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「青の姫 The Blue Princess」第十七章 科学者(創作大賞2026ファンタジー小説部門)

第十七章 科学者 ー 星を見る人

その土地に初めて足をふみ入れた人が、まず眼をうばわれるのは、巨大な赤い岩山でした。その山の頂上は、台地のように平らになっていました。
ふもとには小さな村があり、あたりには草原や森、小川、泉、湿地など、さまざまな自然が広がっていました。その中で岩山は赤い城塞じょうさいのようにそびえたち、人を寄せつけない、おごそかな空気を発していました。
村にたどりついて数日、青は世話になっている村人の家で、気になっていたことをたずねてみました。
「あの山には、人が住んでいるのですか?」
彼らは顔を見合わせ、何と答えていいやらわからない、といったようすです。やがてその家の老婆が苦い顔をして、はきだすように言いました。
「住むには住んでおるが、人かどうかはわからん。」
おどろいた青がさらに聞こうとしても、それ以上、語ろうとはしませんでした。

しかし村にとどまって、村人たちの仕事を手伝っているうちに、青は少しずつ、山とその山に住んでいるらしい「人かどうかわからないもの」について、知ることができました。

山は村人たちにとって、神聖で恐ろしい場所でした。
その土地の名前そのものが、彼らの言葉で「赤い岩山」を意味し、また山の名は「神」を意味するのでした。
村では先祖代々、山に登ってはならぬ、という教えが引きつがれ、山で命を落とした者、迷いこんで戻ってこなかった者、誰かが見た奇妙な生き物など、本当のなのか作られたのかわからない話がたくさん伝えられていました。大人たちは子供たちにそうした「昔話」を語り聞かせ、登ってみようなどという考えを起こさせないようにしていました。「登ってみたい」と言うことすら、許されないのでした。

その「人かどうかわからないもの」が、いつそこにやってきたのか、何をしているのか、誰も知らないのでした。
しかし、岩山の近くで羊を放牧している眼のいい羊飼いが、山の岩陰に二人の男を見たということです。しかもその二人がそっくりだったというので、ますます人ではないといううわさが広まっているのでした。

しかしそれは、ただのうわさではありませんでした。
毎年の初めに、村長の家の戸口に一枚の紙が置かれているのだそうです。
その年の夏はとても暑くなるとか、雨が少ないだろうとか、一年の天気の予測がわかりやすい図で描かれていました。それがおどろくほど当たるので、今ではその紙を持っているということが、村長の力を示すほどになっていました。
また突然の竜巻や、地震などが来そうなときは、村から見える岩山の場所に赤や黄色など、それぞれを意味する旗をかかげて、村人に知らせることもあります。生活にとても役立つので、村人たちはそれに従うようになり、今では誰でも、岩山の合図を見て、ものごとを決めるようになり、それなしではやってゆけなくなっていました。
しかし、その人間ではないものが山の上でどんなことをして、そのような「予言」をするのか、誰も知りません。うす気味悪く思いながらも、農作物の取り入れがぶじに終わったり、災害をうまくやりすごせたときは、村人たちは取れた作物を、山の入り口に置くのでした。しばらくして見に行くと、それはなくなっているのだそうです。

「まるで神さまへの捧げもののようですね。」
話を聞きながら、青は言いました。
「神さまとは言わんが、神さまの使いかもしれんのう。わしらと同じ人間じゃないことはたしかさ。」
老婆は山頂を見上げながら、つぶやきました。
しかし誰も彼らに会いに行こうとはしません。
青は赤い岩山が気になってしかたなくなりました。村人は反対しましたが、もちろんこの旅人を止めることはできません。
ある朝早く、青は草原をひたすらまっすぐ、正面にそびえる巨大な岩山めざして歩きました。
遠くからは人を寄せつけないように見えましたが、とうとう山の真下にたどりついて見上げると、岩の割れ目にそって、少しずつ登る道があるように見えました。もっとも、相当にきたえられた足でなければ無理だったでしょう。
何時間もかけて、ようやく頂上にたどり着きました。
眼の前に広がる光景に、青はあっと息をのみました。
岩肌をきれいにくり抜いた中に、金属やガラス、木、その他見たこともない材料で建てられた建物がぴったりおさまっていました。その直線や曲線は、完全に自然に溶けこんでいましたが、人間以外には造れない、つまり計算によってできたものです。自然と人間の智恵がひとつになっているのでした。
入り口から少しはなれたところに、日時計、水時計、それからいろんな植物でできた花時計がありました。
それらに目をうばわれていると、岩と岩の間にはまったガラスの扉が音もなく開き、「何か」がこちらに向かって歩いてきました。

