梟は闇に嘯く 第11話
ぼふっ、と毛布に来瀬が落ちて来るのと同時に、毛布の両端を持っていた俺とトーキは強く引っ張られて互いのおでこを強くぶつけた。そのままふたりとも来瀬の上に折り重なるように倒れた。
「来瀬、生きてるか」
毛布の中に問いかける。声はしてこない。
「生きてるならいいよ。トーキ走るぞ」
俺とトーキは立ち上がって毛布を来瀬ごと包んで引きずりながら走り始めた。男たちがなにやら喚くのが聞こえてきたのでふたりで振り返って闇に向かって中指を立てた。
地面の段差に毛布を打ち付けながら、とにかく走って3人でフェンスのところまでやってきた。
「ありがたいで、わざわざ切ってくれてるわ」
トーキが指さしたところはフェンスがカッターで切られ、敷地に向けて曲げられて穴ができていた。
「さっきの連中だな。おい来瀬、そろそろ起きろ。起きないとおいていくぞ」
毛布が勢いよく開いた。
「おいていかないで」
ぐしゃぐしゃに泣いていた。
トーキが腹を抱えて笑う。馬鹿だな、と俺も笑った。
「おいていかねえよ。おいていかねえから。さっさと来瀬も走れ」
毛布を捨ててフェンスを抜けると、置いていたバイクにそれぞれ飛び乗った。徒競走みたいに、三人とも背筋を伸ばして走り出した。トーキが「あれや」と指差した。
「あの車、さっきはなかった。あいつらのや」
大型の黒いワゴン車が走り出した先にとまっていた。自転車だから逃げ方に工夫ができるとは言え、車に追い掛け回されるのは避けたいところだった。
「ちょっと待ってな」
トーキがショルダーバッグのチャックを開けると、カラカラと聞き覚えのある音がした。車に近づいていくとスプレーを取り出して、自分のサインをフロントガラスいっぱいに吹き付けた。
「TOKI。これで追ってこられへんやろ」
「自白になってるけど大丈夫か」
「ほんまや。and moreって書き足しとこか」
「フェスか」
トーキは自分のサインを塗りつぶすために乱暴にスプレーを吹き付けた。
キレのない来瀬を励ましながら帰って来るのは骨の折れることだった。ほとんど俯いたまま弱々しくペダルを漕いで、呼びかけにもろくに返事をしなかった。ガレージにたどり着いてシャッターを開けると、来瀬は冷凍庫の上にへたり込んでしまった。
「今日のはなかなかやばかったなー」
「久しぶりに階段ルート使って足がしんどいわ」
俺とトーキにとってはこういう咄嗟の逃走は慣れたものだった。サイレンを鳴らすパトカーから蜘蛛の子を散らすようにして逃げたこともあったし、怒り狂った土地の管理人から必死になって逃げたこともあった。
来瀬はガレージに帰ってこれたことで落ち着きはしたみたいだが、やはりどこか虚ろで頼りない。
「撮影した映像を編集しなくていいのか。動画のPart2も今週中に出すんだろ」
来瀬は首を横に振った。
「もういいよ。もうやめよう。こんなことになると思ってなかった」
「初めてって怖いわよね。わかるわよ」
トーキは色気たっぷりな口調で壁際のマネキンに抱きついた。
「危ないことになってまですることじゃない。もうやめよう。留年はいやだけど、事情を説明したらわかってくれるかもしれない」
来瀬は俯いたまま、その後もモゴモゴとなにか言い続けた。
俺は黙ったままそれを聞いていた。トーキはたまにくだらないことで口を挟んだ。
「だから、ありがとう二人とも」
来瀬が話し終わったらしい。
さあ、終わったし帰ってくださいとでも言わんばかりの、疲れ切った顔をしてやがる。
「ありがとうだとこの野郎」
来瀬は驚いたように顔を上げた。
「てめえ、ふざけやがって、また半端で終わらせやがんのか」
勢いのついた濁流は止まらない。何を言いたいのかもわからないまま俺は怒鳴り続けた。
「ガラクタ集めて諦めて、ガラクタ作って諦めて、シリーズ物の動画もPart1で終わって、挙句留年してもいいだとこの野郎。半端なことばっか言うんじゃねえ。
お前がやってんのは諦めを誤魔化し続けてるだけじゃねえか。お前はまだ気付いてないだろうが、そのうちわかるぞ。このガレージの中がとんでもなく息苦しくなって、耐えられなくなって窒息しちまうぞ。
危なくったっていいじゃねえか。連中から逃げてこれたじゃねえか。だったらまたやり直せばいい」
リュックを開いて中に詰めていたファイルケースと書類を床に叩きつけた。
「事務所出る前に取れる分だけ取ってきたよ。役に立つもんがあるかはわからねえけど、お前ならきっとヒントを見つけられると思ったんだ。でもこんな半端野郎じゃ無理だな。無駄だったよ」
俺は吐き捨てて、ガレージを後にした。去り際にトーキが「あの子ウブなの」となまめかしく言うのが聞こえた。
公民館の裏で合流してからとりあえずトーキの肩を殴った。
「言い過ぎやで。そりゃ急に訳わからん男から追いかけられたら怖いやろ。あんま詰めたらあかんわ」
トーキが諫めてくる。トリックがいまいち決まらない。動きがギクシャクして、苦し紛れにペダルを蹴るとバイクはおどるように跳ねて倒れた。
「嫌なんだよ。逃げる自分を肯定しようとすんのは」
「俺らなんかそういう人種やんか」
「だからだよ」
俺とトーキを見つけた警備員が何か怒鳴って、ライトを向けながら走ってきた。
ペダルを蹴り上げてバイクに飛び乗る。
「ほらまた逃げるやん」
「不本意ながらな」
俺たちは目一杯ペダルを踏みつけた。
