見出し画像

「青の姫 The Blue Princess」第二十二章 青の国(創作大賞2026ファンタジー小説部門)

第二十二章 青の国

末の姫が国に戻られたことは、あっという間に国中に知れわたりました。
「国から逃げた青姫さまが戻られたって?」
「ご夫君はいっしょなのかい?どこの国の王さまと結婚されたのかね?」「お子さまはおつれになっているのかい?」

姫はだれもつれておらず、ひとりであること、そして王が死のまぎわに冠をさずけたということがわかると、民たちはいっそう、おどろきました。
しかし、彼らは新国王の即位と、その後に起こったことで理解することになります。

「青の女王」の即位式は、この国はじまって以来最大の儀式として、世界各国のお歴々がこの山深い国を訪れました。
一同が席につくと、頭上に王冠をいただいた女王が立ち上がりました。

先祖代々受け継がれた古い王冠の中心には、母であるお妃が贈った、長い旅の間つねに身につけていた青石がはめられていました。それは女王の青い瞳の上に、三番目の瞳のように輝いていました。
玉座の足元には、かつて城の裏の森で見つけた三段の踏み石が置かれていました。それは最初からそのために作られたかのように、ぴったりなのでした。

ーおお、あれが青の女王だ。
人々がざわめきました。

そのときの女王のすばらしい笑みを、客人たちはのちに語り伝えました。
「世界中から来られた皆さま方。ようこそ、青の国へ。」

女王の瞳は今、広間の先、開かれた扉に向けられていました。
そこからは青空と山々が見晴らせました。

突然高らかな声が響きました。

青き空 青き河 青き峰々 
そのなかに咲いた 小さな青き花のごとし わが国よ

それはあの歌うたいでした。昔と変わらぬ、そまつな身なりで、開いた扉の真中に立っています。青姫に腕をさしあげ、歌います。

われらが王が平らかにおさめ 民ははたらき 笑い おどり ねむる
わが父も母も 父祖たちも この地に生まれ 生き その土にかえった われも わが息子も娘も 孫子たちも この地に生まれ 生き その土にかえる

女王も歌うたいの手を取るように、さし伸ばして、歌います。

わが国 おお 青きふるさとよ 
いつまでも いつまでも 青くあれ

青き空 青き河 青き峰々 
そのなかに咲いた 小さな青き花のごとし わが国よ
ここに青い瞳の姫ありて 黄金きんの髪 風になびかせ 青き野に遊んだ
ある日国を出でて 旅人となり 世界をめぐり その瞳にあまたのものを映した
今戻りて 青の女王となり その青き瞳と黄金の髪もて わが国を栄えさせん
わが国 おお 青きふるさとよ 青き国 青の女王よ 
いつまでも いつまでも 青くあれ

高らかに、何本ものらっぱが吹き鳴らされました。種々の楽器が奏でられ、みなが立ち上がってともに歌います。これは青の国の国歌なのです。
男も女も老いも若きも、さまざまな声が混じり合い、力強いことほぎの楽の音が部屋を抜けて広がり、外にいる民たちに伝わりました。彼らも口ずさみます。

歌が終り、一同がふたたび座につくと同時に、じゃあん、とシンバルの音が響きました。そして歌うたいがあらわれたと同じ場所から、今度は突然、ひょうのような影がさっと見えたかと思うと、いつのまにか一同の前に立っていました。女王に向かって、両腕を曲げて、深く腰を折り、優雅なお辞儀をしました。そしてあげた浅黒い顔は、黒い豊かなちぢれ髪におおわれて、いたずら少女のような笑みを浮かべました。
それから起きたことは、何かの魔法か竜巻のようでした。踊り子の後ろに、いつのまにか何十人ものはなやかな衣装をまとった少女たちが集まってきて、踊りだしたのです。手も足も、腰も首も、自由自在に動きます。歌うたいは、踊りにぴったり合わせて歌います。
その中心にいる踊り子は、あのころと全く変わりません。だれよりも速く、だれよりも高く、風のように、花のように、水のように、星のように。だれもが惹きつけられ、目をはなせません。
踊り子は踊りながら、女王のすぐ前までやってきました。そして女王の手をとり、うながしました。
女王は立ち上がって、踊り子と手をとりあい、広間の中央で踊りはじめました。あんなにも時がたったのに、二人はまるで昨日のことのように、ぴったり息を合わせて踊りはじめました。なんという軽やかさでしょう!踊り子がその最高の踊りを見せると、女王も負けじと踊ります。みなの手拍子がどんどん大きくなっていきます。なんという宴でしょう。二人は手をからませて、くるくる回り、はなれたり、近づいたり。そのときだけに生まれる踊りです。
「ひゃっほう!」歌うたいがひときわ高い声で、しめくくりました。