「お待ちしていましたよ。わが研究所へようこそ。」
おだやかですが、はっきりとした声でそう言うと、その人は青に手を差し出しました。
「私はここで研究している科学者です。」
背が高く、すらりとして、象牙色の肌、黒いまっすぐな髪が耳元までおりて、今度は一本の乱れもなく首にそって横の線をえがいています。頭には白い帽子、真っ白な長衣を着ています。その人の帽子や服は、見たこともない材質でできていて、白い布の表面はつるつるして、角度によっては虹色に光るのでしした。
「ここまで来るとは、あなたは村人ではありませんね。見るからに旅人だ。」
科学者は名乗った男はかすかにほほえんで、青を建物の中にいざないました。真っ白な壁や床には、ちりひとつ落ちていません。廊下を進んでいくと、突然大きな空間が現れました。
すべてがガラス張りになっていたのでわからなかったのですが、科学者が立つと、その前のガラスの扉がさっと開いたので、そこが一つの部屋なのだとわかりました。
「ここが実験室です。」
部屋の中にはいくつもの作業台があり、見たこともない不思議な形の道具が所せましと置いてありました。
科学者はふと立ち止まって、ある場所に目を留めました。
床に置かれた道具のかげで何かが動き、それを見た青はおどろいて声を上げました。
それは科学者と全く同じ顔、姿をしたもう一人の男だったのです。
「ああ、おどろかれるのももっともです。彼は私の双子の弟です。」
科学者は壁から飛び出ている蛇口をひねり、出てきた液体を銀色の杯に注いで、青に手渡しました。
「さあ、長い登山で喉がかわいたでしょう。この土地で一番きれいな水をどうぞ。この岩山の地下水をくみ上げています。さらにこの杯は、不純物を取りのぞきます。」
飲んでみると、匂いや味がありません。まるでしなびた植物がうるおいを取り戻すように、体のすみずみにしみわたっていくようです。
科学者は話しながら、作業台を回り、金属やガラスの容器に液体を入れたり、混ぜたり、アルコールランプの火をつけたりしています。また首から小さな四角い道具をさげており、そのガラスのおおいの中では針が動いていて、何かを計っているようです。
弟の方は、石らしきものを複雑な形をしたはかりにのせて、注意深く重さをはかっています。
青がそれらの道具の一つ一つにひきつけられているのを見て、科学者はにっこりしました。
「全部自分たちで作ったのです。私たち以外、必要とする者がいませんから、自分で作るしかないのです。しかし世界のどこかに、これと同じか、少しだけちがうものが必ずあるでしょう。道具とはそういうものなのです。人間はどこに住んで、どんな民族だろうと、お互いに全く関係がなくとも、必ず、過去、現在、未来、いつも同じものにたどりつくのです。どこかで失われても、また作り出します。」
青がそのなぞなぞのような言葉を十分に理解する前に、科学者はどんどん先へ進みます。

