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「女城主」岩村城〜お城マニアへの道 No.105

こんにちは!

歴史と食がつながると、旅はもっとおもしろくなる。
お城さんぽの楽しさをお届けしたい!
アラフィフ旅ライターの更科そば子です。

6月の日本城郭検定に向けて、学習まとめシリーズ継続中です。

北陸のお城を制覇した次は、いよいよ東海エリアへ突入!

信長の天下布武の拠点・岐阜城の次は、同じ岐阜県でも東へ約50km。
東美濃の山深い地に、ひっそりとそびえる日本三大山城のひとつ岩村城です🏯

信長の叔母が治める「女城主の城」として有名なこの場所には、教科書には載らない人間ドラマが詰まっていました。

ではでは、お城検定目線+更科そば子の旅目線で学んでいきましょー!


基本情報:岩村城

  • 城名:岩村城(いわむらじょう)

  • 区分:日本100名城

  • 所在地:岐阜県恵那市岩村町城山

  • 築城者:加藤景廉、遠山氏、河尻秀隆、松平氏

  • 築城年代:文治元年(1185年)、永正年間(1504~21)、天正3年〜慶長年間(1575~1615)

  • 城郭構造:梯郭式山城

  • 天守:なし

  • 主な城主:岩村遠山氏、秋山虎繁(武田氏)、森氏、松平氏

  • 別名:霧ヶ城(きりがじょう)
    →八幡曲輪にある「霧ヶ井」という霊泉にまつわる伝説から。敵が攻めてきたとき、城内秘蔵の大蛇の骨をこの井戸に投じると、たちまち霧が湧き出て城を覆い隠し、敵を退けたと伝えられている

  • 本丸までの所要時間:明知鉄道「岩村駅」下車後、徒歩約1時間

👉 ポイント

  • 標高717mは江戸時代の居城の中で日本最高所、日本三大山城のひとつ

  • 織田信長の叔母「おつやの方」が女城主として統治した城

  • 700年間にわたって城と城主が続いた、日本の城史に例を見ない長い歴史

岩村城の歴史

文治元年(1185年)、源頼朝の重臣・加藤景廉(かとうかげかど)がこの地に任命され、その長男・加藤景朝が城を築いたのが岩村城のはじまりとされています。
その後、加藤景朝は「遠山」を名乗り、岩村遠山氏を称していきます。

戦国時代、岩村城は織田氏と武田氏の境目に位置する戦略的要衝でした。
城主・遠山景任は織田信長の叔母(通称「おつやの方」)を妻として迎えていましたが、元亀3年(1572年)に病没。
おつやの方が女城主として城を差配しました。

しかし同年、武田信玄の将・秋山虎繁(信友)が東美濃に侵攻。
秋山は巧みな外交交渉を駆使し、領民と家臣を守ることを条件におつやの方との政略結婚を提案。
苦渋の決断の末に城は無血開城され、岩村城は武田方の城となりました。

しかし、天正3年(1575年)、長篠の戦いで武田勝頼が敗れると形勢は逆転。
織田信長の長男・織田信忠が岩村城を奪還し、秋山夫妻は捕らえられました。

信長はこの二人を逆さ磔で処刑したと伝わります😱
信長の叔母でありながら、武田方についたことへの信長の激しい怒りがうかがえます。

その後は森氏が城主となり、近代城郭へと改修。
関ヶ原の戦い後は松平氏の居城となりました。

鎌倉・室町の約300年、戦国の100年、江戸の300年と、明治の廃城令まで700年にわたって城と城主が続きました。
これほど長く存続した城は日本の城史でも例を見ません。

