「明日つかえること」を追いつづけていたら、人生が貧しくなっていた
昔、ある女性と縁を切ったことがある。恋愛のもつれ、ではない。その人は元同僚で、1つ上の先輩だった。性格はまるで違うのに馬が合って、週1で飲んでいた。ただひとつだけ、時間の感覚だけは全く合わなかった。
彼女は待ち合わせに20〜30分、平気で遅れてくる。連絡がないこともしばしばあった。一方、僕は時間厳守の人間。「人を待つ」という意味のない時間が大嫌い。
十数年前のあの日も、遅刻している彼女を待っていた。「次に遅刻するときは絶対連絡くださいね」と念押ししたのに、30分待ってもメールも電話も来なかった。待ちぼうけは何度目だろう。
泡が消えてぬるくなったビールが目の前にあった。どうでもよくなって、ビールを一気に飲み干し会計を済ませて店を出た。数分後に先輩から電話が来たが無視して電源を切った。
その後、さすがに何かに気づいたのか謝罪のメールが来たが、それも無視した。もうこの人とは二度と会わなくていいかなと思った。それ以来、連絡すらしていない。
11年前、僕はメンタル不調を理由に、逃げるように会社を辞めた。新卒で入社し6年勤めた会社から転職して、まだ1年というタイミングだった。
その頃の僕は、朝から晩まで仕事のことばかり考えていた。優秀な同僚に少しでも追いつこうと、土日もなく働いた。それでも結果は出ず、むしろ顧客からクレームをもらい、「担当を変えてくれ」と言われてしまった。
担当変更を宣告された翌日も、いつも通り客先をまわり、深夜までプレゼン資料をつくっていた。誰もいないオフィスでぽつんと一人、エナジードリンクを片手にパソコンに向かっていた。しんどいなーと思いつつ、「逃げるな」と自分に言い聞かせて働きつづけた。
しかしある日、限界を迎えた。布団をめくることも、跳ね除けることもできない。仕事に行ける状態ではなかったので、布団にくるまったまま上司に休む旨を連絡した。
数日後、生まれて初めてメンタルクリニックに行ったところ、医者から言われたのは「適応障害」。その旨を会社に伝えたら休職することになった。まさか自分がメンタル不調になるとは思ってもいなかった。いつか復帰できるかなと思っていたが、そのまま会社に行けず、結局数ヶ月後に会社を辞めた。
退職後はしばらく引きこもっていたが、1ヶ月もすると「本当にこのままでいいのか」と焦りはじめた。でも人には会いたくないし、外にも出たくない。会社員には戻れないと思った僕は、「在宅ワーク」と検索して引っかかった「Webライター」という職業をやってみることにした。
独立、なんて呼べるものではなく、家でできるバイトを見つけた感覚だった。明日食うメシのために、必死で目の前の仕事をこなした。
当初は次の職場までのつなぎくらいに考えていたが、1年、2年とつづけるうちに楽しさを見出し、少しずつ結果が出てきた。つなぎのはずだった仕事が、気づけば9年つづいた。会社員時代の収入も超え、すべては順調だった。しかしその矢先、僕はふたたびメンタルを崩した。
1年ほど前のこと。クライアントとの打ち合わせが迫るなか、リビングのソファから動けなくなった。身体が重い。仕事をしたくない。誰とも喋りたくない。
スマホでお気に入りの音楽をかけて無理やりテンションを上げ、自分の心を騙しながらなんとか自室に戻った。パソコンを開いたところで、視界がうっすら滲んでいた。え、泣いてるじゃん。
11年前と同じだ。逃げるな、と自分に言い聞かせたあの日と。この道の先に何があるかは、もう知っている。だから今回は絶対に休もうと誓った。
問題は、仕事の降り方だった。突然離脱すればクライアントに迷惑がかかる。最悪なのは11年前のようにベッドから出られなくなり、強制終了を迎えることだ。そうなる前に少しずつ仕事を手放していく。休むと決めたからこそ、丁寧に降りると決めた。
涙が出てきたその日は、もう仕事にならなかったので、クライアントに最低限の連絡だけしてパソコンを閉じた。
デスクに背を向け、しばらくぼーっとしていたら、ふと本棚に視線が止まった。何年も積読している小説が目に入る。立ち上がって、その一冊を抜き出し、自室からリビングのソファへ移動し、本を開く。文字は追えるが頭に入ってこない。読むという行為は、今の体調には難しいのだろう。そこで僕は、小説をオーディブルで聴いてみることにした。
