【リアルフィクション】孤独なおじさんがクソリプおじさんになるまで
俺はただ、返事がほしかった
俺は50才。
名前は今回意味がないから控えさせていただく。
会社員。
妻とはあまり会話がない。
子どもはもう高校生で、俺のことを「お父さん」と呼ぶ時は、だいたい金か送迎か学校の書類である。
趣味はインターネット。
こう言うと若い人は笑うかもしれないが、俺はかなり昔からネットをやっている。
2ちゃんねるも見ていた。
mixiもやっていた。
足あと機能で誰が見に来たか確認していた時代を知っている。
あの頃のインターネットには、まだ温度があった。
知らない誰かと掲示板で言い合いになったり、日記にコメントがついたり。
時にはmixiのコミュニティで変な人に絡まれたりした。
今思えば、あれはあれで面倒だった。
だが、少なくとも誰かがいた。
俺の言葉に、誰かが反応していた。
そう、モニターの向こうに人の存在を感じる事ができた時代。
今は俺はXをやっている。
旧ツイッターってやつだ(笑)
フォロワーは153人。
多くはない。
だが、少なくもないと思っている。
学校の1学年に相当する。
近所の町会だったら人数的に全員とも言える。
だから俺は、たまにポストしていた。
「今日は暑いですね」
だが反応はない。
でもそれでいい。
Xなんてのは、自由につぶやくもの。
誰かの反応のためにやるものじゃない。
「最近の若者は本当に優秀ですね」
反応なし。
全然かまわない。
承認欲求なんて俺には関係ない。
「昔は仕事ももっと厳しかったけど、その分成長できた」
反応なし。
誰もいいねを押さない。
誰もリプをくれない。
インプレッションだけが少し回る。
17。
23。
たまに41。
見ている人間はいるはずなのに、誰も何も言わない。
俺の言葉は、タイムラインの上に落ちて、そのまま排水口へ流れていく。
最初は、まあそんなものだと思っていた。
芸能人でもない。
有名人でもない。
普通のおじさんだ。
普通のおじさんの昼飯や仕事観に、誰が興味を持つのか。
俺だって知らないおじさんの昼飯には興味がない。
それはわかっている。
わかっているのだが、だんだんと、それでも少しくらい反応があってもいいのではないかと思うようになる。
「わかります」
「暑いですよね」
「昔は大変でしたよね」
そんな簡単なリプライでいい。
俺は別にバズりたいわけではない。
ただ、誰かに見えていてほしいだけだ。
一言リプがもらえればそれでいい。
しかし、俺のポストには誰も来ない。
一方で、タイムラインは賑やかだ。
若い人が何かを言えば、すぐにいいねがつく。
女性が日常を少し書いただけで、リプが何十件もつく。
インフルエンサーがどうでもいいことを言っても、引用がつく。
同世代の誰かが仕事論を語れば、なぜか称賛されている。
俺と何が違うのか。
文章か。
見た目か。
実績か。
運か。
それとも、俺はもう透明なのか。
そう思い始めた頃から、俺は他人のポストにリプをするようになった。
相手の役に立つためのメッセージ

最初は本当に善意だけだった。
例えば、タイムラインに流れてきた見ず知らずの人のメッセージ。
若い人が仕事で悩んでいると書いていた。
俺はリプをする。
「若いうちは苦労しておいた方がいいですよ。後で必ず役に立ちます」
悪いことを言ったつもりはない。
俺なりの経験だ。
本当にそう思った。
だが、返事はない。
いいねもつかない。
その人は、その後も普通に別の人と会話していた。
俺のリプだけ、なかったことにされる。
だがいい。そんなものだろう。
俺はそう自分に言い聞かせた。
別の日、タイムラインを見ると見知らぬ女性が料理の写真を上げている人がいた。
少し味が濃そうな料理の写真。
俺はリプをした。
「塩分取りすぎには気をつけた方がいいですよ」
親切のつもりだった。
健康は大事。
俺も血圧で医者に注意されている。
だから言った。
返事はない。
また別の日、タイムラインで見知らぬ誰かが映画の感想を書いていた。
俺はその映画を昔見たことがあった。
だからリプをした。
「原作の方が深いですよ」
これも悪意ではない。
むしろ教えてあげたつもりだった。
だが、返事はない。
いいねもない。
少しずつ腹が立ってくるのを実感する。
なぜだ。
