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「青の姫 The Blue Princess」第十三章 歌うたい(創作大賞2026ファンタジー小説部門)

第十三章 歌うたい ー 響かせる人

青はなだらかな山道を歩いていました。
はるか遠くには頭に雪をいただいた山々が、青空の下に美しい線を描いています。薄い綿のような雲は人の眼にはゆっくりと、じつはものすごい速さで流れながらつねに形を変え、足元には青々した草が陽を浴びて風にゆれています。その中に見えるのは、小さな色とりどりの宝石のような花たちです。目に見えないほど小さな種が岩のすき間に落ちて芽吹き、激しい雨風にも負けず、地面にふんばって育ち、ある日とうとう花ひらく。その美しさは、ふもとの安全な場所で咲く、大きな豪華な花にも負けません。
今日咲いて、明日には終わってしまう命です。
たまたま気づいた自分のために咲いたかのようで、青はときおり立ち止まって、愛でずにはいられません。
その中に青い花がありました。青は城の後ろの森に咲いていた、あの花を思いだしました。
頭の中で、ひとつの歌が流れだしました。

青き空 青き河 青き峰々 
おお わが国
われらが王が平らかにおさめ 民ははたらき 笑い おどり ねむる
わが父も母も 父祖たちも この地に生まれ 生き その土にかえった 
われも わが息子も娘も 孫子たちも この地に生まれ 生き その土にかえる
わが国 おお 青きふるさとよ
いつまでも いつまでも 青くあれ

それはかつて、城の塔から城下にひろがる景色を眺めていたときに、どこからかきこえてきた歌でした。
ろうろうと、空気を満たして、流れていく、深い声。

ーいったい誰が、どこで、何のために歌っているのだろう?何という歌なのだろう?

あんなふうに歌えたら。どんなにきく人の胸をゆらすだろうー

王女ともあろう者が大声で歌うなどはしたない、と育てられてきたので、青は思い切り声をあげて歌ったことがありませんでした。

ふと、思いつきました。
目をつむり、胸いっぱいに澄んだ山の空気を吸いこむと、青い瞳と唇がさっと開きました。

青き空 青き河 青き峰々ー

自分が出せるかぎりの声で、大きく、高く、低く、遠くへ。山とそこに住むものたちすべてにきかせるように。
それは初めてきく、自分の声でした。

わが国 おお 青きふるさとよ 
いつまでも いつまでも 青くあれ

歌いながら、生まれ育った小さな古い城、山々、川、王とお妃、姉姫たち、家臣たち、召し使いたち、遠くから小さく見える民たち、そして咲き乱れる青い花が、ありありと目の前に浮かびました。急にのどがぐっとつまり、声が止まってしまいました。目の前の雄大な風景がぼやけました。

青き空 青き河 青き峰々ー

とつぜん、別の声が聞こえました。びっくりしてあたりを見回しても、人の気配はありません。自分のこだまだったのでしょうか?

おお わが国
われらが王が平らかにおさめ 民ははたらき 笑い おどり ねむる

今度こそまちがいありません。自分とは全く違う声、それも男の声です。
きいたとたん、動けなくなるほどの、まるで山の神々が歌っているかのような声。

「うん、なかなかいい歌だ。」
声のしたほうを振り向くと、少しはなれたところに大きな岩があり、その上にひとりの男が立って、こちらを見おろしていました。石からひょいと飛びおりると、いつのまにか青の前にいました。いたずら小僧のように、にやっと笑いました。髪やひげはぼうぼう、何色だかわからないつぎはぎだらけの服を着ています。年もわかりません。
本当にこの人が歌ったのでしょうか?
男は目をきらっと光らせて、また笑いました。
「あやしいもんでも見るようだね。あんたと同じ、旅のもんさ。これでもちゃんと、かせいで生きてるんだ。『歌うたい』ってやつさ。」
そう言って自分の胸をぽん、と強くたたきました。
「信じられないかい?歌はこんなかに入ってるんだ。この体こっきりで生きてるんだ。こんなにいい仕事はないだろ。まあ、そっちもかなり身軽だね。そういうあんたは何をしてるんだい?」
これ、と名のれるものがないことに気づき、青は恥ずかしくなりました。
「教えてくれれば何でもやります。」
「なんだ、おれとたいして変わらない暮らしみたいだな。まあ、そんなこたあ、どうでもいいさ。おれは誰かに会ったらまず、好きな歌をひとつ歌ってくれと頼むんだ。きいたら、その人がわかるからね。あんたの歌はきかせてもらった。気に入ったよ。しばらく一緒に行こうや。」