お客たちの席に皿が運ばれてきました。
女王の命で世界最高の腕を持つパン職人が招かれて、祝賀のためのパンや菓子すべてを作ることになっていました。
運ばれてきた皿の上のパンを見た人々は、いちように驚き、顔を見あわせました。
このようなお祝いの席では、木の実や果物をねりこんだり、砂糖ごろもをたっぷりかけた、ぜいたくなパンが用意されるものです。しかしそれはまるで百姓たちが毎朝食べるような、かざりけのないふつうのパンだったのです。
ざわめきの中、青の女王はまったく動じることなく、パンに手を伸ばし、ちぎって口に入れました。そして、かみしめながら、これぞ求めていたもの、という満足の笑みを浮かべました。
それを見た一同も、あわてて女王にならいました。
もぐもぐとかみながら、人々の顔におどろきの表情が浮かび、広がっていきました。かすかな塩みがあるだけなのに、一口ごとに心と体にしみわたり、力になっていくような味わい。パンだけで、満たされるような。
青の女王がすっと立ち上がり、一同に向けて空の皿をさしあげ、ほがらかに言いました。
「皆さま、わたくしはおかわりをいただきますよ!パンはたっぷりあります。どなたも好きなだけお召し上がりください。」
賛嘆の声があがりました。
「これこそ、パンの中のパンですな。」
「私もおかわりをいただきたい!」「私も!」

宴の後で、人々がパン職人のもとを訪れ、ほめたたえました。どのような秘密があるのかと聞かれると、彼はどんなに大きなパンだねも、軽々とこねてしまう、たくましい太い腕を見せて笑いました。
「なあに、何も特別なもんじゃありません。私の店で一番安い、ふつうのパンです。だから一番多く売れる。こつ、といえばね、『これを食べる人の命になりますように』と祈りながら作るってことです。このパンの作り方を教えてくれた私の親方が言っていたことです。あの人こそは世界一のパン焼き人でした。このパンひとつで、やせっぽちで死にそうだった子供をこんなに大きくしてくれたんですからね。」
このパンは、宴の客だけでなく、国の民すべてに配られました。
そのおいしさは評判となり、それ以来、この国ではパン、と言えば、これを意味するようになりました。パン職人は誰にでもこのパンの作り方を教えましたので、青の国から、遠く、広く伝わっていきました。今も、パン屋に行くと、このパンがもとになっているものがたくさんあるのです。

さて、女王が玉座につかれたとき、突然、ぴーいい、とどこからか高い声がしました。それは空を飛んでいる一羽の鳥でした。小さい姿ながら、空よりも鮮やかな青色だったため、誰もが気づきました。
青の女王は、同じく、空よりもあざやかな青い瞳でその鳥を見つめ、大きく笑まれました。かつて「青の姫君」と呼ばれていたときに、まれに浮かべた笑みでした。そして皆に聞こえるほがらかな声で、その鳥の名を明らかにしました。
「アオノクニルリ。」

