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【イメージの泉】ヒルマ・アフ・クリント展 東京国立近代美術館

日本では今まであまり見る機会がない作家だったので当然、年間展覧会予定の中でその名前を見ても「誰ぞ?」となっていたヒルマ・アフ・クリント。
それもそのはず、アジアで初の大回顧展だそうだ。
日本に収蔵している美術館はあるんだろうか、と思ったがすべてが日本初公開というのだからほぼ未知の人、なんだろう。

ところが最近、気に入っているエコバックのメーカーに「良いな」と思ったプリントのバッグがあり、誰の絵か調べたらヒルマ・アフ・クリントの作品だったということがあった。おや。
あのバックの絵の原画が見れればよいな、という気持ちで、今回も夜間開館の時間帯に訪問。


展示概要

抽象絵画の先駆者、ヒルマ・アフ・クリント(1862–1944)のアジア初となる大回顧展です。スウェーデン出身の画家アフ・クリントは、ワシリー・カンディンスキーやピート・モンドリアンら同時代のアーティストに先駆け、抽象絵画を創案した画家として近年再評価が高まっています。彼女の残した 1,000点を超える作品群は、長らく限られた人々に知られるばかりでした。1980 年代以降、ようやくいくつかの展覧会で紹介が始まり、21世紀に入ると、その存在は一挙に世界的なものとなります。2018年にグッゲンハイム美術館(アメリカ、ニューヨーク)で開催された回顧展は同館史上最多*となる60 万人超もの動員を記録しました。*2019年時点

本展では、高さ3mを超える10点組の絵画〈10の最大物〉(1907年)をはじめ、すべて初来日となる作品約140点が出品されます。代表的作品群「神殿のための絵画」(1906–15年)を中心に、画家が残したスケッチやノート、同時代の秘教思想や女性運動といった多様な制作の源の紹介をまじえ、5章立ての構成により画業の全貌をご覧いただきます。

東京国立近代美術館公式サイトより

感想

展示はほぼ時系列に並ぶような、わかりやすい配置。

うますぎる絵

第一章の絵画を見て思ったことは「うわ、上手い」。
学生時代の素描やデッサンになるのだが、ゾワッとする画面だった。
見抜くというか、射抜かれるようなデッサン。
1890年ぐらいの王立アカデミー時代の習作だ。
これを見ながら、さてなぜこれがメインビジュアルにあるような抽象表現になっていくのか、ドキドキしてきた。

《ポピー》制作年不詳
ヒルマ・アフ・クリント財団
人体図もうわぁ…となったがこのポピーもすごかった。


だんだんきな臭くなってくる


宗教的というよりいわゆるスピリチュアルな方向へ舵をきる。
しかし「5人」という解説を読む限りこれは集団催眠というか、コ◯◯リさん状態だったのか?というか。とにかくお告げを受け描いた、と。


うーん


そんな背景を知らないで見たら北欧のインテリアデザインっぽい幾何学っぽい画面なんだけども。
この時期の絵画郡は今まで見てきたことのない類の画面だな、と。
圧巻は大型の作品群。これは展示空間の作り方がよかった。

10の最大物
暗い部屋にぼうっと浮かび上がる絵画
展示室の外周にはベンチがあるので座ってゆっくりできる。
10の最大物 展示室
大きさは伝わらないと思うのでぜひ現地へ


ちょっとした洗礼空間というか。神々しさを感じるのが何となく分かる。
よく見ると下書きの線などが見えてきたりするのだが。

私の乏しいボキャブラリー・イメージだと「スピリチュアル」という言葉から「オーラ…」とか「前世…」みたいなことを言ってるタレント2名が脳内に出てくるようになってしまっているのでそのへん必死にかき消しながら言葉と向き合う。あの番組って何だったんだろう…。
厄介だなーーー!!!


薔薇シリーズ グループIII

すべてが抽象ではない


さて、私が気になっていた白鳥の絵もあった。
この絵がプリントされたエコバッグを見かけたのだ。
原画も直感的に、あ、これ好きと思った。

《白鳥、SUWシリーズ、グループIX:パート1、No. 1》1914–15年
ヒルマ・アフ・クリント財団


気に入ったので、大画面をよくよくじっくり見ると、白鳥の羽がしっかり描かれていた。
しっかり、というのは学術的正しさも含まれているしっかりさ、で
例えば鳥だと羽一つひとつに役割があったりする。
初列風切羽とか次列風切羽とか雨覆羽とか。
それが忠実とは言えないものの仕組みとしての正しさがざっと筆跡で描かれていて。

(部分)
(部分)羽根の部位と筆跡。



動植物の仕組みを知っている人の絵だ…と気がついた。

そこで展示の最初に出ていた王立アカデミー時代の素描の正確さを思い出したのだ。
図鑑みたいな絵。

この人、「うまい絵」を脱却したかったのかな。
上手い、下手、正確さ、不確かさ、そいうもののしがらみから離れて、自分の無意識で描きたい、と「お告げ」を描いたりしてるけど、隠せない技術の高さ。

そんなことを思わず考えてしまうような絵だった。

《白鳥、SUWシリーズ》展示室



その他の既視感を感じる作品も


世界各国の60年代から80年代のアーカイブを見ているような気にもなる不思議な作品群たち。

「5人」《無題》1908年
ヒルマ・アフ・クリント財団


これはジャスパー・ジョーンズっぽいし。

《白鳥、SUWシリーズ、グループIX:パート1、No. 17》1915年
ヒルマ・アフ・クリント財団


↑これは色味に田中敦子を感じるし

《祭壇、グループX、No. 1》1915年
ヒルマ・アフ・クリント財団


↑これは…菊畑 茂久馬的な…

時代も国も違うのだけれど。不思議な既視感もありつつ。

〇〇教育の祖


さて後半、彼女の人生にシュタイナーという人物が出てくる。有名なシュタイナー教育の祖と言われる人物だ。

シュタイナー教育という言葉は長男が乳幼児だったころにわかに耳にする機会が多かった気がする。次男の時はあまり聞かなかった。
日本で正しく認知されてない例が多い気がして、なんとなーく、そういう◯◯教育とか〇〇育児法とかハマっている人にかかわらないようにきてしまったけど。
まぁそれで困ってないから、自分には縁がなかった、というか必要なかったんだろう。
結局、子どもに良かれと思ってやっていることの殆どは親のエゴだよなぁということを忘れないようにしとこうと思う。

すべてみ終えて


中盤の大きなサイズの絵が最大のハイライト、なんだろう。
展示の最後は資料やらで終わりを迎える。
金曜夜間開館も定着したのか、展示室は割と混雑はしていた。著名な人物でなくてもこのような時間帯に人入りがある。国立近代の集客力も底力があるな、と感じた。今回は新聞社もからんだ案件だからかもしれないが。
集客と広報の大切さもしっかり頭に入っているのだろう。人が「見に行こうと」という動機づけになるキャッチコピーや、ポイントの打ち出しの仕方が上手いな。

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