男は歩きながら、ぶえんりょに、ぐいっと顔を近づけて青の眼をのぞきこみました。
「ところで、あんたの眼だが、それ本物かい?青いガラスでも入れてるんじゃあるまいね?おれにゃ、ガラスも宝石のちがいはわからんがね。どっちも同じようにきれいなのに、どこがちがうんだろうなあ。」

歌うたいは、村々をまわって、結婚式や葬式、誕生日やお祭り、そのほか何でも、人々のもとめに応じて歌い、かせいでいるのでした。
山のふもとの村にたどりつくと、さっそく自分の「商売」を始めました。
ううん、と咳ばらいをすると、最初の家の扉をどんどん、いきおいよくたたきました。顔をのぞかせたのは、赤いほっぺたに、利口そうな顔つきのおかみさんです。
「やあこんちは、おかみさん。歌を一曲、いかがです?この歌うたいの声をきいたら、今日は一日すんばらしく気持ちよくいられますぜ。」
そしていきなり陽気な声をはりあげて、最初の一小節を歌いだしました。
おかみさんはあわてて、「しっ」と口に手を当てて、歌を止めさせました。それからため息をつきました。
「静かにおしったら。歌なんか流せやしないよ。今はあのご一家がー」
そして二人の鼻の先で、ばたんと扉を閉めました。
その次の家のおやじさんも、やはり心配そうな顔で首をふりました。
その次の家も、またその次の家も同じでした。
「ちぇっ、しけてやがる。でも、心配するこたないさ。ここならぜったいだいじょうぶ、って場所がある。」
はじめて足をふみいれた土地なのに、歌うたいは匂いでもするかように歩いていきます。
そこは、村で一軒しかない酒場でした。
木戸をあけると、村の男たちが、ちびりちびりとやっていました。
「さあ、だんなさんたち!歌でもきいて、ぱあっと明るくやりましょうや。」
しかし男たちはちらっと眼をやったきり、首をふって、また酒をすすりました。

「いったいどうしちまったんだい、この村は!」
さすがの歌うたいも困ったようです。
店の主人が言いました。
「あんたがた、ここにいてもむだだよ。次の村へ行った方がいい。」
青はきかずにいられませんでした。
「ここでは歌を歌ってはいけない理由でもあるのですか?」
主人は周りを見わたして、誰もきいていないことをたしかめると、低い声で言いました。
「ここの村長はおかたい人でな。祭りでみんなが歌いおどったり、酒場で歌ってさわぐのをきらって、禁止しちまったのさ。歌うひまがあったら、はたらくか、勉強するか、お祈りしなさいってな。」
「すっとこどっこいが!」
歌うたいがどん、と足をふみならしました。この人が怒った顔を見るのははじめてでした。
「それに今はもっと悪いことに、あの方のー」
主人が言い終わるのも聞かずに、歌うたいは酒場を出て、どんどん歩きだしました。
道ばたですれちがった村人をつかまえて何か話していましたが、やがて青の方へやってきました。何か口ずさんでいます。

村の入り口に赤い花咲く樹が一本
そこからまっすぐ十二軒目 
白い壁に茶色の屋根 
村長さんがお住みだよ

青がけげんな顔をしていると、いたずらっぽく笑いました。
「おれは読み書きもできねえけど、歌なら、どんなに長くても忘れないんだ。だから大事なことはぜんぶ歌にしちまえばいい。」

