「青の姫 The Blue Princess」第十九章 犬(創作大賞2026ファンタジー小説部門)
第十九章 犬 ー 忠なるもの
いったいどこから来たのでしょう。青がその犬とであったのは砂漠の中でした。
砂に溶けこんでしまいそうな毛の色ゆえに、とつぜんあらわれたように見えました。それはどこにでもいるような、小がらな、しかし元気いっぱいの、敏しょうな犬でした。犬もうれしかったのでしょう。しっぽを振って、足元にじゃれつきながら、どこまでもついてきます。
「ご主人はいるの?どうして、こんなところにいるの?」
犬はただ澄んだかしこい目をして、青を見つめるだけです。
話せたら、どんなにいろんなことを語り合えたでしょう。
「わかったよ。私と同じだね。旅するのは人間だけじゃない。」
水が残り少なくなって不安でも、その犬についていけば、小さな水場や木々が生い茂るオアシスに、きっとたどりつくのでした。
「なんてかしこいんだろう。」
頭をなでてやると、得意げにしっぽを振ります。青はお礼をこめて、食べ物を分け合いました。その分、量は減っても不思議と腹はへらないのでした。
夜眠るときも、犬は体を丸めて、青に寄りそいます。おたがいに身も心もあたたまります。
二人はまるでずっと一緒に旅してきたかのように、足並みを合わせて進みました。
ある時、らくだに乗った商人の一行に出会いました。彼らは親切に教えてくれました。
「お前さん、一人かい。この先は盗賊がなわばりにしているところだよ。気をつけたがいい。」
しかし、他に道はありません。青はとにかく歩を進めました。
数日後、一本の木が生えているほかは何もないところで夜を明かすことになりました。犬はいつものように青の足元に身を丸めました。
真夜中、犬がはげしく吠える声で目が覚めました。飛び起きると、いきなり肩をつかまれ、「動くな。」という低いしゃがれた声がして、目の前に刀が月の光にきらめきました。
馬の息と、脚をふみならす音がきこえます。
「服をぬげ。全部よこすんだ。さもなきゃ命はないぞ。」
旅に出ていらい、とうとう生きるか死ぬかのときがきたのです。
抵抗すれば、一太刀で終わりです。犬ははげしく吠えつづけています。
そのとき、叫び声があがり、青の肩をつかんだ手がとつぜんはなれました。
犬が盗賊にかみついたのです。
「畜生め、はなせ!」
盗賊と犬がはげしくたたかっている間に、青は立ち上がり、何か武器になるものはないかと探して、走り回りました。しかし砂漠の真ん中で見つかるわけもありません。さらには真っ暗やみです。
きゃあん、と高い一声が聞こえました。盗賊が舌打ちし、あわただしく馬に乗って、かけていく音が遠ざかっていきました。
青がまわりに眼をこらすと、地面にうっすらと黒いかたまりが見えました。手を触れるとふわふわした毛です。犬が横たわっていました。顔をよせると、荒い息をしています。体をさぐると、手がべったりとぬれました。腹が大きく裂けて、血が流れ出ています。
青は自分の服をやぶって、血を止めようとしました。しかし、小さな体が負った傷口はあまりに大きく、血はどんどん流れます。青のひざの上で、犬の息はしだいにゆっくりになりました。
朝日が昇ってきました。
あたたかかった犬の身体は冷たくなっていました。
まだ開いていた目を閉じてやると、青の瞳から小さな湖があふれるように、涙が犬の顔にぽたぽたと流れ落ちました。青は犬を抱きしめて、泣きつづけました。
どれくらいそうしていたのでしょう。涙をふくと、貴重な水筒の水を犬の口にふくませてやり、首元の毛を少し切り取って。ふところにしまいました。そして木の根元に犬を埋めました。
ふたりで歩んだ道が思い出されました。それはなんと軽かったでしょう。犬のおかげで道を間違えずに済み、水にも困りませんでした。昼も夜もさびしくありませんでした。そして、その一回きりの命をかけて救ってくれたのです。
一匹の犬は、なんという人生の旅の道づれでしょう。不誠実な人間百人付き合うより、一匹の犬を持った方が良いのです。
「ありがとう、あいぼう。」
砂漠の上にきざまれてきた二組の足あとは、また一組になり、やがて遠くに小さくなりました。