見どころ情報

● 本丸の六段壁

岩村城最大の見どころが、本丸虎口にそびえる「六段壁」です。
6段に積み上げられた石垣は、全国の山城の中でも特筆すべき技術の結晶です。

関ヶ原後に入封した松平家乗による築造とされ、苔むした石垣が霧の中に浮かぶ光景は「東洋のマチュピチュ」とも称されます。
検定でも頻出の重要ポイントです。

● 霧ヶ井と霧ヶ城伝説

八幡曲輪にある「霧ヶ井」は城主専用の霊泉です。
別名「霧ヶ城」の由来となっています。

岩村城には、山上でありながら17箇所もの井戸が現存しており、籠城戦に備えた水源確保の工夫は見逃せません。

なお、岩村城内には「岩村城再現CGビューア」が15箇所設置されており、スマホやタブレットで読み込むと、音声ナレーションによる解説と再現CG映像が楽しめるそうです。

● 朝ドラ「半分、青い。」のロケ地・城下町

本丸だけでなく、岩村駅から城へと続く城下町の街並みも必見です。

瓦屋根・格子・白壁土蔵が建ち並ぶ本通りは、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
NHKの朝ドラ「半分、青い。」のロケ地としても知られ、江戸時代の面影を色濃く残す町歩きが楽しめるそうです。

お好きな方にはたまらない聖地巡礼ですね✨

城下町グルメ(※試験には出ません!)

さあ、皆さんお待ちかね!
お楽しみの城下町グルメ情報のお時間です!

岩村城の城下町には、長い歴史が育んだ個性的なグルメが揃っています🍰

■ 岩村カステラ

岐阜でなぜカステラ?
そこには江戸時代の医師の物語があります。

寛政年間(18世紀末)、岩村藩の御殿医が藩命により長崎へ蘭学を学びに行き、オランダ人からカステラの製法を習得。
帰国後に城下の菓子屋へ伝授したのがはじまりなんだそうです。

長崎カステラとは別物で、小さな銅板型に1本1本を手焼きする製法が特徴。
気泡が少なくきめ細かい、まるで玉子焼きのような見た目です。

この江戸伝来の製法を今も守り続けているのは、日本中で岩村だけ。
城下町には松浦軒本店(寛政8年創業)・松浦軒本舗・かめや菓子舗の3軒が軒を連ね、食べ比べも楽しめるそうです!

お土産にもぴったりですね!

■ かんから餅

「かんから」とは、餅つきの際に出る「かんから、かんから」というリズミカルな音から名付けられた、岩村の郷土スイーツです。
よもぎ・あんこ・きなこの3種類のタレをまとった小さなお餅が串に刺さって登場するんだとか。

城下町の茶店で食べるかんから餅は、素朴でやさしい味わい。
女城主が愛したかもしれない一品を、城下町の古民家で味わってみてください。

■ 岩村醸造の地酒「女城主」

岩村城下町に構える岩村醸造は、清涼な東美濃の水と米で醸す老舗蔵元です。
看板銘柄は「女城主」。
おつやの方が岩村城下を治めていた史実と、岩村城築城800年を記念して誕生した銘柄です。

辛口でスッキリとした飲み口は、城下町の歴史散策の後にぴったり。
角打ち(立ち飲み)スペースも設けられているので、城下の町並みを眺めながら一杯、というぜいたくな時間も楽しめるそうですよ!

そば子的感想まとめ

岩村城からの眺め

岩村城を調べながら、ずっとおつやの方のことが頭を離れませんでした。

信長の叔母として育ち、遠山氏に嫁ぎ、夫の死後は女城主として城と領民を守る。
そして武田の将との政略結婚という苦渋の選択。
それもすべて「領民を守るため」だったのに、最後は甥の信長に逆さ磔で処刑されるとは。

どんなに理不尽な終わり方だったか、と思わずにいられません。

でも彼女のそんな決断があったからこそ、無血開城で城下の人々は守られた。
霧ヶ城の霧は、そんな彼女の涙だったのかもしれないな、なんて、さすがにちょっとロマンチックすぎますかね笑

標高717mの山城、足腰を鍛えて挑みたいと思います。
降りてきたらかんから餅と女城主🍶で、おつやの方に思いを馳せたいと思います!

というわけで、岐阜のお城学習はまだまだ続きます。

もしあなたもお城とグルメの旅を楽しんでいただけるなら、スキ&フォローで応援してもらえると嬉しいです☺️

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