青は歌うたいに、村長に会う前にもう少し身なりをよくしたらどうか、とすすめました。物もらいにしか見えないすがたです。
「なあに、みんなが欲しいのはこの声だけさ。」
この言葉の意味がわかったのは、のちのことです。

歌の通りに進むと、村一番のりっぱなお屋敷にたどりつきました。歌うたいが、美しい彫りものがついた大きな扉をたたくと、黒い服に白い帽子と前かけをつけた女中が顔をのぞかせました。歌うたいはこれ以上ないくらい声をはりあげました。
「村長さんの名声を!奥さんのお美しさを!お子さんの健康を祝して!お宅が末永く栄えますように!何でもおのぞみどおりに歌います!」
女中はこれ以上のめいわくはない、という顔で、
「よりによって、こんなときに来るなんて。お子さまの健康だって?とんでもない!うちのおじょうさまは今にも天国に行っちまいそうなんだよ。」
そう言うと、ぴしゃりと扉を閉めました。
歌うたいはちょっと頭をかきました。ぼうぼうの頭がますます、鳥の巣のようになりました。
そして、かってに裏庭につながる細い道に入っていきます。青はあわてて、あとにつづきました。壁づたいに庭に出ると、家の人に見られないように、用心深く、奥に入っていきました。
色とりどりの花が咲く庭にむかって、一つの窓が開いていました。二人は、そろそろと窓のそばに近づきました。向こうからは見えないように、中のようすをうかがいます。
窓のそばには寝台があって、誰かが寝ていました。そのすぐそばに椅子がおかれ、ちらっと見える服から、座っているのは男の人と女の人のようでした。
耳を澄ますとー
「娘や、しっかりするのだ。」
重々しい男の人の声です。短い言葉でしたが、しぼりだすような苦しげな声でした。
女の人が叫ぶように言いました。
「目を閉じてはだめ!父さまと母さまを見て。」
はあ、はあ、と息をする音がしました。そしてとても小さな、か細い声がしました。
「胸がくるしい・・・」
息切れがやっとおさまると、さっきの声が言いました。
「私、もうすぐ死ぬの?」
誰もこたえません。
「死んだらどこへ行くの?そこは真っ暗なのじゃない?父さまと母さまとはさよならするのね?私は真っ暗な中でひとりぼっちになるんだわ。」
ただすすり泣く声だけがきこえます。
「こわい、こわい・・・」
そのときです。

人の声とは思われぬ、透明な、高い声が空からきこえてきたのです。
いっしょに歌うように、一羽の鳥がさえずります。

わたしのかわいい子
さあ迎えに来たよ
手をつないで 一緒に行こう
それはおまえが生まれる前にいたふるさとだよ
そこへ帰るだけ
この庭よりもっと大きくて美しいところ 
花が咲き乱れ いつも晴れていて あたたかい 春のような国へ
そこでいっしょに花をつもう 花の首飾りをつくろう
たくさんの友だちもいる みんなで歌って輪になっておどろう 
お前が好きなおかしもたくさんあるよ
父さまと母さまはあとから来るから
いつかかならず みんな一緒になる
さあ 行こう

そのとき、空からひとすじの光がさして、娘の上ににふりそそぎました。うすいカーテンがかすかにゆれました。
少女はやせほそった手を差しだしました。その手は、たしかに誰かににぎられているようです。
次のしゅんかん、小さな手が、ぽとりとふとんの上に落ちました。

二人が村長の庭を出て、通りを歩いていると、後ろから、ばたばたと足音がして、お待ちよ、という声がしました。

それは、さっき二人を門前払いした女中でした。まだ赤い眼を前かけでふきふき、歌うたいの手の中に金貨の入った袋を押しこみました。
「これぜんぶくれるのかい?こりゃあ、おったまげた。」
「だんなさま、奥さまがあんたにくれぐれもお礼を、とおっしゃってね。おじょうさまがやすらかに天国に行かれたのは、あんたのおかげなんだから。ああ、おじょうさまの最後のお顔。目を閉じて、ほほえんで。まるで空を飛んでるようだった。」
「でも村長さんは歌がおきらいなんでしょう?村はしずまりかえっています。」
青が言うと、女中は皮肉っぽい笑顔をうかべました。
「それも今日から変わるだろうよ。なくなられたおじょうさまの手をにぎっておっしゃったんだから。『わしはなんというばか者だったのだろう、歌を禁じるなんて』って。」

