note創作大賞 恋愛部門応募作。『50代からの生き方、恋愛についてのあれこれ』その5。今、会いたい。今、会うべき。
今、会わなくてはいけないと思う
私がまだ現役の女で居る間に、孝太ともう一度会いたい。
高校卒業後、大学生の孝太は同窓会があっても一度も出席しなかった。就職も大阪ではなく別の場所でしたようだった。
孝太を、頭と心と身体を覚えたまま、心の中に隠していようと決意して結婚した。
でも、結婚して二十五年。五十歳を超えて、子育ても終わった。そして、今も孝太が私の中にまだいる。まだ私は女なのだと思う。忘れていないのだ、心も身体も孝太を。もう良いんじゃないか。私の中にある孝太への思いを表に出してきても。
今年同窓会がある。十年ほど前から高校の同級生が地元で居酒屋を始めてから、その店を利用して、同窓会が行われるようになった。私は何度か参加しているけど、孝太は一度も出席していない。孝太も数年前に大阪に帰ってきていると聞いている。同窓会くらい出てきてもいいのにと思ったけれど、言葉にすることはなかった。でも、今年は孝太に声を掛け同窓会に参加させようと思う。
もう十分すぎるほど私は大人になった。会っても家庭を壊さない。それにじわりと老いが襲ってきている。私はこの先老いていく。それは定まった決まり。私はあと何年、女で居られるだろう。そのうち私の中に孝太も出てこなくなるだろう。今のうちに会いたい。
最近、切実にそう思う。
女は死ぬまで女だ。そんな事を言う人が居るが、そんな詭弁は聞く気がしない。
六十五歳で再会して、孝太は私を抱いてくれるだろうか。
六十歳で再会して、孝太は私を抱いてくれるだろうか。
五十五歳で再会して、孝太は私を抱いてくれるだろうか。
後何年、再会して、孝太は私を抱きたいと思ってくれるだろう。そう思うといてもたってもいられなかった。実際、抱き合えなくてもいい。そう思ってもらえる女でいる間に私は孝太に会いたかった。
近くに出掛けるだけでもしっかりとメイクをしていく。それはばったり道端で孝太にあったりしてもしっかりと自信をもって挨拶できるようにだ。
今なら、まだきっと、大丈夫だ。きっと孝太は私を見て抱きたいと思ってくれるはずだ。祈るような気持ちで今、私は孝太に会いたい。
悦子に、
「同窓会に孝太が来たらどうしよって」言うと、
「もう、会ってもいいんちゃう」と言ってくれた。そうよね、もう大丈夫よね、会っても。家庭を壊すような真似はしない。再会できれば、きっと人生最高の時間を過ごせる。それくらい私は大人になった。
同窓会に向けてグループLINEが作られた。
グループ登録メンバーに佐藤孝太とあった。名前を見ただけでドキドキした。どうしよう、年甲斐もなくときめいてしまう自分がいる。
同窓会の日程が決まった。場所も決まった。私はすぐにでも参加します。と書き込みたかったけど、あまりにも早く書き込みすぎると前のめり感が出すぎていて恥ずかしいので、しばらく様子を見ていた。みんなの参加します。楽しみです。などと書き込みがなされていくのを確認してから参加します。と入れた。
しかし、孝太からは、参加も不参加もなんの反応もない。どっちなんだ。ドキドキ、やきもきする。心臓に悪い。早く孝太に参加するとの書き込みをしてほしい。他のみんなはどうでもいい。
数日たっても孝太の返事はない。
悦子に孝太は来ないのかなと連絡してみた。孝太と繋がりのある男友達に聞いてみたろかって返事があった。いいよしなくても。幹事の飯山君を知っているから自分で連絡してみると返事をして、飯山君にLINEしてみた。あと数日待って返事がなかったらグループLINEじゃなくて個人的に連絡してみるわ。俺も早く人数確定したいし。でも、今まで同窓会にきたことないからなあ。という返事がきた。
数日後、飯山君から、孝太は来ないって、仕事やって。喜多川が会いたい言うてたでって言ったら、ウソつけって言ってたわ。孝太も会いたそうやったで(笑)と返事が来た。久しぶりに喜多川と旧姓で呼ばれて、そこに孝太の名前があるだけで胸がキュンとした。それにしても私が会いたいとか飯山君はなんていらんことを言うやつ。でも、高校生の頃からそういうやつだった。恥ずかしさで顔が赤くなった。でも、良い事があった。グループLINEから、私のLINEに孝太から友達申請がきた。
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