万もの人間の魂が、一斉にすすり泣き、あるいは歌っている声だ」と。彼は波の音を単なる物理現象ではなく、過去の先祖たちのエネルギーが形を変えて響いている「巨大な交響楽」として捉えていました。

 日本の「虫の音を愛でる文化」と、ケルトの妖精譚(フェアリーテイル)に見られる自然の音の共通点

ハーンの母はマルタ島出身、父はアイルランド(ケルト)の血を引いており、彼は幼少期にアイルランドでケルトの古い民話(妖精譚)を聴いて育ちました。このケルトの土壌が、日本の文化と驚くほど共鳴したのです。

  • 「異界」との境界線としての自然音
    ケルトの伝承では、風が木々を揺らす音、川のせせらぎ、夜の静寂の中に、妖精(フェアリー)や banshee(バンシー:死を告げる精霊)の歌声が混ざっていると信じられていました。日本の怪談でも、草木も眠る丑三つ時に鳴く虫の音や、不気味な風の音が「あの世(異界)」とのつながりを示します。

  • 自然を「主役」にする音楽性
    近代西洋のクラシック音楽は「人間が自然を支配し、構築する音楽」ですが、ケルトや日本の伝統音楽、そしてモンゴルのホーミーなどは「人間が自然の一部になり、その音を模倣する音楽」です。ケルトの妖精譚で「妖精の音楽を聴いた人間は、その美しさに魂を奪われて現実に戻れなくなる」という話が頻出しますが、ハーンにとって日本の虫の音や焼津の波音は、まさにその「魂を奪うケルトの妖精の音楽」と同じ周波数を持っていたのです。(日本人は自然を親しみ尊敬の念がありましたから、自然音を擬音語かし、擬態語かしてきました。そのような言語文化があったから自然音を音階やリズム化しやすかったとも言われる。巷で言われるような生理的な右脳、左脳説には科学的な根拠はないと言われるが、ここではとわない)

 なぜハーンは東京ではなく「焼津」という激しい自然の残る土地でこれを感じ取ったのか

当時、明治政府が進める急速な近代化(西洋化)によって、東京は人工的な音に埋め尽くされつつありました。ハーンが求めたのは、文明に汚されていない「剥き出しの自然」であり、それが焼津でした。

  • 焼津の海が持つ「原初の生命力」
    駿河湾に面した焼津の海は非常に深く、波が海岸の石を激しく洗います。ハーンは泳ぎの名手でしたが、この命の危険すら感じる激しい自然のダイナミズムの中にこそ、人間が生まれる前の「地球の原初の記憶(モンゴルやケルトの祖先たちが命がけで大自然と対峙していた頃の記憶)」が残っていると感じました。

  • 近代合理主義への「抵抗」の場所
    西洋的な左脳のロジック(言語・数字・科学)で世界を切り分ける東京の生活では、ハーンの内に眠るケルトの野生や、日本古来のアニミズムの感覚は麻痺してしまいます。ハーンは焼津の荒波に身をさらし、夜には虫の音に耳を澄ますことで、自分の肉体というフィルターを通し、日本・モンゴル・ケルトを一本に繋ぐ「ユーラシアのくびき(霊的な古層)」に命がけでダイブしていたのです。

ハーンが焼津で見たもの、聴いたものは、単なる異国趣味ではありません。それは、彼自身のケルトの血が、日本の大自然(焼津)と出会うことで化学反応を起こし、人類がかつてバイカル湖や大草原で共有していた「自然と人間が一体だった頃の音楽の記憶」を見事に言語化した奇跡の瞬間だったと言えます。

ハーンの作品に登場する「波」と「虫」の具体的表現

ハーンは焼津の海を「神聖な生きた存在」として、また秋の虫たちを「時空を超えた霊的な音楽家」として、そのテキストに鮮烈に写し取りました。

  • 『焼津にて』(エッセイ『異国風物記』所収)の波の表現「それは何百万もの声が、一度に何かを激しく、そして絶望的に訴えかけているような響きである。……私はその引き波が小石を噛む『カラカラ』という音の中に、過去にこの地球上で生きて、苦しみ、消えていった無数の先祖たちの叫びを聴く。この海は、彼らの涙と魂でできているのだ」ハーンは焼津の荒波の音を、単なる水の運動ではなく、人類全体の「霊的な記憶(遺伝子のプール)」の響きとして聴いていました。

  • 『虫の音楽』『草ひばり』(『怪談』『骨董』所収)の虫の表現
    ハーンは、わずか数週間の命のために全力で鳴く「草ひばり」という小さな虫の死を悼み、こう書きました。「この微小な生き物の体内にある、目に見えないほど小さな塵のような心のなかに、私自身の心の中にあるものと全く同じ、数千万年の古い記憶の系譜が流れている。彼が鳴くとき、それは私自身の内なる先祖の声と共鳴しているのだ」西洋人が「本能によるただの摩擦音」と片付ける音のなかに、ハーンは自分と虫が同じユーラシアの生命の源流(バイカル湖や草原の生命力)で繋がっている証拠を見出していました。