二人が次の村に入ると、そこには軍隊がひとかたまり、とどまっていました。
歌うたいと青がある酒場の前に来ると、中から歌が聞こえてきました。
歌うたいは、歌が聞こえたら、止まらずにはいられない性分です。
「ここじゃ、禁止されてないようだな。ちょっと入ってみよう。」
木戸を押して入ると、昼間から酔っぱらった兵士たちが、真っ赤な顔をして、飲めや、歌えやのおおさわぎ。肩を組んでそれぞれふるさとの歌をひろうしています。
歌うたいはさっそく、店の主人に近づいて、歌わせてほしいと申し出ました。
こんな場所にぴったりの歌だって、いくらでもあります。
歌うたいが陽気な歌を歌いだすと、兵士たちはやんやと、かっさいして、店の娘たちとおどりはじめます。

一人の兵士が、酒を運んできた若者の腕をとり、話しかけています。
「なあ、おれたちと来ないか?こんなちっぽけな村にいても面白くないだろう。敵と戦ってお前の強さを見せてやるんだ。勝ったら、将軍からごぼうびももらえるし、お前のおっかさんや村のみんなもさぞかしじまんだろうよ。」
若者も心ひかれる様子です。
一曲おわると、拍手とともに、やっほう、もうひとつたのむよ、という声があがりました。

その時です。どん、と大きな音がしました。酒場の真ん中に、椅子に座ってだまって見ていたいかめしい顔の男が、長い剣のつかを床にたたきつけたのでした。
他の兵士とはちがう大きな帽子をかぶり、軍服の胸にはたくさん勲章がついています。

「おい、お前。なかなかうまいじゃないか。何でも歌ってくれるそうだな。一つ、歌をつくってもらおう。われらはこれから、戦いに出るんだが、できる限り、いさましい歌が必要なのだ。今歌っているやつは、みな、あきてしまったからな。」
隊長はそばにいる兵士にあごをしゃくり、歌ってみろ、と命じました。兵士はあわてて飛び上がり、しゃきっと背を伸ばして歌いはじめました。

にっくきやつらをたたのきのめせ
われらこそ正義 じゃまするものはすべて敵
問答無用 こっぱみじんにしろ
われらこそ勝者 じゃまするものは許さぬ
わられの道をはばむものはけちらせ
考えるな 迷うな 止まるな ただ進め
やっつけろ やっつけろ ぶっつぶせ
勝つのはわれら 正しいのはわれら
考えるな 迷うな 止まるな ただ進め

兵士は機械のように表情一つ変えず、どらのような声で歌いました。さっきまで飲んで、歌っていた兵士たちは急に酔いがさめたように静かになり、顔をふせました。酒場ぜんたいが、すっかりしらけてしまいました。

「それ見ろ、この歌じゃ、士気があがらんのだ。この百倍、強そうなのをたのむぞ。」
隊長は、上着の中に毛むくじゃらの太い手を突っ込むと、金貨を一枚取りだし、歌うたいの前に放りなげました。それは、ちゃりん、と鳴って、床の上でくるくる回って止まりました。
青姫は歌うたいがよろこんで金貨を拾って、すぐに一曲作って歌うだろうと思いました。
彼はその金貨をしばらく見つめていましたが、やがて顔を上げると、口だけにやっと笑いましたが、その目はするどい刃みたいに光っていました。

「すまねえが、そんな歌はおことわりだ。」
金貨を拾おうともせず、入ってきた戸口に向かって、すたすた歩きだしました。
「何だと、きさま!無礼な。待てい!」
隊長は顔を真っ赤にして、立ち上がりました。腰の刀に手をかけました。