彼らがしばらく人間と話していないらしいことも、その言葉づかいから感じられました。
「あなたの言うことは理論的には可能です。」
青が何か言うと、科学者はよく、このように答えました。口ぐせになっているようでした。ふつうの人が「心」と言うところを、「あなたの精神のはたらき」などと言うのです。
分解、考察、実験、倍、体積、重量、仮説、物質、軌道、証明、存在、天体、曲線。
人々が日常使うことがないようなむずかしい単語を、科学者はふつうに使いました。青はそれに慣れるのに、しばらく時間がかかりました。何かを表すときも、数字を使うことが多く、色やにおいなどを表すときも、とても正確でした。
一方、弟は、ほとんど言葉を話しません。何か作業をしていて、こっちを見ていないのに、「それは塩素だよ、兄さん。」と兄の言葉をただしたり、兄が「A星からB星の距離はー ええと」などと思い出せずにいると、「××光年」などと答えます。
青が弟の科学者を見ていると、兄が代わりに話します。
「これは、小さいときからこうなのですよ。地面を掘ったり、石を見つめたり、下ばかり見ているせいで、ますます人と話さなくなりました。おまけに、私とは言葉を交わさなくとも、通じ合ってしまうものですから。でも私たちの話はちゃんときいていますよ。耳がとてもいいのでね。私は地上のもの、弟は地下のものに関心があります。この岩山の地下には弟の作った実験室があります。なかなかのものです。今度お見せしましょう。
まるで二人でたくさんの仕事を分担するために作られたみたいでしょう?じっさい私たち、双子というものが大きな研究対象になりえるでしょう。同じ姿をした別々の人間、これほど不思議なものがありますか?子供のころから、お互いを使って実験していました。どれだけ言葉を使わないで、気持ちを通じ合わせられるか、私たちの何が同じで、同じでないか。そのことは、またいつかお話しましょう。」

こんなわけで、科学者の言葉はちょっと、こむずかしく、長ったらしく感じられるかもしれません。
しかし、星空から降りてくるような、宇宙からきこえてくる声を想像してください。静かでおだやかな声が語るふしぎな言葉は、いつまでもきいていたくなるのです。

研究所には人間の生活が感じられませんでした。たとえば台所とか、かまどは見当たらず、彼らを世話する人もいないようです。
「ここには畑などはないようですが、どうやってこんな岩山で暮らしているのですか?」
「私たちはこの部屋でなんでも作り出せるのです。」
科学者は実験台のすみに置かれたガラス瓶のふたを開けました。中には赤や緑や黄色、だいだい色など、色あざやかな小さな粒が入っています。
「私たちの『料理』を少しいかがですか?」
科学者は二、三粒を青の手に落としました。
「これは村人たちがくれる野菜や果物を加工して作った一種のあめです。この中に栄養がぎゅっと閉じこめられています。実験で手がはなせないときなど、大変助かるのですよ。一秒で食事が出来ますからね。長く保存もできるし。」
食べてみると、人参やじゃがいも、ほうれん草などの味がして、甘さや苦み、ほくほくした味わい、それから、いちご、ぶどうの味がしました。じゅっと果物の汁がにじみでるのさえ感じられました。
科学者は青がすべてを飲みこんだのを見て、言いました。
「これで一食分の栄養は取れましたよ。でも村人の作物そのもののほうがおいしいと思っているでしょう?私も時々そのまま食べて、やっぱり村人たちの作るものの方がおいしいと感じるかどうかたしかめます。どうやら、私もまだ人間のようです。」

青は実験室とそこに置かれた道具をぐるりと眺めました。
「何でも作れるとおっしゃいましたね?」
「ええ。人間すらもね。」
「まさか!」
「この身体が何でできているかはわかっていて、ここで作り出すことはできます。ただ私たちはそれをやる必要を感じないからやっていませんが、本当にやろうと思えばできるでしょう。」
科学者は窓を開けて、はるか遠くを見つめました。その眼は一番遠くに見える山脈よりも、さらに遠く、空の先の見えない宇宙を見ているようでした。
「私たちが本当に知りたいのは、この肉体が生まれる前、そして死んだ後、どこへ行くのか、なのです。それだけでなく、この星、この宇宙を『誰がどうやって創ったのか』ということを。
いったいどうして、人々は自分の上にある、あのとてつもない星、太陽を本当に見ることが少ないのでしょうね?生まれてから死ぬまで、毎朝昇り、沈んでいく。一日中、変化し、365日、一度として同じことはない。あの星が私たちのすべてを左右しているのに、そこにあるのが当たり前と思って、本当に見たり、理解することはめったにない。それが私には不思議で仕方がない。
月や、ほかの星も同じです。また水も、土も、火も、風も、ひとつひとつがおどろくべきものです。私たちは常にそれらに囲まれているのに、実は何も知らない。
私ですら、こうして日夜研究していても、まだ一部しか知らない。それらを語る言葉は、悲しいほどわずかです。
私の命など、宇宙の中では一瞬の小さな火にすぎない。その中で出合うものすべてをより多く正しく知りたいと思うので、人とのつきあいはごく少なくなってしまうのです。ああ、あれらを完全に知ることができたら!
私は宇宙に存在すすべての物質に魅せられている、とりつかれている、恋しているのですよ・・・」
科学者の瞳は朝日が昇る前、また日が沈む前の空のように澄みきって、その奥には青い炎が燃えているようでした。