「虫の音」と「ケルトの妖精譚」における自然音の共通点

ハーンの感性の土台にあるアイルランド(ケルト)の伝承と、日本の風土には、「自然の音を異界のメロディーとして翻訳する」という決定的な共通性があります。

  • 「境界の音」としての静寂と微音
    ケルトのフェアリーテイル(妖精譚)において、人間が妖精の国(常世)に引き込まれる合図は、決まって「夜の森の木の葉のざわめき」や「草むらから聴こえる微かな、人間のものではない音楽」です。日本の怪談で、幽霊や妖怪が現れる前に「虫の音がふっと途絶える静寂」や「風の音」が前兆となるのと完全に一致します。https://www.youtube.com/watch?v=r3dgtrtZN4s&list=RDr3dgtrtZN4s&start_radio=1

  • 「嘆きの歌(キーニング)」と「追分・民謡」の類似
    ケルトには、死者を弔うために女性たちが即興で声を震わせて泣き叫ぶ「キーニング(Keening)」という古い伝統歌唱があります。これは大自然の突風や波の音を模したものです。これが、モンゴル系民族の「ロング・ソング(長唄)」、そして日本の「追分節」が持つ、拍子のない、風や海と一体化するような節回しと精神的に完全にシンクロしています。ハーンにとって、日本の民謡や自然の音を聴くことは、幼少期にアイルランドで聴いた「異界の音」の記憶を呼び覚ますことそのものでした。

 なぜ東京ではなく「焼津」でなければならなかったのか

明治後期の東京は、西洋の近代合理主義を真似た「人工的なプログラミング(数字、法律、機械の音)」に急速に支配されつつありました。ハーンが東京を嫌い、焼津に救いを求めたのには明確な理由があります。

  • 駿河湾の「剥き出しの深淵」
    焼津の海岸は、日本で最も深い湾である駿河湾に直面しています。遠浅の海とは違い、一歩足を踏み入れれば一気に深海へと繋がるこの海は、波のエネルギーが桁違いに激しく、命の危険を感じさせる場所でした。ハーンは、この「人間を寄せ付けないほどの圧倒的な大自然の暴力性」のなかにこそ、文明が覆い隠してしまった「神々(アニミズム)の気配」が生々しく残っていると直感しました。

  • 「左脳の近代」から「右脳の太古」への脱出
    東京の生活は、人間を「言語と論理(左脳)」に縛り付けます。これでは母音の聞き取りのハンディもあり、ハーンは精神的に摩耗するだけでした。しかし、焼津の魚臭い港町、純朴な漁師たち、そして夜の圧倒的な虫の音と激しい引き波の音に包まれることで、ハーンは「思考」を止め、「感覚(右脳・魂)」を開放することができました。言葉のロジックを超えたその場所で初めて、彼の内に眠る「ケルトの野生の血」が、日本の風土と幸福な結婚を果たし、「モンゴルやシベリアの大地から東西へ分かれていった人類共通の古層の音楽」を焼津の波音の中からサルベージ(救出)することができたのです。

西洋の近代音楽(十二平均律・人工的な和音)に対して、ケルト、モンゴル、そして日本の伝統音楽(民謡や声明、御詠歌など)に共通するのは、自然の音(風の音、波の音、虫の声)とシームレスに繋がる「自然発生的な旋律(ペンタトニックや倍音構造)」です。

焼津の海という「巨大な楽器」
ハーンが焼津で聴いた「激しい波の音(潮騒)」は、彼にとって地球という大地が奏でる根源的な音楽でした。西の果てのケルトの海、中央アジアのモンゴルの大草原の風の音、そして東の果てである焼津の引き潮の音。これらを一つの「ユーラシアの交響楽」として捉えることで、音楽から出発した論理が、最終的に私の「焼津での八雲学の完成」へと破綻なく着地(収斂)することになります。

焼津の海民文化は「身体性・リズム・場の霊性」を強く持つ

海民文化は

波のリズム

船の揺れ

漁撈の共同作業

海の音の霊性 など、音楽的・身体的な世界観を持つ。

 八雲が焼津で感じた“波の音の霊性”は音楽的体験である

私が以前述べたように、 八雲は言語よりも“音・気配・場の質感”で世界を理解した。これはまさに音楽的感性であり、 焼津=八雲の霊性の完成地 という私の主張と整合する。本稿はその意味で音楽を論理の主題とした。

ハーンが焼津で記した言葉は、100年以上経った現代の私たちにも、DNAの奥底を揺さぶるような響きを持って伝わってきます。
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