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「青の姫 The Blue Princess」第十六章 兵士(創作大賞2026ファンタジー小説部門)

第十六章 兵士 ー まもる人

それは町からはなれた、なだらかな丘の上の一本道でした。
青はひとつの国を通って、隣の国へと入る国境くにざかいに沿った道を歩いていました。二つの国をへだてる、とげのついた鉄線が道沿いにどこまでもつづいていました。あまり気持ちの良くないものでした。
どうやったら隣の国へ入れるのでしょう。
丘の一番高いところを見上げると、そのてっぺんに小さな小屋らしきものが見えます。田舎でよく見かける、その土地の神さまをまつったほこらか、牧人ぼくじんの休みどころのようでした。
だれかいるのでしょうか?とにかく、あそこまで行こう、と歩をすすめました。
それは思ったより遠く、たどりついたのはもう正午ちかくでした。
その小屋は人ひとりがようやく入れるほどの大きさでした。というより、そのためのものだったのです。

中には一人の人間人がおさまって、二つの国を左右に見て、まっすぐ立っていました。
明るい灰色の瞳に、りんごのように赤みのさしたほお。その土地特有の、色とりどりの刺しゅうや、毛糸の玉かざりなどがついた、色あざやかな軍服を身にまとい、剣を手にして立っています。それは若い兵士でした。

「こんにちは。」
青はあいさつしました。しかし、兵士は直立不動で遠くを見つめたまま、ぴくりともしません。もしや人形なのでは、と思い、ぴんと伸びた手にふれてみようとしたときです。
「いけません。」
短いけれど、はっきりした声がそれを止めました。思わずとびのいて、兵士の顔を見つめると、本当にかすかですが、その眼がまばたきしたのです。まるで、自分は生きている人間だ、と示すかように。
それは国境の見張り台に立つ、監視兵かんしへいなのでした。
青姫は、兵士の役わりをさとって、そのまま行きすぎようとしましたが、ふと、もう昼どきなのを思い出しました。せっかくなのでそこで昼食をとることにしました。と言っても、パンひとつきりですが。
監視小屋から少しはなれた草の上に腰をおろすと、とつぜん、ごおん、と大きな音があたり一帯にひびきわたりました。さきほど通ってきた町の中心にある時計塔の大鐘おおがねが、昼を告げる十二回の音を鳴らしはじめたのです。それがこんなにはなれたところまで聞こえるのでした。
すると、これまたきっかり、おくれることなく、小屋の中の兵士がすっと一歩をふみだし、左、右と向きを変えて、天に向かってまっすぐ剣を上げ下げし、くるりくるりと曲芸師なみの手さばきであやつります。
まるで時計の中から出てくる機械じかけの人形のように正確で、美しい踊りのようです。
ほとんど人けのない、広い丘の上で、兵士はたったひとり、この儀式を行っているのでした。
とうとう、動きが止まった瞬間、かちんとした体からふっと力がぬけて、人間の命が宿ったようでした。青年はかろやかな歩みで、青のほうへやってきました。
「さっきは失礼しました。仕事中だったものですから。」
そう言って、帽子を脱いで、にっこり笑い、白い歯を見せました。
兵士は小屋から弁当を持ってくると、青のそばに座りました。食べながら、兵士がしたのは、次のような話です。

「ぼくの国と、」と言って、兵士は二人が座っている側の丘と町の一帯を、つまり、青が通りぬけてきた国を手で指しました。
「隣の国は、」と、今度は鉄線の向こう側にその手を向けます。
「長い間ずっと、戦ってきました。この間の戦争のあと、今は何十年か休戦していますが、いつまた戦争がはじまるかわかりません。ぼくの祖父ー と言っても会ったことはありませんがー も、その戦争で兵士として戦いました。自分からすすんで兵士になったのではなく、あのころは元気な男は貴族だろうが、パン屋だろうが、鍛冶かじ屋だろうが、ある日、国から命令がくだったら、戦地へ向かわなければならなかったのです。ぼくの父が生まれる数日前に、祖父は戦死しました。だから父もぼくも、祖父を知らないのです。あちらがわの戦地で死んだので、どこに眠っているのかもわかりません。」