青は村の話を思い出しました。
「あなたたちは、村人たちにいろんな知識や知恵を渡していますね。」
科学者は窓から、村の方を見下ろしました。
「私たちがあの人たちを助けてあげられる方法は、できる限り天気を予想し、気づいた変化を伝えることです。私たちと目的はちがいますが、彼らも毎日、自然と強く結びついて生きていますからね。空や土、大気中に起こることを深く正確に知る必要があるのです。」
それから小さなため息をつきました。
「彼らは、すべて神さまのせいにしがちで、お祈りしたり、供え物をしたりしていますが、もっと自分たちの感覚を使って観察し、考え、そこからわかることを信じたらよいのにと思います。」
青はこの人にはどんな質問でもぶつけていいのだとわかりました。そこで、思いきって聞いてみました。
「あなたは神さまを信じないのですか?」
「さあ、どう答えたらいいかな。まず、信じるか信じないかの前に、私は知りたいのです。この世界を、宇宙を創ったのは誰かということを。それが神だというならば、もちろんその存在を信じていますよ。私がいて、あなたがいて、私たちが今こうして向き合っていることが本当だと信じるなら。
けれど私たちには、まだそれを見る視力が与えられていない。それは私たちの研究の一番上にあるもの。それこそが科学者の問いのすべてと言ってもいいでしょう。」

朝から晩まで研究しつづける二人を見て、青はたずねずにはいられませんでした。
「あなたたちはここに二人きりで、寂しくはないのですか?村人たちと交流しようとは思わないのですか?またはほかの科学者に会いに行ったりはしないのですか?」
「私たちは、つねにいろんな現象を観察し、数値を計り、記録しています。さらに重要なのはそれらを分析し、何を意味しているのか解明することです。それは本当に手間と時間のかかる仕事です。特に『考える』という作業には終わりがありません。一万年あっても足りない。
ここに落ち着いたのは、観測にうってつけの場所だからです。
この岩山―その地層はさまざまな年代を記憶し、空気は澄んで、空一面の星を観察できる。岩山の後ろには森もあり、その中には池や泉もある。大小さまざまな動植物、石を発見することができるし、私たちが掘ったり、計ったりしても気にとめる人はいない。
村人たちは自分たちの生活で手一杯で、おまけにこの山をどこか恐れていますから、そこに秘められているものに気づかないのですよ。そこにこもっている私たちは、『人間ではない何か』なのでしょう。」
かすかな、ふっふっという音がしました。それが科学者の笑い方なのでした。
「『本当の仕事』をするためには、多くの時間、独りにならなければなりません。完全に集中するために。それは寂しいことではない。あなたが一番『あなた』である時間です。」
青は、兄弟たちがちっとも寂しそうでなく、また人間嫌いでもない理由がわかった気がしました。
「でも、こんな私にも親友と呼べる人がいます。どこにいると思いますか?
この星の裏側ですよ。どうやって彼と出会ったかって?
私はあるとき、ひとつの論文を読んでいたのですが、その中のある法則の発見についての文章のところで、頭の上に雷が落ちたようにおどろきました。それは私が考えていたことと同じだったからです。
私はその書き手に手紙を書きました。その人は私が行ったこともなく、おそらく一生行けないだろう遠い国に住んでいます。使っている言葉も私とはちがう。その文章はいろんな言葉に何度も訳されてから、私の手元にきたのです。
男なのか、女なのか、年寄りなのか、若いのか、いや、生きているかも、わかりません。それでも私はその人に書かずにはいられなかった。それほど、嬉しかったのです。
世界のどこかに、自分と同じことを朝から晩まで考えつづけて、同じところまでたどりついた人がいる、ということが!
この人こそ、自分の一番の友達だとわかりました。私の肉体から一番遠い人が、私の心に一番近いのです。

