「青の姫 The Blue Princess」第六章 教師(創作大賞2026ファンタジー小説部門)
第六章 教師 ー 導く人
青は森の中を歩いていました。
かすかに、人の声が聞こえたような気がしました。
思わず声のするほうを探って進んでいくと、それはいよいよはっきり聞こえてきました。
「・・・宇宙とは、数え切れない天体、物質、エネルギーをふくむ ― 無限に広がる空間なんだ。」
一人の少年の声がさえぎりました。
「先生、宇宙は、いつ、どうやってできたのですか?」
「昔からいろんな人が考えたり、調べたりしているけれど、まだ全部はわかっていないんだ。」
「先生は何でも知っていると思ったのに、わからないこともあるんですか?」
少年はがっかりしたようすです。
「うん、たくさんある。今でも学んでいるんだよ。さっきの質問だけど、本当に知りたかったら、君がこれから自分で答えを見つければいいんだよ。」
最初の声が迷いなく答えます。
「えっ、ぼくに?できるかなあ。」
「やっていないのに、できないと言えるかい?」
「うん・・・そうか。じゃあ、ぼくがそれを調べて、一番に答えを見つける!」
周りから、歓声と笑い声があがりました。
青の前に急に森がひらけて、芝生の真ん中に輪を作っている一団が見えました。
最初にきこえた宇宙について話していた声の主らしい男の人を、子供たちがとり囲んでいるのでした。男の人は頭に、紙でつくった色とりどりのおかしな帽子をかぶっています。
手には開いた本を持って、子供たちに読み聞かせているのでした。
男の人は、木の陰からのぞいている青に気づくと、おどろきもせず、ほがらかに言いました。
「みんな、今日は新しい先生が来てくれたようだぞ。」
子供たちは声を上げて、青にかけよりました。
「わあい、新しい先生だ!」とはやしながら、手を引っぱって、つれていきます。
「私はこの村の学校の教師です。ようこそ、われらの教室へ。あなたは旅のお方でしょう?もしお急ぎでなければ、子供たちにあなたの知っていることを、教えてやってくれませんか?」
青が自分は教師ではないから教えることはできない、と言うと、
「教えることのない人間なんていませんよ。誰だって何かしら知っています。ましてあなたは旅人。私たちが知らないことを山のように知っているでにちがいない。」
二人の会話は途中でとぎれてしまいました。子供たちが青にいっせいに質問をあびせてきたからです。
どこから来たのか。旅した国のこと。見たもの、出会った人、食べたもの。動物や草木、花のこと。
なるほど、いくらでも教えることはありました。子供たちは、体中を目、耳にして、青の話を熱心に聞いています。
教師はにこにこして、自分も子供の一人のように熱心にきいていました。
それから、みんなでいろんな遊びをしました。青も自分が知っている遊びを子供たちに教えました。
気づけば、あっという間に夕暮れです。
子供たちは手をふって、さようならをいい、家に帰っていきました。
一人の子は青を見上げて、「青い眼の先生、また、明日、いろんなこと教えてね。」と言って、約束するまで、手をはなしませんでした。
教師は森の奥にある学校のはなれへに、青を案内しました。そこに住んでいるのです。
小さな部屋に案内して、明かりをともすと、教師は笑いました。
「教えるなんて、あなたが思っていたようなおおげさなものではないでしょう。あの子たちときたら、スープ鍋みたいに、なんだって飲みこんでしまう。」
部屋には、ところせましと、生徒たちのいろんな絵や、教師を描いたらしい似顔絵がはってあり、地球儀や天体図や、植物の標本などが置いてあります。
どれも、ずいぶんと使いこまれていました。
かんたんな夕食のあと、二人はあたたかいお茶を手に、古い椅子に腰かけました。窓の外の夜空には月と星が輝いています。
「天気のいい日はなるべく、外で教えるようにしているんです。自然こそ一番の教室ですからね。今日はあなたに出会えて幸運だった。私もあなたの生徒になって、たくさんのことを学べました。ありがとう。」
教師は腰を上げて、手をさしのべ、二人は握手しました。
そのとき、ろうそくの明かりに照らされた顔は、昼間は若者のように見えたのですが、多くのしわがきざまれているのに青は気づきました。
教師はこうして子供たちに教えることになったいきさつを、語り始めました。
「私は村一番の裕福な家に生まれました。やがて学校に行くようになりました-いや、行かされた、と言ったほうが正しい。じっさい、勉強なんかしたくないと思っていたのですから。
あなたはご存じないでしょうが、この村は貧しいのです。村の子供たちは10歳やそこらで学校をやめて、親の仕事を手伝うのがあたりまえです。そんな中、私だけが金持ちの子というおかげで、さらに上の学校へ行くことができたのです。」
教師は茶わんの中をじっと見つめましたが、見ているのはお茶ではないようでした。
「今でも忘れられないのは、私と同い年で、とびぬけてすぐれた少年です。彼は本当にかしこかった。ただ頭がまわるのではなくて、すべてに対して『なぜか』と問うて、自分で考え、真実を知ろうとする少年だったのです。