青年兵は昼ごはんをもぐもぐやりながら、たんたんと話します。

「一日中、立ちどおしでつらくないかって?そのように訓練されていますから。慣れれば大丈夫です。それより最初は退屈でたまらなかった。ほかの兵士みたいに、馬に乗ったり、行進したり、本当に武器を使ったり、みんないっしょに戦地へ行って戦いたいと、武者ぶるいしたこともあります。
けれど、毎日ここへ立って、町や丘をながめているうち、少しずつ自分の仕事の意味がわかるようになりました。
こうやって立っていると、ときどき奇妙な気分になるんです。まるで自分は人間じゃなくて、この丘に立って、人々を守護する小さなほこらの神さまみたいだな、って。だって、じっと動かず、いつも町と人々、すべてを見守っているのですから。あまりちがわないでしょう?
ここを通る人々は、ぼくに向かって帽子をとって、頭を下げたり、手を合わせて『兵士さん、いつもお守りくださって、ありがとう。』と言ってくれます。ほら、こうして食べ物までそなえてくれる。」(兵士はリンゴをひとつ、半分に割って、青に差しだしました。)
食べおわると、また小屋に行き、戻ってきた手には小さな花束を持っていました。兵士はそれをいとしげに見つめました。
「これはこの近くの村の娘さんが、町へ花を売りに行くとちゅう、いつも足元にそっと置いていってくれるんです。さっきのとおり、仕事中だから、一言も言葉は交わしたことがないんだけれど。ぼくが心の中で『こんにちは』ってあいさつしているの、娘さんはわかっているんです。だって、にっこり笑ってくれるもの。
あるときには、わが軍をひきいる将軍の隊列がこの道を通りました。将軍はぼくの前で馬を止められ、敬礼してくださった。ぼくは誇らしさで胸がいっぱいになり、涙がこぼれそうになったけれど、もちろんこらえました。
まもる』ってことには、いろんな形があるって、ぼくは学んだんです。一年中、この丘に立って、あたり一帯をながめているだけ、誰も見ていない儀式をやってー ああ、今日は、あなたが見ていたから、とてもうれしかった!でも、ぼくの役目は重大です。今日もぼくがここに変わらず立っているっていうことは、平和ってことなんです。ぼくが走って、この場からはなれたり、倒れたりしたら、それはただならぬことが起きたときです。
一日中、ここに立って、二つの国を見わたしているぼくは、だれよりも民と平和と戦争のことを考えているかもしれません。
ぼくは兵士と言っても、一度も戦争を体験したことがありません。でもそれを恥じたりはしない。このままずっと、戦争しないですむことを願っています。だれにも戦争にまきこまれてほしくない。リンゴをくれる農夫のおじさんや、羊の群れをつれてくる羊飼いや、あの娘さんにもー (ここで兵士はちょっと言葉を切って、少し顔を赤くしました)いつか生まれるかもしれないぼくの子供や孫に会いたいですからね。
そして、こんなことまで思うようになったんです。隣の国に住む、ぼくのような兵士、娘さん、子供たち、親たち、老人たち、みんな同じように思っているんじゃないかって。二つの国はこんなにちょっぴりしかはなれていないんですからね。そら、その鉄線さえなければ、一歩でこえられるのです。本当は国境なんてないんです。ぼくら人間がこしらえたんです。それは、ある時代の、ある戦争でとつぜん変わってしまう、目に見えない線です。昨日まで親子だった、友達だった、恋人だった人たちと、突然会えなくなり、知らせも入らなくなってしまう。仲良しだった国が、まったく交わらなくなってしまう。それまでは人々が交差する場所としてにぎやかだった町や港が、あっという間にさびれて、なくなってしまう。山や海はちっとも変わらないのにね。行き来があると、どちらの国にも、両方の国民がいるでしょう。一緒に働いたり、助け合ったりしますね。しょっちゅう行き来するなら、言葉も両方覚えてしまうでしょう。そして人間も、文化も交じり合います。どちらがどちら、とは言えなくなります。けれど封じてしまうと、その国の人たちとしかつきあえなくなる。自分の国の言葉、文化だけしか知ることができない。自分たちのことしかわからなくなる。それではいつか、自分たちのこともわからなくなるような気がしませんか?

みな、同じ空気、太陽、雲、雨、風を受けて、同じ大地の上で、同じことをして暮らしているのに。だれもが、食べ、飲み、働き、人を愛して、結ばれ、産み、育て、死に、土にかえっていく。言葉や着るもの、信じる神さまはちがうかもしれないけど、それは同じです。」

青は、通訳のことを思い出しました。国境など感じることもなかった、あの自由な船の上の日々を。

「ぼくはここにじっと静かに立っていると、会ったことのないお祖父さんを感じるんです。風の中に声がきこえるんです。『お前のお父さんに、お前に会いたかったよ・・・』って。
ねえ、あなただから言ってしまいますよ。
ぼくは自分の仕事が必要なくなったらいい、とすら思っているんです。こんなこと、将軍どのがきいたらどうなるでしょう。きっと、この仕事からはずされてしまいますね。でも、ぼくこの仕事をしていたいんです。いったい、ぼくは兵士に向いているんでしょうか、それとも失格でしょうか?」

兵士の明るい色の髪をゆらした風が、鉄線をこえて隣の国へ吹いていきます。黄色い小さな蝶が、小さな花束の花の蜜を吸ったあと、ふわりふわりと鉄線をこえて飛んでいきます。二人はそれを見つめていました。

そのとき、また、ごおん、と、時計塔の鐘が一回鳴りました。
兵士はすっくと立ち上がると、青に手をさしのべました。
「あなたに会えて良かった。その青い眼を見たとき、この人と話したいと思ったのです。通りすぎずに戻ってきてくれて、ありがとう。おかげで今まで自分の心だけにしまっていたことを話せました。この国の人々にも話せないことを。
ああ、旅人のあなたがうらやましい。この休戦がいつまでつづくかわからないうちは、兵士であるぼくは隣の国には行けないでしょう。あなたはあの風や蝶と同じように自由だ!もし、隣の国に行ったら、ぼくのような考えの人がいるか、探してみてください。そして、そんな人がいたら、ぼくが言ったことを、伝えてくれませんか。」
青がかならずそうする、と約束すると、兵士はにっこり笑って、鉄線の先を指さしました。
「この先をずっと歩いていくと、ほら、あの木が生えているところ、あの先に隣の国に通じる検問所があります。あなたなら、通してくれるでしょう。」
それから、またあの人形のような儀式を一糸乱れずに行い、小屋の中におさまると、動かなくなりました。
青は、兵士の前に立ち、その灰色の瞳をじっと見つめ、「さようなら。」と言いました。そしてまた、国境ぞいの一本道を歩きはじめました。

いつか、兵士が花売りの娘さんと言葉を交わし、彼の子供や孫たちが二つの国を行き来する日が、あの鉄線がなくなる日は来るだろうか、と考えながら。
そして、二つの国がともにしている太陽や風が、そこからはるかはなれた自分が生まれ育った小さな国をも照らし、吹いていることを。

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