どれほどの時がたったでしょう。ある日、一枚の、すりきれてぼろぼろになった手紙が届いたのです。
この岩山の名前と、『山のいただきに住む親愛なる友へ』とだけ書かれていました。ここにいるのは私たちだけですから、村人が置いていってくれたのでしょう。ふだんの予測のお礼にね。
一体どれほどの距離を旅してきたのでしょう。それは確かにその人からの返事でした。手紙には、その人の生活のことなど何も書いておらず、ただ数字、計算式などを説明する言葉がびっしりと書かれ、たくさんの図がそえられていました。それらが私たちの『言葉』なのです。
私は飛びあがって踊りました。私が踊ったのは、人生でその一度きりです。
その人もまた、私という友を得たことを心から喜んでいるのがわかりました。その手紙を書いた日も小さな発見をして、それを伝えるのは私が初めてだ、と書いてありました。
私はすぐに折り返し、それについての意見と、自分の発見について書きましたけれど、その手紙が今、地球のどこを移動しているのか、いつその人に届くのかはわかりません。途中で失われるかもしれません。
それでも、私たちはつながっています。もうその人はあの手紙に書いてあった発見からずっと先へ進んでいるでしょう。私自身がそうなのですから。それも、お互いにわかっているのです。
今は、彼に会ったり、より早くやり取りする方法がありません。しかしいつか見つかるでしょう。
たとえば、こちらと地球の裏側にいる人が同じ瞬間に、今私とあなたが話しているように、話せるような機械が将来作られるでしょう。おや、あなたはびっくりされていますね?私にはちっともおどろきではない。

私たちは夜空の星のようなもの。遠いけれども、確かに存在するし、お互いに力を及ぼし合っている。
それから他にも大事な友人たちがいます。友人というよりも、親や師と言うべきです。古代からの偉大な科学者たちです。彼らが発見した事物や現象、法則、残していった問い。彼らの多くもまた、ひとりで仕事し、誰にも理解されず、時にはうそつき、気狂いとののしられ、命をうばわれたたことすらありました。それでも研究をやめなかった。彼らから、ずっと仕事は受けつがれ、つづけられているのです。」

実験室の壁には、不思議な絵や図が描かれた紙がたくさんはってありました。
「落書きにしか見えないでしょう?どれも実現するにはまだ何かが足りないのです。いつか突然その『何か』が見つかるかもしれないし、私たちの後の時代の人たちが完成させてくれかもしれない。」
科学者に、発見はどのように起きるのか?と聞いてみました。
「そのときによっていろいろです。とつぜん、いん石のようにひらめきが落ちてくることもある。一番多いのは、自分の中に小さな『光』を感じたときです。暗やみの中のけし粒ほどの小さな光です。時には消えてしまうこともあるが、またふしぎに現れることがある。見えた者はそれが『ある』ことを証明しなくてはいけません。私たちはただひたすら、それに向かって一歩一歩、歩いていくのです。

ある時、科学者は、弟が収集した石を見せてくれました。
何十年もかけて、こつこつと集められたものです。
小さいもの、大きいもの、色も形も、さわった感じもさまざまで、どれとして同じものはありません。どれも磨かれていない原石です。
「石はたいへん興味深いものです。鉱石に宝石。地中に埋まっているこれらのかたまりは、私たち人間の役に立つ、いろんな性質を持っています。中には、危険な物質もあります。まだまだ、解き明かされていません。
発見されていない未知のものがたくさんあるでしょう。
科学的な力以上のものを感じる石もあります。たとえば、これです。」
ひとつの氷のように色のない、透明な石を取り上げました。
「水晶です。私のことに好きなものです。すべてを映すように思われる。そして決して汚れない。」

