「青の姫 The Blue Princess」第二十三章 語りべふたたび(完)(創作大賞2026ファンタジー小説部門)
第二十三章 語りべふたたび ー 次に伝える人
青の国にはもうひとつ、世界でも有名な場所がありました。「青の図書館」です。それはかつて青姫がそこにこもって本を読んでいた、城のはずれの塔の中にある小さな図書室を塔全体を立て直し、大きくしたものでした。図書館の外も内も青石であざやかに装飾され、こんな小さな国にどうしてこれほどの本があるのかと、だれもがおどろく量と質の本が集められていました。というのも、青の女王は、外国からやってくるお客からの贈りものの申し出に、その国でもっともすぐれた本を望んだからです。青の国を訪れる学者や、また青の国から世界へ出て、戻ってくる者も、手に入るかぎりすぐれた本を持ち帰りました。新しい本、古い本、そのとき多くの人に読まれている本、世界で数冊しかない珍しい本など。
その図書館はつねに開いていて、誰でもただで入ることができました。
女王は、より新しい地図、よりくわしい地図をことに喜ばれました。探検者や商人によって新しく発見された島や、山や川、町、村を見ると、国にある地図に書き足させ、国の外へ旅するものがいれば、できるかぎりそれらの場所をじっさいに見てくるようにと命じました。
図書館の本が増えすぎて、家臣が「もう場所がありません。」とうったえたときも、言い聞かせました。
「これらこそがわが国の最大の財産なのです。場所のために本があるのではなく、本のために場所があるのです。」
女王が本について語った、いくつかの言葉があります。
「私が姫だったころ、本とはどこから生まれたのかわからぬ、魔法のようなものだと感じていました。それは最初から完全なものに見え、それを書いた人は魔法使いにちがいないと思いました。自分と同じ人間とは信じられませんでした。しかし今は分かります。本とは「人」にほかなりません。人のうちからしか生まれないもの。人間ひとりひとりが、もっとも素晴らしい書物なのです。ふくざつな、整理のされていない引き出しのような人の心や頭脳を言葉であらわしたものが本なのです。本を読む、ということは、言葉という宝石がざくざくと埋まっている坑道をひとり歩くようなものなのです。この世には書物にならぬまま、忘れ去られる物語がどれだけあることか。世界最大の図書館ですら、子供部屋の本棚にすぎません。なんと惜しいことか。」
青の図書館の部屋の壁には、美しい青い花模様でかざられた書体で、このように大きく書かれていました。
「すべての本はいっときの器。われらは朽ちる前に読み、新しい器に移さねばならぬ。」
人々はまれに、女王その人が、図書館の椅子で、他の人たちと同じように本を読んでいるのに気づくことがありました。そのときの女王は、これ以上の幸せな時間はない、というように、本の世界にひたっていたそうです。
そのような時間は、金剛石にも勝ります。お金を払えば本を買うことはできますが、読むことはできません。読み書きを学び、手に取り、頁を繰って、一つ一つ言葉を追い、味わうしかないのです。
これは青石の顔料を使って描かれた青の花です。
(青の花の絵)
この顔料は当時、世界中の画家たちが憧れて、手に入れようと必死になった絵の具でした。かつては「青の図書館」にあった本から切り取られ、いろいろな手をへて、今はある小さな博物館の倉庫に眠っています。
青の花の標本と種も、世界のどこかに保管されていると、学者の間で長くうわさされていますが、未だに発見されていません。
青の花は、自然に、または人の手によって交配され、私たちのすぐ近くに咲いているのではないかと私はひそかに思っています。
その図書館の中には、優美な形にふちどられた美しい本棚があり、その中にはある作家の本がおさめられていました。その人の書いた本は当時、世界で最も広く読まれました。彼が何よりもすぐれていたのは、おのが眼で見て、感じ、考えたことを記録することでした。その文章を読むと、人はまるで、自分がそこにいて、それを見て、その人物に会っているように感じました。
その中に、ある市場での出来事について記したものがあります。一人の旅人との出会いです。
「その人は気づくと、私のそばに座っていた。陽の光を集めたような金色の髪、体にぴったりの青い服を着ていた。男のようでも女のようでもあり、年はわからなかった。しなやかで、軽やかで、しっかりした足取りの旅人だった。しかしその人をあらわすなら、その二つのまなこである。どんなに青い空よりも青く、どんな青い海よりも青かった。いまだかつてそんな青い瞳を見たことがない。自分の心の奥底まで見られてしまうようなたぐいまれな瞳。」
この短い記録はたいへんよく知られるようになりました。なぜならその人との出会いのあと、作家は最初の本を書きあげたからです。
「この青き瞳の主に出会わなければ、私の書いた言葉は紙くずとして捨てられ、灰になっていただろう。この人こそ、私の最初の、未来の読者なのである。」
二人はたしかに約束を守ったのです。その証拠に青の図書館にはその人の本がすべておさめられていました。その中には、この作家による「青の国年代記」「青の女王とその国の文化」「赤黄青の姫君たち」などの本がふくまれていたということです。
このようにして、青の女王と青の国は、世界中に広く伝わっていきました。
しかし、はるかな時が流れた今、すべては忘れ去られました。
しかし今、この物語を読み終えたあなたは、誰よりも知っています。
青姫と青、そして青の女王を。
心の中で見えるでしょう。
あなたを見つめ返し、あなたの中の、一番深いところまで降りていくあの青い瞳を。
ー青の国を旅した詩人が作った詩ー
かの青き国 いずこ
青き衣まとい 黄金のみぐしもつ 女王すべたもう国へ
ひとたびはゆかん
緑深き 高き山にたつ国に 青き瞳の乙女は生まれたり
青き花咲ける原 はてなく広がり
神秘の青石に護られし国
その青の瞳もちて 見晴るかす かの青き国へ
ひとたびはゆかん
いつか、砂漠の宿で、ふしぎな旅人が私に語ったように、そして今、私があなたに語ったように、あなたの旅の途中で、どうぞ誰かに伝えてください。
「青」と呼ばれた姫君と、旅の間で出会った忘れられぬ人々の物語を。
ー完ー

もっとも親愛なるJohn Loweへ
ある夏の日だったと記憶するー 東京、隅田川のほとりで、心の中にはじめて見た青の姫君。この世にその姿を現すまで、30年もの月日を待たなければならなかった。決して消えることのなかった彼女の存在を作者以外に初めて知り、常に支え、完成を促してくれたあなたに、この物語を捧げます。
2025年7月22日
ロザリンド千晶 Rosalind Chiaki
