梟は闇に嘯く 最終話

道長は膝を地面について、祈るように泣いた。
涙をこらえる声は呻きのようにして漏れ出ていた。

道長もまた戦っていたんだ。俺や、来瀬や、トーキと変わらない。
身近な者に向かって必死に戦っていたんだ。
そのためには生徒を留年だって脅してまで。
「ぼくらを留年だって脅したのは端野さんを探すためだったんですね」
来瀬は屈んで、道長に語り掛けた。
「犯人をさがせっていうのは、同時に端野さんを捜せってことでもあったんですね。ハシノ印刷倒産の真相を知るうちに、端野さんに行き着くかもれないって」
しばらく泣いた道長は、若干平静を取り戻した。
「コウちゃんは私がここにステッカーを貼る3日前に居なくなったの。急に連絡がつかなくなって。それとなく父の様子を窺ったら、妙に苛立ってて、いろんなところに電話をかけてた。私が告発のために工場から資料を持ち出したのがバレたのよ」
「それでコウちゃんが居なくなったと」
「荒っぽい連中を使ってるんだと思う。そういう知り合いが居るから」
工場に来ていた連中のことだろう。あんなのと知り合いだなんて恐ろしい聖職者だ。
来瀬はしゃがんだまま優しく話し始めた。
「実は、ぼくは途中から道長先生を怪しいと思ってました。いくらなんでも留年だなんて強引すぎるから。だけど道長先生ひとりでもないとも思ってました。ぼくは実際にプロが印刷するところを見てきたけど、あれはプロじゃなきゃできない。それに道長先生は1枚目のステッカーしか知らないでしょ」
「どういうこと?」
どういうこと?と俺も首を傾げる。
「駐車場のステッカーをはがしたのは先生でしょう。校長への発覚を恐れて、ぼくたちがQRコードに行き着いたのを知ってすぐに剥がした。
 だけど実際にぼくたちがQRコードに行き着いたのは2枚目のステッカーでした。それはまだ剥がされてない。これは先生が貼ったんじゃないでしょ」「そんなの知らないわ」
「だと思いました」
来瀬は携帯を取り出して動画を流し始めた。俺とトーキで動画を覗きに行く。来瀬のチャンネルの動画だった。
「Part2の動画を昨日アップしたんです。ステッカー騒動のね。動画の最後に暗号を仕込んだんです。共犯の人なら読めるはずだと思って」
画面下部。字幕が出てくる場所に
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と表示されていた。
「コメントで気づいてる人でも編集ミスだと思ってます。だけど、道長先生と同じシーザー暗号を仕込んだ人ならわかるはずですよ」
道長が顔を上げた。駐車場の砂利を踏みしめて近づいてくる足音がひとつあった。

「やるねお前」
宜丹は来瀬に話しかけた。
「げえ」
俺は妖怪にでも遭遇したみたいに言った。
「お前はだめだめだったな。暗号とか全然わかってなかったじゃん」
「うるせえよ」
「あと弱いし」
「うるせえ」
「どうしてここがわかったんですか」
来瀬は宜丹に尋ねた。
「決まってるだろ、動画を見たんだよ。あそこのガキが俺にチャンネルを教えてくれたから辿りつけたよ」
cicada3301の動画を再生した時のことを言っているのだろう。
「暗号も解いたんですか?」
「いんや、それはあっち」
宜丹が親指で後ろを指した。暗闇の中で道に誰かが立っている。
それを確認した来瀬は後ろへバタンと倒れた。
「ああ、よかったあ」
道長は振り返って、闇に向かって走った。道長は闇に立つ誰かにぶつかって強く抱きしめた。そのまま泣きじゃくる。
来瀬は倒れたまま大きくため息をついた。
「仮説が当たっててよかった。まさか宜丹さんが匿ってるとは思ってなかったけど」
宜丹は高い音で笑った。
「匿ってねえよ。あいつが泣きながら押しかけて来ただけだよ。最初にお前らが来た時も慌てて押し入れに隠れやがったんだ」
「自分の絵を使われて怒らなかったのか?」
俺は聞いた。
宜丹は答えた。
「あたりまえだろ。ぼこぼこだよ」
トーキが耳打ちした。
「あいつ絶対世界中のあかん薬やってるで」

