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「青の姫 The Blue Princess」第十八章 庭師(創作大賞2026ファンタジー小説部門)

第十八章 庭師 ー 花咲かせ実らせる人

青は、はてしない砂漠を歩いていました。
商人や旅人たちが休む隊商宿では、実に面白い人々に出会いました。彼らからきく話は、眠るのも惜しいくらいでした。また、彼らから、旅するためのたくさんの知恵ももらいました。

ある商人は、青がこれから行く砂漠の中にあるという「緑の庭園」のことを話してくれました。
「それを見たのは、あっしじゃないがね。遠くに緑の宮殿みたいなものを見たっちゅうんだ。おおかた、暑さで頭がぼうっとしちまってたんだろう。砂漠のど真ん中にそんなものがあるわけがない。」

頭がおかしくなるのもむりはない、というほど、その道のりは長く、険しいと、旅なれた彼らでさえ、恐れていました。
「あんた、本当にひとりで行くのかい?たいした度胸だね。神さまのご加護かごを。」
そう言いながら、自分たちの神さまに祈ってくれました。

彼らが案じたのもどうりでした。何日も何日も風景は変わらず、砂以外何もない砂漠がつづきます。だれにも会いません。どこにいるのか、わからなくなってきました。水も尽きてきて、このままだと命もあぶないー したたった汗が砂の中に吸いこまれ、青の頭もぼんやりしてきました。
そのときです。地平線の上に本当に小さく、緑色の点が見えました。
見まちがいでしょうか?いいえ、何回まばたきしても消えません。
それが何だろうと、行くしかない。青は自分の眼だけを信じて進みました。
ぜったいに見のがすものかー足を引きずるようにして一歩、一歩、進みます。それは気づかないくらいゆっくりと大きく、はっきりしてきました。

とうとう目の前に、背の高い樹々にかこまれた森のようなものあらわれました。
これこそ、商人が話していた「砂漠の中の庭園」だったのです。

しかし入り口が見当たりません。つかれきった足で、あちらこちらを回るうち、とつぜん、つるにおおわれた弓型の小さな門が見えました。緑の中にあったので、見えなかったのです。
青はためらうことなく、そこへ入っていきました。中は葉がたれさがって、涼しい日陰をつくり、まさに天国です。
今度は、高く厚い壁のような緑の生垣があらわれました。それは人ひとりが通れるすき間を持った通路になっていました。周りは何も見えず、みちびかれるままに歩いていきます。
とつぜん、通路は行き止まりになってしまいました。元に戻って、緑の壁を調べていると、とつぜんもうひとつ、入り口が見つかりました。そこを進むと、また道はつづきます。しかし、ふたたび行き止まり。また戻ってさがすと、別の道がある。そんな風にくり返しているうちに、青は自分が迷路の中にいるのだと気づきました。

この庭の持ち主が青をこばんでいる、あるいはためしているようでした。もうふらふらでしたが、砂漠に戻るくらいなら、この中を迷っていた方がましです。
青はしんぼう強く、進みました。少しずつ中心に近づいているようです。
ひとつの生垣を曲がったときです。さっと目の前がひらけて、青空の下に見えたのはー
花の咲き乱れる庭でした。
緑の生垣にかこまれた花だんが図形のように組み合わさり、その中に絵の具をまきちらしたように、色とりどりの花があふれています。ところどころに石や木でできた人間の像が立っており、その中心には噴水があって、水面には葉の中に美しい花が浮かんでいます。噴き出す水はいろいろな形の水の踊りを見せていました。それは見えない音楽のようでした。
何かとてもいい香りがただよっていました。それは一本のだいだいの樹で、さわやかな甘い香りは、濃い緑の葉のかげに咲く小さな白い花から発しているのでした。
その樹の奥に一軒の家が見えました。
全体がやわらかな黄色にぬられた二階建ての家で、赤茶色の屋根には煙突が一本立ち、白い木枠の窓がいくつかついています。黄色の壁には模様が刻まれて、あざやかな紫色の花がつるになってからんでいます。近くにはれんがで作った小さな池があり、うす桃色のすいれんが一輪咲いていました。その葉かげに金魚がさっと尾をゆらしました。さらにはなれて野菜畑があり、しっかりした太い枝で作った支柱が何本もならび、からんでいる豆の木にあざやかな赤い花が咲いていました。畑にはいくつもの野菜が植えられ、そのまわりをりんご、梨、いちじくなどの果樹がぐるりと取りかこんでいました。そのとなりには、とんがり屋根の東屋あずまやがあり、こちらにも卓と椅子がいくつかおかれていました。
家の扉も窓も開いています。のぞきこむと、食卓の上には、庭からとってきただろう果物が大皿にもられ、焼きあがったおいしそうな菓子もあります。庭の花々が花びんに生けられてあります。
もうすぐやってくるお客を待っているか、この家に住む人たちがお茶をするために用意されたばかりのようです。