選んだのは『成瀬は天下を取りにいく』。特に理由はない。検索した記憶もないので、レコメンドされたのかもしれない。
再生ボタンを押すと、プロのナレーターの心地いい声が聴こえてきた。小説を音声で聴くのは初めてだったが、よかった。とてもよかった。頭のなかで物語が浮かぶ。ドラマを見ている感覚に近いが、映像がないぶんストレスも小さい。
小説を聴いているあいだ、頭から仕事は消えていた。ソファから動く気すら起きなかったのに、カーテンを開けてコーヒーを淹れる、くらいのことはできるようになった。ほんの少しだけ力が戻った気がする。
ああ、これだ。たぶん今の自分にいちばん必要なのは、きっとこういう時間なんだ。この気づきを忘れたくなくて、頭に浮かんだことをそのままノートに書いた。
脳から仕事を切り離す
僕の頭のなかには、常に仕事があった。抱えている案件、明日の打ち合わせ、書きかけの原稿。振り返ってみると、仕事を全くしなかった日は、この9年で1日もなかった。ゴールデンウィークも正月も、予定のない日曜も、気づけば机に向かっていた。
でも仕事が好きだったかというと、少し違う気がする。仕事をしたかったというより、何もしない時間が怖かった。意味のない時間に思えてしまうから。そういう時間を1秒でも減らすように、仕事で埋めていた。思えば昔から「意味のない時間を過ごしたくない」という強迫観念に取りつかれていた。
そこでふと思った。そもそも「意味」とはなんだろう。「意味がある」を僕はどう捉えているのか。それを知りたくてつらつらノートに書いていたら、こんな言葉が出てきた。
明日つかえる
僕にとって意味があるかどうかの基準は、明日つかえるかどうか、だった。
たとえば、ビジネス書は明日の仕事につかえるので意味があるけど、小説は明日つかえないので意味がない。仕事に関するYouTubeは明日つかえるので意味があるけど、ドラマはつかえないので意味がない。書いていて哀しくなるが、いつもこんな感じ。
この価値観は、口にも出ていた。
美術館に行くという友だちに「絵を観てどうすんの?」と言い、旅行先で美味しいご飯を食べたという土産話に「東京にうまい店いくらでもあるよ」と返した。ライブに誘われたときは「YouTubeで見ればいいじゃん」と断った。
友だちはそのたびに、少しだけ嫌な顔をした。ちょっとキレられたこともある。
アート、映画、アーティストのライブ、旅行など。これらは「明日つかえない」に分類されるため、極力避けていた。そういう時間を排除することで、毎日が充実すると信じていた。
頭のなかが真っ白なキャンバスだとしたら、僕はそこを「明日つかえるもの」という黒いペンキで、隅々まで塗りつぶそうとしてきた。きっと塗る場所がなくなったとき、つまり余白がなくなったとき、心が死ぬんだと思う。11年前も1年前も、キャンバスが真っ黒になってしまったのだ。
そんな僕が、あのときなぜ小説に手を伸ばしたのか。たぶん、意味のある(と自分で思っている)ものを選ぶ力すら尽きていたからだと思う。なんとなく手が伸びた。それだけのこと。
でも、その小説が僕を救ってくれた。明日つかえないと切り捨ててきたものが、真っ黒なペンキを少しだけ剥がしてくれた。
だとしたら、これまで捨ててきたものは何だったのだろう。アートも、映画も、ライブも、旅行も。たいして中身も知らないのに捨ててきた。そのなかに何があるのか、僕は確かめてすらいない。
先輩を待っていたあの夜のことを思い出す。ビールの泡が消え、ぬるくなっていった。僕はそのあいだ、ずっと苛立っていた。早く来てくれ。せめて連絡をくれ。この時間がもったいない。意味がない。
思い返すと、先輩と何を話したのかほとんど覚えていない。明日つかえる話なんて、たぶんひとつもしていない。していたとしても、大量のアルコールによって記憶から消えている。だから「明日つかえるか」で分類するなら、待つ時間も飲む時間もどちらも捨てるほうに入る。でもあの人と飲んだ夜は、今でも楽しい思い出として残っている。
つかえるか、つかえないか
我ながら、くだらない軸だと思う。この軸のおかげで、自分の人生をずいぶん貧しくしてきたのではないか。それに気づいてしまったことを、少しだけ後悔している。ただ同時に、今気づけてよかった、とも思う。
今度、誰かを待つ夜が来たら、ぬるくなっていくビールをぼんやり眺めていたい。泡が消えるのを、むしろ楽しみながら。