その夜、青の城の上には空の星がいっせいにはじけたように花火があがりました。民たちは生まれて初めて見たのです。この世の終わりかと、逃げ出すものすらいました。

「青の瞳の君」ー人々は尊敬を込めて、女王をこう呼びました。
その治世がはじまったのです。
女王の即位式には一番上の姉である赤姫と黄姫も招かれていました。
赤姫は嫁いだ国で、夫である王を支えて、たくさんの子供にも恵まれていました。妃とはいえ、実はまつりごとをみちびいているのは赤姫でした。夫である国王は妃をたよりにして、その助言を受け入れました。青の女王は赤姫を通して、二国を結ぶしっかりとした条約を結びました。交流は活発で、両国ともに得ることが多く、発展しました。この二国を皮切りに、周囲の国にゆるやかな同盟が広がっていきました。
黄姫の小さな修道院は、心や体に病を抱えた人たちを受け入れる場所になっていました。そこでは黄姫の、人の心の痛みや苦しみをわがことのように感じるやさしい、あたたかい性格が人々を救いました。そして黄姫もまた、これらの人たちの前ではありのままの自分でいられて、幸せなのでした。
あるとき、修道院に二人の客がおとずれました。
青の女王ともうひとりー その人は修道院に入るなり、にっこりして言いました。
「ああ、ここは何て落ちつくのでしょう。私がいる場所ととても似ている。」
あの「天使」、もっと前は「のろ太」と呼ばれていた人です。黄姫と天使は、出会うなり、まるで昔からの友だちのように打ちとけて、仲良くなりました。そこにいる間、二人は語り合いました。自分たちの仕事と苦しんでいる人々が求めていることについて。
女王は二人に、青の国に「いやしの家」を作ってほしいとたのみました。
二人がいっしょに知恵を合わせて作った一番目の家は、国の民にとって、とても大事な場所になりました。つかれ切った人、悩み苦しむ人はだれでもそこへ来て、休むことができました。たくさんの人がつかれをいやして、元気を取りもどして帰っていきました。やがて世界中からこの家を知りたい、という人たちがおとずれ、「いやしの家」は他の国にも広がっていきました。

また、子供を育てられない母親たちが、安心して子供を預けられる家も作りました。女王には子供がいませんでしたが、すべての子供が自分の子供のような気がしました。一度も産んだことがないのに、子だくさんとなった、あの母親のように。

女王は、青の国の人々が学ぶために、世界中からすぐれた学者や職人や、商人などが招きました。その中にはあの教師から学んだ子供たちもいました。女王は学校を開き、彼らに教師になってもらいました。その学びは少しずつ、大きさを増していき、長い年月のあいだに世界に名だたる大学となりました。そして、世界からもたくさんの人が学びにやってきました。
また、才能のあるもの、若者、可能性のあるものは誰でも、国の制度として外国へ送られ、必要なことを学びました。そのときにはあの通訳と出会った船に乗るようにさせました。
世界に出ることによって、自分たちの力をためし、足りない力を知り、世界のすぐれたものや人から学ぶことができました。彼らは目に見えるものも見えないものも、外国から持ち帰り、また青の国から持っていき、外国に留まって、その力を発揮することもあり、また戻って自国で力を尽くすこともありました。
この人たちは青の女王の考えにしたがい、自分のうちだけに知恵をおさめておかず、必ず、自国と世界に向けて、自分のもっているものを広く伝えました。そのように外に心を開き、与えようとする人々には、世界から信頼され、限りなく与えられました。つまり優れたものを交換し、より発展させ、また共にする、そこから生まれたものをまた交換、共有し・・・という良きくり返しなのでした。
このように国が発展していくと、国を去っていった人たちも、家族をつれてどんどん戻ってきました。

やがて青の国は、世界的なもよおしの場に選ばれるようになりました。
国際的な会議、万国博覧会、あらゆる競技の場、商売のための品評会など。老いも若きも男も女も、眼や肌の色とりどりの人々が青の国で自由に集まり、交流しました。
この国にはいつも一番新しいものがあり、また非常に古いものもありました。まだ形になっていなけれど、人々の頭の中だけにあるものも、どうしたら実現できるか、話し合われました。
その中でもっとも必要とされて熱心に研究されたのは、いかに戦争を起こさないか、平和をつくり守りつづけるか、ということでした。学校でも、仕事場でも、家でも、大人も子供もだれもが、このことについて考え、話し合い、自分の意見を持つことを求められました。