青は服の中から、あるものをさぐって、科学者に差し出しました。
科学者はその青い物体を興味深く見つめました。
「おや、これは見たことのない石だ。」
手にのせて光にかざして見たり、重さを計ったり、布でこすったりしていました。
「少し、預からせてもらえますか?どんな性質のものか、弟にしらべさせましょう。」

しょっちゅう望遠鏡をのぞいている科学者でしたが、自分の眼だけで星を眺めているときがありました。ある夜、二人は岩山の上でも一番見晴らしのよい観測所になっている場所に立っていました。満天の星が夜空で輝いて居、そのなかに吸い込まれそうです。科学者はいつものようにしずかな声で話しながらも、その声には喜びと興奮が混じっていました。
「自分の眼だけで見るのもよいものです。人間の眼は私たちが理解できないほどすぐれている。」
「虫、鳥、魚、象、鼠、蛇、そして人間。あらゆる動物にはそれぞれの眼、視野があります。見えるものはまるでちがう。どんなに大きく眼を開いても見えないものもあります。また人間でも、大人や子供や老人、そして一人一人ちがう。私とあなたがこうして同じところに立って、同じものを見ていても、見えているものはちがう。
私たち人間の体は、あのはかりしれない宇宙、いや、私たちをとりまくこの自然の中で、いかにも、ちっぽけなものです。けれど、私のこの豆粒のような目が、あれほどはなれた星をとらえられるとは!しかもそれぞれの大きさ、色まで。
しかも、あなたたち旅人は、あの星を日常の道具として使っている。科学者の私は、この場所に留まり、毎日どんな変化や違いも見逃さないように観察しつづけなくてはなりません。けれどあなたのような人は、常に移動して、いろんな場所から太陽や星や月を見る。うらやましく思います。」
青が旅してきたさまざまな土地の人々が、同じ星を異なる名前で呼んだり、星々をちがう風に組み合わせて星座を作り上げている話をすると、科学者はことのほか熱心にききいり、書きとめました。

科学者はこの星の外、宇宙から、こちらを見ているようでした。
「宇宙の中では私たち人間の命の短さは、流れ星のようにあっというまです。願い事をするひまもない。けれど今あなたと一緒に星を眺めて、語り合っている時間はゆったりとしている。まるで時が止まったように。
私たちが使っている時計は本当に正しく『時』を計っているのでしょうか?時間とは何なのか?
そらね、私はまだ、なんにもわかっていないのです・・・」
まるで星空から響いてくる宇宙の声のように遠くから響いてきます。
はっと気づくと、そこはあたたかくなめらかな黒い宇宙空間でした。
体は浮いていて、全く重さを感じません。
生まれてからこんなに自由を感じたことはなく、青は思い切り、飛んだり跳ねたり、泳いだりしました。あっちこっちから無数の流れ星が飛んできて、そばを走り抜けていきます。いろんな色や大きさの星々がくるくる回っていて、ついと手を伸ばせば取れそうです。時々、遠くで虹色の光が発して、何かが生まれているようでした。新しい星でしょうか?
いつしか青は眠っていたようです。

科学者の兄弟と一緒にいる間は、一日が一週間のような、あるいは一週間が一瞬のような、またはまた完全に止まっているようにも感じられました。
ある日、科学者の兄は暦を見ながら、言いました。
「出発するなら、明後日がよいでしょう。ここと隣村の間には、川がひとつあります。この地域は雨季と乾季にわかれていて、雨季がもうすぐ始まるのです。私たちの予測では、五日後には相当の雨が降ります。すると川がはんらんして、動けなくなります。川から隣村までは徒歩ならば、一日半。余裕を見て行かれた方がよい。」

出発にあたり、科学者がいろいろなものを持たせてくれました。まずは、いくつかの地図。このあたり一帯の地図と、さらに一まわり大きいもの、そして一番大きなものは世界地図です。地図は何よりも旅人に必要なものです。
それは見たこともないほど、正確でくわしいものでした。