6人が入ると、ガレージは人の体温だけで暑苦しくなった。
来瀬は馬頭琴を持って座って、
俺とトーキはマネキンを挟むように立って、
コウちゃんと道長はシャッターにもたれながら体育座りして、
宜丹はガラクタを漁っていた。
「とりあえず、俺らの留年は無しってことでいい?」
まず最初に道長に確認した。道長は頷いた。
「最初からする気はなかったけど、本当になんにもわからなかったら留年させてやろうと思ってた」
和やかな笑いにガレージは包まれた。
「3人とも迷惑かけてごめんね」
道長の隣のコウちゃんが頭をぺこりと下げた。
大仏さんみたいな柔和な顔つきをしている。
「元はおめえがシャッキリしねえからだろうが」
宜丹がいつの間にかアロハシャツをまとって奥から戻ってくる。
「宜丹さん、それ商品なんです」
「あいつ連れて来たバイト代ってことにしとけ」
来瀬は渋々といった様子で納得した。
「それとお前、ケツ破れてるぞ。服買ってやろうか」
来瀬はひどく赤面した。


ある月曜日の朝だった。
日に日に陽気は増していて、ぼくは羽の折れた扇風機の修繕を急いでいた。冷房のついていないガレージは夏場には灼熱地獄になる。それまでに少しでもマシな環境にしなきゃいけなかった。
そうしてかれこれ3時間近く格闘してわかったことは、扇風機は直すくらいなら買い直したほうがいいということであった。
「よお」
学生服姿の姫継と作業着姿のトーキがもう来ていた。
「はやいね」
「お前が遅いんだよ」
「録るんだろ」

YouTubeは順調にいっていた。都市伝説動画のPart3が効いた。
突然、町に大量のステッカーが貼られるようになった。それは1枚や2枚の話ではない。何十枚といった単位であった。そしてその眼に隠されたQRコードは1枚目のものから変化していた。しかし動画投稿者の分析はここで手詰まりとなり、ステッカー事件は未解決として幕を閉じる。
Part3はそのような構成だった。
あの全てがわかった夜。ぼくは犯人のふたりにある作戦を提案した。
ぼくの手持ちの29枚と古着屋の20枚。とにかくこれを広めることにした。
古着屋の店主には客に無料で配ってもらった。ぼくはひたすら町の迷惑にならないところに貼って回った。そうして、ステッカー騒ぎを本物の都市伝説にした。あえて動画では未解決として。
効果は絶大だった。QRコードの先にはシーザー暗号とファイル共有ソフトを組み合わせた告発資料が隠していたが、動画視聴者たちによって解析され、瞬く間に告発内容は広まった。ネットからかなりの騒ぎとなって、学校でも生徒のあいだで格好のゴシップとなった。
かと言って、別に校長が辞めたということにもなっていなかった。
「道長先生の戦いも長いんだろうな」
ある日、姫継はぼそりと呟いた。ぼくもその通りだと思った。告発を広める手伝いはこれまでで、あとは道長先生とコウちゃんの戦いになるのだろう。
ぼくのYouTubeチャンネルが人気を得たのと同じように、宜丹の事務所にも仕事が殺到した。宜丹はあくまで絵を使われた側の被害者という立場なのも幸いして、神秘的な絵を描く変わり者は炎上することなく大いに広まった。
「こんなんで仕事を貰うつもりじゃなかったけどな」
宜丹は不満をたらたら述べてぼくと姫継を事務所から追い払った。それでも時々ぼくはお邪魔している。
「おい、喉の準備できたぞ」
「うん、やろっか」
姫継はマイクの前にどっしりと座った。
なんだか知らないが、姫継はナレーションの声をあてると言い出した。
別に悪い声じゃないからいいのだけど、やけに乗り気なのがちょっと気色悪い。
「ムーニーの、マンデーナイトニッポーン」
トーキは茶化しにだけ来ている。
「はーい、じゃあ録るからねー」
姫継が真剣な表情になって構える。
もう適当に録音は終わらせてしまおう。もっとバニホの練習がしたかった。
「3,2,1」

「これは、ある町に起こった出来事です」


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