彼はいつも誰よりも早く学校に来て、誰よりも多くの質問を教師に投げました。彼の教科書は書きこみでいっぱいでした。けれど、あるとき父親が病気で死んでしまい、母親や幼い弟、妹たちをささえるために、彼は学校をやめめなくてはならなかった。
学校をやめた次の日、彼は思わず学校へ来てしまったのでしょう。私たちが授業を受けているのを、窓からじっと見つめていました。新しいつづりや、計算の仕方、地名などが黒板に書かれているのを、くいいるように見つめていたあの姿を、あの眼を、私は今も忘れることが出来ないのです。」
こう言ったあと、教師はしばらく口を開きませんでした。明かりのだいだい色の光が、その眼鏡に映ってゆらゆらとゆれました。
「それきり彼は学校に戻ってきませんでした。風のたよりで、りっぱな働き手になったと聞きました。私は私で、それからも階段を上るように上の学校へ進みました。ただ、父が行け、というから。だけど、特別な才能を示すことはなかったし、なぜ自分が勉強しているかもわからなかった。
あれは学校の休みの間、ひさしぶりに村に戻ったときのことでした。道でだれかの葬列に行きあいました。それはあの少年のだったのです。仕事中の事故だったそうです。
私の足は、いつのまにか彼の家に向かっていました。彼の母が、少年が大切にしていたものを形見にくれました。それは彼が使っていた教科書でした。そこにある本ですよ。(教師は棚からぼろぼろの本を取り出して、青に手わたしました。)
彼のお母さんは言いました。『あの子には一番大事だったようでね。私には読めませんけど、ぼっちゃんならわかるでしょう。持っていてやってください。』
ほら見てごらんなさい、この暗号のようなたくさんの書きこみ。これが彼のひらめきだったのです。彼の中にはたくさんの発見が生まれようとしていた。けれど、それらは進む機会を与えられずに、失われてしまった。」
教師は椅子から立ち上がり、窓辺に行って夜空の月や星を見上げました。
「私は学校に戻りました。そして、何の才能もひらめきもない自分にできることを必死で考えました。ふるさとのこの小さな村に戻って、教師になることに決めました。父はそんな仕事につかせるために学校にやったのではないと、たいそう怒りましたが。私の心は変わりませんでした。」
教師は、青の方をふりかえって、ほほえみました。
「この小さな学校は、私とあの少年がいっしょに学んだ場所なのです。彼にとっては、そこが最後になってしまいましたけれど。
私がここで教えてあげられることは、ほんの入り口にすぎません。
けれど、まずは自分の名前を書けること。これは決して当たり前なことではないんですよ。自分という、誰とも取り替えられない、たったひとつの存在をあらわすのですから。
読み書きはすべての始まりです。そして計算。これらの武器を手にしたら、子供たちはどこへでも行き、何でもできます。あとは、自分の頭、手足、目、鼻、口、耳、すべてを使ってこの世界を歩き、自分だけの夢を発見して、それを追ってゆき、やがて実現するでしょう。
子供たちは種です。土の中から芽を出し、水を吸って、お日さまの光を浴びるように、学び、ぐんぐん成長していきます。
そしてある日、私は子供たちの背中に小さな何かが生えてきたのを見ます。それをじっと見守ります。生える時期も、大きさも、色も違います。それはその子だけがもつ、眼には見えない翼なのです。
やがて、彼らが飛び立つ日がやってきます。ある子は山を超え、海を超え、私の知らない遠いところまで飛んでいくでしょう。また、近くにとどまる子もいるでしょう。しかし、大切なのは、それぞれが自分の翼を持って、自分の世界で羽ばたくことです。
子供たちが飛ぶのを見るとき、私も自分の翼で飛んでいるのです!
私の生徒の中にある少女がいました。その子の父親は、娘が学校に行く必要はない、と信じていました。けれどその子は信じられないほどすばらしい計算する力を持っていました。私は彼女が上の学校に行けるように、奨学金をもらえるよう、たくさんの学校に手紙を書きました。世界最高の数学者にも。その少女は数学者になり、今、世界でだれも解いたことのない問題に取り組んでいるのですよ。」
そして古びた棚や引き出しから何かを取りだして、青の前に置きました。
一冊の本、一冊の帳面、一本の鉛筆。
「これだけで子供がどれほど学べるか、知っていますか?」
青は教師が昼間かぶっていたおかしな帽子が、壁にかけられているのを見て、それは何かとたずねました。
教師はその帽子を手に取ると、いとおしげに、またほこらしげにながめました。
「毎日、生徒たちが紙に色をぬって、自分で考えた形に折って作ってくれるのですよ。ひとつとして同じものがない。こんな素敵な帽子、どこにも売っていないでしょう?」
青はため息をついて言いました。
「あなたの生徒たちは、なんと幸運なのでしょう!」
もし城にいたとき、彼のような教師がいてくれたなら、と心から思ったのです。
「いいえ、私こそ幸運なのです。私も彼らから毎日学んでいるのですから。学校に通っていたころよりもはるかに多く。私は教師でいるかぎり、一生、生徒でいられるのです。みんなで遊びます。それは本当に楽しくて、不思議で、終わることのないゲームです。」
二人は夜がふけるまで、明日の授業について話し合いました。
その夜、青は、月や星、数字や文字が輝く夜空で、教師と子供たちと一緒に輪になって踊る夢を見ました。