他にも小さな方位磁針、百年分のこよみ、万能のぬり薬、あの栄養のつまった飴の一袋など。
売り物にしたら、どれほどの値になるのか想像もできません。青はここで彼らに会えた幸運を天に感謝しました。やはり、この山に来たのは正しかったのです。二人の科学者たちを地球の端と端で結び付けたのと同じ力がはたらいていたのかもしれません。

出発の朝です。
弟の科学者が、布に包まれた何かを、青に差し出しました。この間、青が彼らに渡した青い石でした。
弟が初めて口を開きました。
「この石ですがー 調べるには時間がかかります。ほんの少しでいいので欠片をもらえたら、いつかその結果をあなたにお知らせします。」
青の返事は言うまでもありません。弟は注意深く石の一部をけずりとりました。

「本当になんとお礼を言っていいのでしょう。」
「お礼を言う代わりに、お願いしたいことがあります。」
兄の科学者は青に、いろいろな計算の仕方や簡単な実験の方法、質問を書いた紙を渡しました。
「あなたの旅の中でこれを試して、その結果を集めて、あのふもとの村に送ってください。『赤い岩山の山頂に住む親愛なる友へ』と。貴重な実験結果になります。そこから法則を見つけられるかもしれません。」

青は二人それぞれと固く握手しました。
「あなたたちのおかげで、今まで見えなかったものが見えるようになりました。まるでもう一つの眼をもらったようです。ありがとう。」

青い瞳が、のぼってきた太陽の光を映して、きらめきました。空や海、鉱石などと同じように自然がつくった色です。
その青を見た科学者の青白い頬にふっと赤みがさしました。それはこの人が、やはり人間であるあかしでした。
「私たちこそ、ありがとう。あなたが岩山の下から私たちの場所を見上げているのを望遠鏡で見つけたとき、登ってくるかどうか、私と弟はすぐに確率を計算しました。それは過去の数値からはとても低かった。けれど付け加えるべき条件があった。その青い服であなたが村人ではなく、旅人であるということがわかりました。決めるのは私たちの感情ではありません。1%でも可能性はあった。その1%を証明してくれて、ありがとう。
勇気ある旅人よ。あなたは私が直接話した数少ない人間です。実はあなたとの会話によって、私はいくつか人間と宇宙に関するひらめきを得たのですよ。これからそれらを証明していきます。」
そう言って科学者は実験室の壁を指さしました。そこには一枚の紙がはられていて、青らしき人間の姿が描かれて、そばには数字や記号が付け加えられ、その瞳にいたっては、拡大されて描かれていました。

彼らは青が岩山を降りて、草原を歩いて、となり村に向かって歩いていくのを、小さな小さな粒になるまで追いつづけました。そのひと粒の中に計りきれない可能性を見ていました。

現代でも、この双子の科学者が発見した法則や公式がたくさん残っています。彼らは多くの論文を残しましたが、自分たちについてはいっさい書き残していません。彼らに実際に会った人はほとんどおらず、彼らが双子であったということも知られておらず、あまりにもその発見の数と分野が広いために、異なる何人もの人が同じ名前で発表したのではないかという説もあります。同じ人だとは到底信じられず、生没年も不明のために、本当に実在したのかどうかも確かではなく、伝説になっています。
彼らの論文は数え切れないほどの言語をとおして世界中に伝わりましたが、最初のものは残っていません。奇妙なことに、それが一番早く伝わったのは地球の裏側だということがわかっており、逆に彼らの活動地域だと思われるところでは、かなり後になってから知られているのです。どういうわけで、そのようなことが起きるのか、何か未知の道具によって、遠くへ伝わったのか、今も、それは謎のままです。
しかし彼らの発見だけは、天に浮かぶ星のようにゆるぎなく明らかなのです。
彼らの時代では思いつきや仮定でしかなかったことも、はるか後に別の科学者の鍵となり、おどろくような発見につながりました。そして私たちの生活の、身近なところに生きています。

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