そのときです。高いらっぱの音が鳴り響きました。
扉が開き、同じ軍服を着た兵士が飛びこんできました。
「隊長、とうとう戦いがはじまりました!すぐに向かわなくては。」
隊長はさっと顔色を変えると、大声で兵士たちを呼び集めました。部隊はおおあわてで、剣をひろい、帽子をかぶって、ばらばらと、街道をかけていきました。歌どころではありませんでした。

「あんなどあほうに、ひとつだって歌ってやるもんか。」
軍隊が砂ぼこりのなかに消えるのを見ながら、歌うたいははき捨てるように言いました。それから歩いて、村の中で一番高いやぐらにつくと、上にのぼりました。柱の上には大きな鐘がついています。村に何か急な危険が起きたときに、村人たちに知らせる場所でした。
青はやぐらの下から、歌うたいを見上げました。
何をするつもりだろう?
突然、声が響きわたりました。

平和 平和 目に見えぬ女神よ
われらの弱き小さき心が 命を奪い 傷つけるのを ふるさとを亡ぼすのを どうか止めたまえ
戦争はすべてを壊し奪うだけ 勝者などいない 戦争などいらぬ 
その強き腕で われらをみちびきたまえ 
戦争を好むおろか者たちとの戦いに勝たせたまえ
おお 平和 平和 目に見えぬ女神よ 
 

歌うたいは一語一語、深い息をはきながら、これ以上なくゆっくりと歌いました。さっき天に召された少女に歌った天使のような声とはまったくちがう力強く、きびしい、おごそかな声です。すべての人にわがことと感じさせ、心にゆるがぬ誓いをもたせ、勇気をふるいたたせる声でした。町にいる人々みなの耳にとどき、だれもがいっしゅん動きを止めて、聞きいりました。

声が、鐘のように長く響いて消えました。
家の戸口でゆり椅子に座り、こっくりこっくりしていた老人は歌で目を覚まし、何かを思い出しているかのようでした。
歌が終わると、そばで遊んでいた幼い孫を呼びよせました。頭をなでて、かみしめるように言いました。
「年寄りでいる意味を忘れるとは、ほんとうに老いぼれておった。孫や、よくお聞き。わしがお前と同じくらいの子供のころ、大きないくさがあった。この村にもおどろくほどたくさんの兵隊が来てな。兵隊も、村人たちもたくさん死んだ。家も田畑も焼けた。またいちから、始めなけりゃならんかった。わしのじいさまが、子供のわしに言い聞かせたんじゃ。『戦争だけはいかん、何があっても』と。なのに、またどこかで戦争がはじまった。いいあか、けっして忘れるな。でないと、またぜんぶ失い、いちからやり直しじゃ。」
家の中でいそがしく立ち働いていた若い妻は、畑で働いている夫のところにかけていき、抱きつきました。もうすぐ赤ん坊が生まれるのです。畑で歌を聞いた夫も、妻を強く抱きしめました。
酒場で軍隊にさそわれた若者は母に言いました。
「母さん、おれ、やっぱり兵隊なんかならないよ。あんなやつら、ちっともかっこよかない。ここでみんなと平和に暮らすほうがずっといいや。」

ぼろぼろの身なりの男の中から、思いもかけない声や歌が出るのは、じつにふしぎでした。その姿を見ず、歌だけをきいた人は、そこにたくさんの人間がいると思ったでしょう。女の一番高い澄んだ声、天使のような子供の声、大人の男の地の底から出るような野太い声、さまざまな鳥の声、太鼓や、空気が噴きだす音など。また教会で歌う歌から、幼子をねかしつけるわらべ歌まで、歌えないものはありません。人間だけでなく、いろんな動物や、風や川の流れ、雨の音など、自然の声を歌うこともできました。この人が歌うと、それは太陽がのぼり、しずむ、風が吹き、雨がふる、雷がなり、オーロラや流れ星が流れるようでした。
歌うたいは「千の声」を持つ、神が作った楽器だったのです。