女王は砂漠の庭園の庭師に約束したとおり、青い花の種を送り、庭師からは庭に育つ種や苗木が送られました。それらは「青の植物園」で育てられ、世界中の植物学者がやってきました。その中から新しい植物が生まれ、新たに名づけられ、「アオノ」という言葉が頭につきました。今でも世界のどこかに見つかるかもしれません。
青の国から次の国へ向かう、山と谷をはさんだ険しい道を走る競争も催されました。ひとり、どこから来たのかわからない走者が青の国にたどりつき、競争に参加しました。青の女王はその人を見つけるなり、仕事をやめて、二人はいっしょに走っていたそうです。競争では走者が一番、女王は二番になりました。彼はそのまま青の花咲く道を走っていき、女王はその姿が小さく見えなくなるまで見送りました。

青の女王が目指した国は、人とものが行き来する場所でした。
女王自身が旅することはもうありませんでしたが、青の国自体が世界のようなもので、そこにいれば一番多くのものとつながっていられる、というほどの国になったのでした。
それゆえに、ほとんどの国が友好国として関係を結び、問題が起きたときはひとつのひなん所、最後の解決の場として、求められました。
そんなわけで、青の国の民は、たくさんの言葉を話せるということでも知られていました。世界のどこか遠くの国から旅人がやってきて、この国の言葉を知らなかったとしても全く心配はいらなかったのです。彼らはその人の知っている言葉をどれかしら話せたでしょうから。
「言葉は大海を渡わたる船であり、広い空を飛ぶ翼であり、がけの端と端を結ぶ橋である」
これは女王がかかげた標語であったと伝わっています。

女王は、森や道ばたに咲いている青い花を摘ませました。
摘んだ花を煮たり、乾燥させたり、すりつぶしたり、さまざまな方法でためし、それがもつ力をさぐりました。
その結果、薬草として使えることがわかりました。その力を最大に引き出す方法と、別の薬草との組み合わせなどを研究されました。
薬の工房がつくられ、青の国の印をつけて売り出されました。それを国の外に売り歩く商人たちも生まれました。
花を摘むのは手先の器用な娘たちで、「青花女あおはなめ」と呼ばれました。花の季節に、娘たちが歌いながら青一色の畑の中で花を摘む風景は、この国の風物詩でした。

あの青い石のことも、お話ししなければなりません。
岩山に住む科学者と弟は約束したとおり、この石がどんなものでできているか、どんな力を持っているかという研究結果を女王に送ってくれました。それをもとに青の女王の命により、開発が始められました。うっそうと樹々におおわれていた国土は、この原石をゆたかに秘めていることが明らかになりました。
この青石をすりつぶして出来た顔料を使って、さまざまなものがつくられました。細かい細工をほどこした皿やつぼなどの焼きもの、その色で染めた布、青い玉の首飾りや耳飾り、腕輪は、そのあざやかさと深みをもった独特な美しい青の色彩ゆえに、世界中から愛され、珍重されました。
中でもその青い絵の具を使って、かの青い花をちみつに描いた絵皿はたいへん人気があり、青の国を訪れた人が必ず持ち帰るみやげ物でした。有名な青の宮殿をもって変えることは出来ませんが、この皿を一枚持って帰れば、その青の美しさを伝えることが出来たからです。旅人は皿を見せながら、青の国がいかにすばらしい国か、そこで見聞きした事物、そしてその国をつくり、すべたもう青の瞳の女王のたぐいまれさを語り、聴く人々は皿に描かれた花をいつも胸に挿しているという、その姿を思い浮かべてみるのでした。
女王は、この石の採掘や加工、国の外への持ち出し、取引などを法律によって守りました。それらの品はいつか、あの商人の手にも届いたことでしょう。
惜しまれることに、それらの品で完全に残っているものはほとんどなく、世界のどこかの博物館にわずかに残っているか、青の国と交流があった国の遺跡から、そのかけらが発掘されたこともあるようです。

しかし何と言っても圧巻だったのは、城でした。
それは「青の宮」と呼ばれ、遠くからこの国をめざしてきた旅人たちがまっさきに見るのは山の上に高くそびえるあざやかな青い塔で、青の国に到着したことを告げるのでした。晴れた日などは、ことに見事でした。
町を抜けて、のぼっていくと、人々の前にあらわれるのは、壁一面をあの青石の色に染められた城でした。
「青の国」という名前は、とびぬけて青い瞳を持つ女王に加え、これらの産物から生まれたものでした。