俺は変なことを言っていない。
正しいことを言っている。
経験に基づいたことを言っている。
相手のためになることを言っている。
それなのに、なぜ無視されるのか。
若い人は、年上の意見を聞かない。
そう思ってしまう。
いや、若い人だけではない。
最近の人は皆がそうだ。
自分に都合のいい言葉しか耳に通さない。
褒められたいだけ。
肯定されたいだけ。
少しでも違う意見を言われると無視する。
俺はそういう空気に、警鐘を鳴らしているだけなのかもしれない。
いや、まさにそうなのだろう。
だから、もう少しはっきり言うことにした。
聞く耳も持たない人類。
どうなっているんだ日本は。
本当の正しさを伝えるために
正しい事を言って何が悪い。
むしろ俺が正しい事を伝えていかねばならない。
そう思い、TLに流れてくる見知らぬ人へどんどん言葉を投げかける。
「それは違うと思います」
「社会を知らない意見ですね」
「浅いですね」
「昔からある話です」
「勉強不足では?」
そう書くと、たまに返事が来るようになった。
「急に何ですか?」
「失礼ですよ」
「そういう話じゃないです」
「絡まないでください」
返事が来た。
通知が光る。
胸が少し動く。
もちろん、内容は俺にとって不本意だった。
しかし、反応があった。
俺の言葉が、誰かに届いている。
その事実だけで、少しだけ満たされた。
そして、反応の無いやつらより見所のある人間だとも思った。
俺はそこで気づいた。
普通に書いても誰も反応しない。
優しく言っても無視される。
だが、少し強く言うと反応が来る。
つまり、今のSNSでは、はっきり言わないと届かないのだ。
なでるような言葉になれてしまった現代の人間たち。
誰かがちゃんと言ってやらねばならない。
そこから、段々と俺のリプの言葉は少しずつ強くなる。
そう、インターネットの向こう側にいる彼らの事を思えばこそだ。
人生を重ねたから伝えられるメッセージ

見知らぬ女性が仕事の愚痴を書いているのを目にする。
俺はリプをする。
「それくらいで文句言うなら社会人向いてないですね」
見知らぬ若い男性が恋愛で悩んでいた。
俺はリプをしする。
「だからモテないんですよ」
見知らぬ誰かが体調不良をつぶやいていた。
俺はリプをする。
「生活習慣を見直した方がいいです」
本人の事情など知らない。
だが、俺には言えることがある。
俺には積み重ねてきた50年の人生があるのだ。
その辺の若者よりは、いろいろ見てきている。
2ちゃんねるもmixiも通ってきているのだから。
インターネットの荒波を知っている。
だから俺は、甘い言葉だけのタイムラインに、現実を教える使命がある。
インターネットの本質を知らない現代人に。
社会を知らない現代人に。
何も言い返せない現代人に。
「言われるのが嫌ならXなんてやめればいい」
もちろん、たまにブロックされる。
ミュートもされているかもしれない。
だが、それは相手が弱いだけだと思っていた。
正論を言われると逃げる。
耳が痛いことを言われると塞ぐ。
そういう人間が増えたのだ。
俺は悪くない。
俺は普通の意見を言っているだけ。
むしろ言ってあげているのだ。
俺は別に死ねとは言っていない。
消えろとも言っていない。
ただ、浅いとか、甘いとか、社会を知らないとか、そういうことを言っているだけだ。
感想である。
意見である。
SNSに投稿するなら、当然いろんな意見が来ることを覚悟しているだろう。
嫌なら鍵をかければいい。
嫌ならSNSをやらなければいい。
俺を苛立たせる誰かの日常

ある日、若い女性のポストが目に付く。
「今日は頑張ったからケーキ食べる」
写真には、少し高そうなケーキの画像。
たくさんのいいねがそこに群がっている。
「お疲れ様」
「えらい」
「美味しそう」
そんなリプが並ぶ。
俺は見ていて、なぜか腹が立った。
なぜ、この女性はケーキを食べるだけで褒められるのか。
俺は今日も働いた。
満員電車に乗った。
上司に頭を下げた。
部下のミスをかぶった。
家に帰っても誰も褒めない。
それなのに、この女はケーキひとつで「えらい」と言われている。
俺はリプを飛ばす。
「その程度で自分を甘やかしていたら成長しませんよ」
すぐに返事が来た。
「誰ですか?」
誰ですか。
だれですか?