「どうやって、歌を作っているののですか。」
男は当たり前というように言いました。
「作ってなんかないさ。きこえるんだよ。あんたは、きこえないかい?空も山も木も花も、動物たちも、みんな歌っているんだよ。おれはその歌を歌いたくてたまらないんだ。自分の口ひとつじゃ足りない。みんな、どうして歌わないでいられるんだい?」

遠くに見える山並み、青い空をながめながら、つづけました。
「おれがなんとか生きてるってことはさー みんな、パンと同じように歌や音楽がないと生きていけないってことじゃないかい?ちょっとくらい腹が空いていたって、楽しく歌っていれば忘れちまうよ。苦しい仕事も歌いながらやれば、不思議と楽しくなるし、あっという間に終わる。」
青は旅のとちゅうで、畑や川や、船の上で、働く人々がよく歌っているのを見たのを思い出しました。
「とってもうれしいことがあったときも、ひどく悲しいことがあったときも、そのときの気持ちにぴったりあった歌がある。けんかしてるやつらも一緒に歌ったら、なぜか仲直りだ。歌ってのは一人で歌ってもいいけど、みんなで歌うと、もっといいもんなんだ。」

この男はぼろぼろの身なりをしていても、その内に『歌』という宝石を持っているのでした。

次の村へ向かう道すがら、二人で歩いていると、また青は足元に咲く青い花に目をとめました。そんな青を見て、歌うたいが歌いはじめました。

青き空 青き河 青き峰々 
おお わが国
われらが王が平らかにおさめ 民ははたらき 笑い おどり ねむる
わが父も母も 父祖たちも この地に生まれ 生き その土にかえった われも わが息子も娘も 孫子たちも この地に生まれ 生き その土にかえる
わが国 おお 青きふるさとよ
いつまでも いつまでも 青くあれ

一回きいただけで、一言一句間違えることなく歌えるのです。
青は、ひとつお願いしてみようと思いました。
「その歌に、小さな青い花も入れてもらえませんか?」
「お安いご用さ。」

青き空 青き河 青き峰々 
”そのなかに咲いた 小さな青き花のごとし わが国よ”
われらが王が平らかにおさめ 民ははたらき 笑い おどり ねむる
わが父も母も そのまた父も母も この地に生まれ 生き その土にかえった 
われも わが息子も娘も そのまた娘も息子も 生まれ 生き その土にかえる
わが国 おお 青きふるさとよ 
いつまでも いつまでも 青くあれ

歌はそこで終わりませんでした。歌うたいは深く息を吸うと、もう一度歌いはじめました。

青き空 青き河 青き峰々 
そのなかに咲いた 小さな青き花のごとし わが国よ
ここに青い瞳の姫ありて 黄金きんの髪 風になびかせ 青き野で遊ぶ
ある日国を出でて 旅人となり 世界をめぐり その瞳に何を映すか
いつの日か 戻られよ われらが姫 
われらは待ち望む その青き瞳と黄金の髪もて わが国を栄えさせん日を
わが国 おお 青きふるさとよ 
青き国 いつまでも いつまでも 青くあれ


最後の音が山の、木々の、岩の中に消えました。

青はおどろきのあまり、言葉も出ません。歌うたいは目の前に広がる山の風景を前に、気持ちよさそうに風を受けています。やがて振りむいて、いつものようににやっと笑いました。

「いつか言ったろ?だれかを知りたけりゃ、その人の歌をきけばいって。最初に歌をきいたときに、あんたが誰だかわかったさ。」

今、ひとつの歌が完全になったのでした。
「ありがとう。」

二人は山々を前に、完成した歌を一緒に歌いました。
二つの声は和声となって、一人の時よりもはるかに豊かな音色が、空にかかる虹のように、山のいただきをわたっていきます。小さな石ころ、色とりどりの花たちも、だまって、ききほれているようです。




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