福転珠

 町はずれの古道具屋に、ひとつの不思議な玉があった。名を「福転珠」という。持つ者の不運を、思いがけない幸運へと変えるという代物である。
 客足の絶えた店に、ひょろりとした男が入ってきた。青白い顔に、やつれた頬。眼だけがぎらぎらと光っている。
「旦那、この玉、本当にそんな力があるんで?」
 店主はしわがれ声で答えた。「お客人、これはただの石ころではございませんぞ。戦で家を焼かれた侍がこれを撫でたら、新しい藩に召し抱えられました。川に流された子供がこれを握ったら、都の殿様に拾われました。さあ、信じるか信じぬかはご自由に」
 男は懐から金を取り出した。震える手でそれを差し出し、福転珠を握りしめた。
「これで俺の人生も変わるはずだ」
 そうつぶやくと、男は店を後にした。

 男の名は久世(くぜ)。かつては名のある商家の倅だったが、詐欺に遭い、一文無しとなった。今は長屋でその日暮らしの生活をしている。
 そんな彼に、試すべき「不運」などいくらでもあった。まずは、長屋の家主に会いに行った。滞納した家賃を払えと言われるのを見越して、そっと懐の福転珠を撫でた。
「……旦那、これ以上払えないんです。何とかなりませんかね?」
 家主は眉をひそめたが、ふと顔をほころばせた。「お前さんの部屋の裏に、うちの甥が畑を持っとる。働いてくれるなら家賃は帳消しにしてやろうじゃないか」
 久世は驚いた。確かに、結果として助かったのだ。
「これは……本物かもしれない」
 次に試したのは、町の役人だった。以前、借金のカタに無理やり押し付けられた罪状で、奉行所から追われている。久世は役人の前に立ち、こっそり福転珠を撫でながら言った。
「役人様、私は無実でございます」
 役人はしばらく久世を睨んでいたが、やがてため息をついた。「お前さん、腕が立つと聞いたが、うちの手代にならんか? そうすれば過去のことは不問にしてやろう」
 久世の目が輝いた。これもまた、望まぬ状況が思いがけない道へつながったではないか!
 彼は福転珠の力に完全に魅入られた。次々と厄介ごとを試し、ことごとく良い結果を得た。貧しさは消え、仕事も得た。さらに、大店の娘とも縁ができ、祝言を挙げることになった。
「この玉さえあれば、もう何も怖くない……!」

 しかし、ある晩、久世は強盗に襲われた。鋭い刃が首筋に突きつけられる。彼は震えながら懐の福転珠を撫でた。
「どうか、これも……」
 だが、強盗は笑った。「へえ、いい玉を持ってるじゃねえか。こいつをもらっていくぜ」
 久世の手から、福転珠が奪われた。
 その瞬間、彼の頭に閃いた。福転珠の力は、持ち主が不運に見舞われることが前提ではないか? つまり、自ら不運を招くことで、無理やり望ましい結果を得ていたのでは? では、今度の強盗は——?
 刃が鈍く光る。久世は息を呑んだ。
「さて、この玉を撫でてみるか……」
 強盗がつぶやいた、その時——
 遠くで犬の鳴き声が響き、突如として役人たちが飛び込んできた。強盗は驚き、久世を突き飛ばして逃げようとしたが、あっけなく取り押さえられた。
 役人が言った。「お前、ちょうど良いところにいたな。この盗賊団を捕らえた手柄で、お前の罪もすべて帳消しだ!」
 久世は呆然とした。確かに、またしても不運は思わぬ方向へと転がったのだ。しかし、もはや彼の手には、福転珠はなかった。
「……まさか、あの玉は、ただの石ころだったのか?」
 彼はそっと夜空を見上げた。

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