ダレデスカ?
その一言が、妙に刺さった。
俺は誰なのか。
たしかに俺は、その人にとって誰でもない。
もちろん家族ではないし、同僚でも友達でもない。
ただの知らないおじさんである。
知らないおじさんが、突然ケーキに説教している。
はたから見ればそう映る。
だが同時にこうも思った。
お前こそ誰なのだ、と。
俺を苛立たせるコイツは「ナニモノナノカ」と。
何故顔も名前も知らないお前は私のXのタイムラインに現れ、俺の人生にしゃしゃってくるのかと。
俺はただ、正しいことを言っただけだ。
何故迷惑そうに「ダレデスカ」と言い返してくる権利がお前にあるのかと。
迷惑極まりない存在でしかない。
タイムラインの平和を守るために
そこからさらに、俺はもっと強く指摘する事にした。
人のタイムラインに勝手に登場しては、自論を繰り広げる奴らを正すため。
何もしていないくせに、ちやほやされる奴らに現実を突きつけるため。
相手の文章の揚げ足を取る。
言葉遣いを指摘する。
写真の背景に口を出す。
服装に触れる。
年齢を推測する。
「だから結婚できないんですよ」
「そういうところですよ」
「おばさん構文ですね」
「若いだけでチヤホヤされるのも今のうち」
俺が苛立つということは、同じ投稿を見ている他の人も同じ気持ちになっている。
みんなの代わりに俺が伝えてやってるのだ。
リプを送った瞬間は、少しだけ気持ちよかった。
相手が反応すれば、さらに返す。
相手が反応しなければ、勝ったような気になった。
俺の想いが伝わったのだろうと感じた。
いいねがつかなくてもいい。
リプが返ってこなくてもいい。
俺は誰かの通知欄に、自分の存在を残す。
それだけで、透明ではなくなった気がした。
だが、夜になると少し空しくなる時もある。
自分のポスト欄を見る。
相変わらず、誰からも反応はない。
フォロワーは158人、昔とあまり変わらない。
俺が誰かに強い言葉を投げた日も、俺自身の言葉には誰も来ない。
俺は他人のタイムラインでは存在できる。
だが、自分のタイムラインでは存在できない。
変な話だ。
自分の家には誰も来ないから、他人の家の玄関先で大声を出しているようなものだ。
俺はそれを「意見」と呼んでいた。
「議論」と呼んでいた。
「正論」と呼んでいた。
俺はただ、誰かに返事をしてほしかったのかもしれない。
俺の言葉に、誰かが反応してほしかった。
会社では、俺の話は最後まで聞かれない。
家庭では、俺の話はだいたい流される。
子どもに話しかけても、「うん」「へえ」「あとで」しか返ってこない。
昔はもう少し、俺にも居場所があった気がする。
2ちゃんねるでは自分の名前を明かさないかわりに、終わりのないやりとりを繰り広げられた
mixiなら足跡だけでも自分の存在を示す事ができた。
だが、今の俺は違う。
タイムラインには人がたくさんいる。
言葉もたくさん流れている。
なのに、自分だけが透明だ。
俺はそれが怖かったのかもしれない。
だから俺は、誰かの通知欄に顔を出す事にした。
最初は優しすぎた。
「美味しそうですね」
「頑張りましたね」
こんなありふれた単語では、TLを流れていく見知らぬ人を呼び止める事はできないのだ。
そして俺は正義を掲げた。
間違っていることを正すことが俺の役目なのだ。
何故なら多くの人間が気付いていないのだから。
使命と役目から逃げない強さ

相手の心の扉を優しくノックするつもりでは、言葉は届かない。
想いを届けるにはドアを蹴破ってでも言葉を送る必要がある。
例え土足であろうとも。
相手の経歴・過去・心境など知ったことではない。
その瞬間に目の前に映ったすべてが相手自身だ。
