流れながら還る─父の想いとわたしの羽の軌跡ー
「流羽るう」に込めた、父と自然の記憶
わたしの活動名「流羽るう」には、
父が描いた自然の循環と、わたし自身の歩みが重なっています。
父は、生まれ育った大自然をこよなく愛していました。
芸術家でもあった彼は、結婚するまでは木工職人として木のテーブルやついたて、火鉢などを手がけていました。
木の節や曲がりを活かしながら自然のままの美しさを形にするその手仕事は、わたしの心の奥に残る風景で、そんなものづくりをしていた人です。
絵を描くことも好きで、時間があれば筆をとっていました。

知らぬ間に、父の言葉がわたしの軸になっていた
芸術家だった父は、いつもこう言っていました。
「個性は宝だ」
「違うことは当たり前で、すばらしい」
「個性を活かさないともったいない」
その言葉は、今のわたしの軸となり、活動の根っこになっています。

そんな父が、わたしに「流羽(るう)」という名前を付けようとしたのは
「山から流れる川に、羽がふわりと浮かびながら流れていく、、、
その羽が海に辿り着き、蒸気流に乗ってまた山へ還る。
そしてまた川へと戻り、海へ向かう。
自然の中で静かに巡るその羽のように「流れながら還る」、そんな循環する存在であってほしい」
という願いが込められていました。
けれど、名字との語呂が合わないという理由で、母に却下されてしまい、最終的には「る」という一文字だけが採用されることに。
それでも父はずっと「るう」と呼び続け、友人たちにもそう紹介していたほど、この名前に思い入れがあったようです。

自己解放の扉が開いたとき
わたしは、ここ数年で少しずつ
「自己解放」の扉が開いていくのを感じていました。
そんな中で、ふと「流羽」という名前を思い出し、
その意味や願いに改めて向き合うようになったのです。

もしかしたら、父が描いた羽のように、
わたしもまた、山と海を行き来するように内と外を巡りながら自分らしく生きていけるのではないか、、、
そう思えたとき、この名前が
わたしの「羽の軌跡」として未来を描いてくれるように感じられました。
だからこそ、今の活動名に「流羽」を選びました。
それは、父の願いとわたし自身の歩みが
不思議と重なり合ったように感じたのです。
「流羽」だけでは、「なんて読むの?」って聞かれることが多いので
もう一緒くたに「流羽るう」としてしまいました。笑

凸凹の世界で、補い合える社会を目指して
今、わたしは「流羽るう」として、自分の羽を広げはじめています。
noteでは、「登山✕思考✕多様性」を軸に、問いを携えながら歩く山旅のような記録を綴っていきます。
山を歩くことで自分の内側と外側を行き来しながら、
社会の「当たり前」にそっと問いを投げかける。
それは、誰かの小さな違和感に寄り添いながら肯定するものでもあります。
わたしは、自分の生きてきた中での経験から、
ひとり一人の特性を強みとして意識し、弱みはかわいげとして助けてもらう、、、
この世界は、凸凹の人間たちの集まりであり、だからこそ補い合える社会を目指したい。
そんな想いを胸に活動を続けていきます。
きっと、誰もが感じている「当たり前」に、苦しみや生きづらさを抱えている人がいる。
その人たちへ、気づきの羽をそっと届けられるように
わたしは「気づきの種」となる問いをそっと置きます。

思い込みの霧を晴らすために
noteのプロフィールにはこう記しています。
「思い込みの霧を晴らす」
それはわたし自身が霧の中で迷いながらも、問いを手に一歩ずつ進んできた証です。
誰かの視界を少しでも広げるきっかけになれたら、、、
そんな願いを込めて、今日も歩いています。