城の一角には花が植えられた中に、小さな犬の彫像がありました。どこにでもいるような犬です。しかし像には「世界で最高の犬」と書かれてありました。そして青の国には道端で飢えている犬や猫、人間の道具になって働かされている動物は一匹もいませんでした。動物も人間と同じ、心を持った命だとみとめられていました。

ある学者が女王に、どうやってこんな小国を栄えさせらえたのか、問いました。その時の答えです。
「小さい、ということは必ずしも弱い、少ない、貧しいということではありません。そもそも何と比べて小さい、大きい、というのでしょうか?より小さいものと比べれば、それは大きいでしょう。大きいものもより大きなものと比べれば小さい。比べるものではなく、それはそれだけで正しく、完成されたものなのです。土地も人も必ず何かを持っています。しかしそれを、知ることがなければ、ないと同じなのです。正しく知り、使ったときだけ、その力は最大になるのです。」

女王は何事も自分ひとりで決めるということはありませんでした。
自分を支える人々が働くの機関を作り、法律と選挙のしくみも少しずつととのえました。国が王の子孫によってではなく、民から選ばれた人によって治められるように。しかし女王は選ばれつづけました。

青の女王の肖像はいくつかありましたが、今は失われてしまいました。

(女王の肖像)

この一枚は私がある古道具屋のがらくたの中に見つけたものです。何度も模写されたものと見えますが、これが青の女王だと私は信じています。

女王がまとっていた服は、女王自ら考えて作らせた、今までにない形のものでした。脚をぴったり包む青い長靴下、その上に青石の染料で染めた糸で織った長い裾の上着を着ました。長い旅をしていたときの服をもとにしており、歩いたり走ったり、どんな動きでもできる服です。胸には自ら摘んだ青い花の飾りをつけています。そして王冠の中心に青い石。金色の髪を編んで顔の両脇にたばねています。儀式のときは、やはり青石をちりばめたしゃくを持ちました。

もう一枚は女王が姫君だったときに描かれ、父王がひそかに自分のそばに置かれていたあの絵です。これはまたふしぎな道をたどって、私のもとにきたものです。
田舎娘のように、頭に青い花の冠をかぶり、質素な青い長衣をまとって、何かもの言いたげな瞳で、こちらをじっと見ています。異なる手に描かれたにもかかわらず、この二枚の絵が同じ人物だということが、その瞳を見ればわかるでしょう。
女王は、この絵をご自分の寝室にかけて、生涯手もとにおかれたそうです。

言葉というものは、時代とともに変わってゆくものです。
青の女王の時代、「青い眼をしている」という言い回しがはやりました。
かつて名前も知られぬ小さな国であったころは、「得体の知れない人」や「眼に見えない鬼のようなもの」など、不吉な感じをあらわしました。
しかし、青の女王の治世においては意味が変わり、「何かを最初に始める人」、「とびぬけた才能を持つ人」、「非常に勇気のあること」、「決まりきった考えにとらわれないこと」などをあらわすようになりました。
「あの子は青い眼を持っている」とか、「青い眼を持ちなさい」とか、「青い瞳を授けられた人」と言う風に、畏敬と感嘆の念をもって使われたのです。

青の国は山々と森に囲まれていましたが、迷うことは決してありませんでした。女王が何よりもまず、国から外へ出る道を整えたからです。もう一つの理由は、青の国に近づくにつれ、道ばたや原っぱを小さな星のような花が一面青く染めて、まるで旅人を案内する目印のようだったからです。
また、その先に流れる一本の河をのぼってくる人々は、かなり遠くから、青の国を見つけることができました。なぜなら、家々の屋根は、みな青く、山頂にはっきりと見える青の城は、ひときわあざやかで、さながら、青い宝石で飾られた山のようだったからです。

女王が一番好まれたという場所がありました。
それは城からほど近い、丘の上でした。そこからは一本の道がどこまでも続いていくのが見わたせました。
かつて青姫と呼ばれていた頃に、国から出るために抜けていったあの森を切り開いて通した道です。そこを通れば、国の外へかんたんに出られます。女王は仕事につかれたときは、この丘にやってきて、青い花が咲き乱れる道を人々が行き来するのを眺めていたということです。

いいなと思ったら応援しよう!