今日だって、俺は多くの人間に正しさと気付きを届ける必要がある。
そんな一人一人の過去にまで俺が気にしている時間などない。
たまに「クソリプやめて下さい」という返信が来るが、本当にバカすぎて困る。
俺のリプはクソリプではない。
正義の槍なのだ。
本人が気付いていない正しさに辿り着く道標。
正しい人間には無害だが、害ある人間には痛みを感じさせるだろう。
俺のリプに苛立つのであれば、その元ポストこそが悪だという証拠だ。
残念ながら、「クソリプやめて下さい」と言ってくるような輩にはその事がわからない。
客観的な視点がないのである。
俺の様に優しい第三者がいなければ、その間違いに気付くきっかけすら訪れないというのに。
誰が好んで、見知らぬ誰かのポストにわざわざリプをするだろう。
事実、賢い人間は「クソリプやめて下さい」といった頭の悪い返信をしてこない。
彼らは「確かにこの人の言う通りだ」と私のリプを受け止めるからである。
確かに「ありがとうございます、ご指摘の通りです」と言われることはない。
当然だ。
皆が見ているSNSで、自らの非を認めるのは恥ずかしさもあるだろう。
俺はそんなことは気にしない、むしろよく俺の言葉を受け止めたと称賛している。
無言は肯定、だがそれで構わない。
問題なのは、本当にクソリプをしている他のXユーザーである。
何も考えず、自分のストレスのはけ口としてリプをしているからクソリプと言われてしまう。
結果、俺みたく核心をつく人間の発言が「クソリプ」などと勘違いされてしまうのだ。
見ず知らずの人間に好んで絡む奴などいない
『好き好んで、見知らぬ誰かのポストに絡んでいく人間がいるだろうか』
いない。
そんな奴は頭のおかしい人間だ。
いるはずがない。
例えば、コンビニでおかか味のおにぎりを買っている見知らぬおばさんに、「明太マヨ味の方が美味しいですよ」と言うだろうか?
タワレコで松任谷由実のアルバムを買おうとしている見知らぬおじさんに、「時代はあいみょんですよ」と言うだろうか?
クソリプをしている奴らはそういう事をしている。
だが俺は違う。
ちゃんと考えを持ってTLに流れてくるポストに意見をしている。
信念が違うのだ。
もし機会があれば、多くのユーザーにこの事を伝えたい。
Xとはフォロワーと絡むためのツールではない。
TLに流れてくる情報に対し、自分の正しい価値判断基準・意志を刷り込ませるものなのだと。
誰かがそうしなければ、このインターネット社会は倫理を失って暴走する。
優しい言葉でなでるように語り掛けても無意味だ。
俺のように、強い言葉を発せられる人間が必要だ。
フォロワーなど気にせず、むしろ見知らぬ人間に対して物を言っていく姿勢こそ必要。
相手がフォロワーの少ない弱小アカウントだって構わない。
バズった投稿じゃなくても構わない。
オフィシャルアカウントじゃなくたって、もちろんいい。
SNSをやっている人間は、全ての人間が自由に発言をする。
ということは、どんなプライベートな発言であっても、発言をされる事を覚悟していて然るべきだ。
甘やかしてはいけない。
俺はTLに流れてくる投稿に今日も目を光らせる。
最近では、人生においてそれしかしていない。
それ以外の時間などいらない。
俺がXの平和に貢献しているのだから。
プライベート?
休息?
趣味?
そんなものはいらない。
俺は一生、このXというコンテンツに全ての時間を費やして張り付いてやる。
これは覚悟だ。
人類を正しい方向に導くために選ばれたのが俺なのだから。
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