梟は闇に嘯く 第6話
バニーホップのコツはシーソーなのだ。前輪と後輪を同時に上げるのではなくて、まず前輪を上げて、そこに後輪を運ぶようにジャンプするイメージ。この動作を素早く行えば前輪が地面に落ちてしまう前に後輪が浮くので、自然とジャンプになる。そして前輪の上げ方も肝心で、腕で上げようとしてはいけない。腰から上半身を後ろに引く動作で、体を使って前輪を上げる。その格好自体がジャンプの溜めにもなっている。
ということまで頭ではわかっているのに、バイクは頑なに地面を離れようとしなかった。自転車の上で精いっぱい動けば動くほど、自転車は頑なに地面に貼りついた。姫継が隣からアドバイスをくれるお陰でイメージだけはどんどん補強されていくのに、体の方はちぐはぐな動きを繰り返しているようだった。
芝生の敷かれた広い公園でぼくと姫継はぐるぐる回りながら練習をしていた。
「なんかややこしいことになってきたなあ」
姫継は高い跳躍からしなやかに着地すると息も切らさずにぼやいた。
「整理しよう」
こっちはまだ一ミリも跳べないのに息が切れて仕方がなかった。
「まず、駐車場にステッカーがあったんだ。それで、キャラクターから宜丹にたどり着いた」
「全部の薬やってるぜあいつは」
「どうかな。宜丹はフクロウのキャラを前の会社の仕事で印刷所に持って行った。それがハシノ印刷で」
「よく名前覚えてるな」
「で、宜丹の知ってた2枚目のステッカーは自販機に貼られてて、眼が光った。特殊なインクが塗ってあったんだ。光ったQRコードからは宜丹のホームページにとんだ」
「また宜丹に戻ってくるわけだ」
「で、道長いわくふたつの場所では殺人があったって噂が昔あった」
「おっかねえおっかねえ」
そこで自転車を降りてから息を整えた。
「そして、さっき見に行ったら駐車場のステッカーがはがされてた」
学校を堂々と早退して、そのままの足でまず駐車場に向かった。2個目のステッカーで試したUVライトを1個目のステッカーでも試そうとしていたのだ。もしかしたら違うQRコードが浮かび上がって、別の情報が得られるかもしれない。2人は駐車場につくと、まず昨日の場所を見に行った。しかしそこは鼠色のコンクリート塀が続くばかりになっていた。2人は互いに場所を間違えたかと思って黙ったまま駐車場をぐるぐる回った。そして2周したところでステッカーが消えてることに納得した。
眉間に皺を寄せた顔を突き合わせて、とりあえず自転車に乗りにいこうということで公園に来ていた。
「校長が怒ってたんだから校長が剥がしたんだろ。道長がステッカーを見つけて、自分の親父の校長に言いつけて、校長が教育者らしく自首を待ってみたものの、生徒じゃないっぽいから、もう自分で剥がした。これだよ」
姫継はいい加減に決めつけた筋書きを披露した。
「だったら道長も言ってきそうだけど。校長が剥がしたから留年ねって」
ぼくはもう疲れてバイクを倒して芝生に横になっていた。
「ああいう娘だからさ、親父も勝手な奴なんだろ」
「まあそれは聞けばわかることだし置いとこう。動画の盛り上がりを考えると大事なのは殺人のほうだよ。そんな噂聞いたことある?」
猛るユーチューバーは殺人というワードで火がついていた。謎のステッカーが貼られる場所には殺人事件の噂があった……。第二弾の動画の出だしとしては最高すぎる。ちょっと炎上するかもしれないぐらいが停滞する再生数の起爆剤になってくれる。
「ねえよ」
姫継は投げやりに言った。
確かに、殺人事件なんてあったら、親とか友達のあいだでもっと色々噂話になってるはずだ。
勢いよく起き上がると、学生服に付いた芝生を払ってからバイクを起こした。
「古典的な方法で行こう。別れて聞きこみだ。姫継は自販機の辺りで殺人が無かったか聞いてみて、こっちは駐車場の方に行ってくるから」
そして勢いよく自転車に乗って、バニーホップに失敗して、公園から出た。
来瀬が去ると俺はまずトーキに連絡した。「暇」と返事がきたので、聞き込みに行けという指示を無視してトーキと駅前まで移動して、トリックを見せ合いながら駄弁っていた。俺が縦のトリックが得意なのに対して、トーキは横回転を絡めたトリックが得意で、跳んでから空中で半回転して後ろ向きに走って、また半回転跳んで元の向きに戻る流れを軽く決めた。これは見てるだけなら簡単そうなのだが、やってみると後ろ向きに走るときのバランスが難しく、俺はそこでいつも失敗した。
「おもろすぎる」
昨日の朝からのことを話すと、トーキは腹を抱えて、転げて、ひっくり返って、馬鹿笑いした。
「権力者すぎるだろ。あいつあだ名に引っ張られすぎなんだよ」
コンビニで買ってきたエナジードリンクをぐびりと飲んだ。
「そいつに立ち向かうのがユーチューバーとムーニーなん、めっちゃ笑えるわ」
トーキは笑い転げてその場をころころと往復した。小柄なトーキが転げ回っている姿には小動物みたいな愛嬌があった。
「立ち向かいようがねえよ。なあ、そんな殺人なんて話知ってるか?」
「知らん知らん。平和だけが売りの町なもんで」
「だよなあ」
「ステッカーはどこに貼られとったん」
「マックとモスの交差点があるだろ。そこから石田の家に向かう方の道入って、古い倉庫が見えるだろ。石田の家行く時からしたら右手側。そこの倉庫の自販機」
「ああ、あっこか」
場所にピンときたらしい。
「あんなところに行くことがあったか?」
「親父がそこで働いてたんや。それで引っ越して来たし」
トーキは元々関西の生まれだった。中学生のときに越してきた。ストリートの文化を持ち込んだのもトーキだった。
「あれはなんの倉庫?」
「印刷会社が在庫の保管と出荷のために借りてたらしいわ」
印刷会社。たしか宜丹はなんとか印刷にフクロウを持って行ったとかなんとか。
「なんて会社だった」
「覚えてへんなー。三年前に潰れてん。親父が消えたんもそのタイミングや」
トーキの家庭事情は少々複雑なようだった。仲間内でもトーキのことはあまり詮索しないのが暗黙の了解みたいになっていて、誰も深く突っ込みはしなかった。それでもトーキ自身は気にする様子なく、時々そのややこしさを自嘲的に会話に織り交ぜることがあった。
宜丹の仕事相手の会社も潰れたはずだ。同じ町の話で印刷会社が何個も出てくることはそうないだろう。
「ちょっとトーキも付いて来いよ」
「どこ行くん」
「ユーチューバーに会いたいだろ」
「会う会う。動画に出してもらお」
姫継とトーキは軽快に走り出すと、ガードレールをバニーホップで飛び越えた。