家のあるじはどこにいるのでしょう。
青はもう一度家の入り口に戻って、呼び鈴をさがしましたが、見当たりません。しかたなく、声を上げて呼びかけました。
「こんにちは!どなたかいらっしゃいませんか?」
とつぜん、後ろで、どさりと何か音がしました。ふりかえると、立っていたのは、麦わら帽子をかぶって、大きな前かけをした、真っ白なひげの老人でした。足元には大きなかごがあり、中にはとったばかりの野菜や果物が入っています。
青はあわてて、言いました。
「私は旅のものですがー こちらのご主人でしょうか?」
その人は青の顔を見もせず、だまって家の中に入っていきました。麦わら帽子を壁にかけて、前かけをはずすと、お茶をわかしはじめました。
やがて老人は、お茶の入ったきゅうすと茶わんをお盆にのせて持ってきました。
風邪でもひいているのか、何回も何回も咳ばらいをします。とうとうしわがれた声で、短く言いました。とても聞きにくい声で、ずいぶん昔の言葉でした。
「茶はいらんのか?そこに座るといい。」
青がとまどいながら席につくと、老人は茶わんに茶をそそぎ、果物や菓子を切り、だまって青の方に押しやるのでした。どれもとてもおいしいのです。
青は思い切って、また話しかけました。
「こちらはあなたのお庭と家ですか?とてもすばらしい場所ですね。」
老人は茶を飲みながら、何も言いません。
「こちらの庭を見せていただけませんか?それと・・・庭園のすみでもかまいませんから、今晩はこちらで眠らせてもらえないでしょうか?」
その人はしばらくだまっていましたが、やがて立ち上がり、かすかにあごをしゃくる仕草を見せました。青はあわてて、ついて行きました。
その足が止まったのは、二階のある部屋でした。扉を開けると、青は、思わずおどろきの声をもらしました。
古い木のはりで支えられた白いしっくいの壁、鉄でできた古い寝台は今すぐにも眠れるように、きちんとととのえられています。鏡のついた机には、顔を洗うためのたらいと水差し、花が生けられた花びん、花の絵が描かれた小さな本。足元には、草木や花が織られたじゅうたんがしかれています。寝台のとなりの椅子には、さっぱりした寝まきまでかけられていました。
外から見えた白枠の窓からは、先ほど見た野菜畑やあずま屋が見わたせました。

「こんなお部屋に私が泊まってもよいのですか?」
おどろく青に、老人はのどに何かがつまったような声で言いました。
「わしは庭師だ。庭なら、好きなだけ見ていくがいい。急ぐ旅なら、止めはせん。」
扉が閉まりました。

ぐっすりと眠った翌朝、青はぴーいぴーい、という高い鳥の声で目覚めました。鳥たちは朝早くにいっせいに鳴くのです。窓を開くと、朝日がのぼってくるところでした。何か小さな動物が、さっと樹のかげにかくれました。
この緑の園の外が砂漠とは、まったく信じられませんでした。

降りていくと、食卓の上には一人分の朝食がおいてありました。庭師の姿は見えません。青は大急ぎで朝食をとると、外に出ました。
庭師は野菜畑にいました。キャベツを植えた列の上に網を張っていました。よく見ると、葉には蝶の幼虫や鳥が食い荒らしたあとがあります。それをふせぐためでしょう。
青は見よう見まねで手伝いはじめました。庭師は青をちらっと見やりましたが、何も言いません。二人は仕事を終えました。
この日から、青は庭師の弟子になりました。

庭には今まで見たこともない、変わった植物や木がたくさんありました。
葉のうらを引っかくと黒いあとがつく「紙片しへん草」と、鉛筆のように固くまっすぐな枝の「鉛筆草」。これで本当に書くことができました。そのまま頭にかぶると花の帽子のようになる「帽子花」、二本の樹が枝でつながっていて、そこに洗濯ものを干せる「洗濯の樹」。一つの枝に固い葉がびっしりと下に生えて、雨傘になる「傘の樹」。なめらかな細い、つややかな毛のようなものが生える「かつらの樹」。木の幹に字のような筋があらわれる「本の樹」。丸い器のような形の花は「一杯花いっぱいか」。雨水などをためて、そのまま飲めるのでした。ただの水よりもほんのりと甘く、青はよくそこから飲んだものです。とくに朝つゆの味はかくべつでした。
「冬の長者」は真冬にたくさんの実をつけてくれ、それがあればひと冬をのりきれると言われています。
「画家のよろこび」は一本にいろんな花が咲き、それもどんな色が出るかは咲くまでわからないのです。花びらをしぼると、絵の具として絵を描くこともできました。
「貴婦人の匂い袋」は爪の先ほどもない白い小さなつつましい花ですが、他にも、花に鼻を近づけても何も香らないのに、ずっとはなれて、かすかな風が吹くと、えもいわれぬ、気品にみちた香りがただよいます。まさに貴婦人と呼ぶにふさわしい花です。青は母君を思い出しました。

庭の日当たりの良いところに、ぽつんと枝ばかりが見える小さな苗木がありました。ひよひよと弱々しい枝がだらりと地面に伸びているだけで、葉もついていません。
枯れていると思って、ひっぱって抜こうとしたときです。気づいた庭師が走ってきて、するどく叫びました。
「これはぜったいに抜いてはいかん。」

とうとうある日、その木の枝のすき間に小さな明るい緑の芽が、見えました。細長い葉がとてもゆっくり、時間をかけて長く伸びていきます。相変わらずあまり面白いものには見えませんでした。
雨が止んだある朝、青はその木の前でおどろきのあまり、ひざをついてぺたんと座りこんでしまいました。
細い葉が伸びた中に、まるで大きな瞳のように、または水色と深い青の湖のようにも見える、大きなもようがあらわれているではありませんか。
「孔雀の樹。」
いつのまにか後ろに立っていた庭師が、その名をつぶやきました。
庭の中に一羽の孔雀が休んでいるかのようでした。
「これはめったに咲かんのだ。この間咲いたのを見てから、十年はたっているだろう。何ごとも急いではならん。」

鈴のような丸い実がいくつも垂れ下がる樹は、風に揺れると、ちりんちりんと音を鳴らすので、「風鈴の樹」と庭師は呼んでいました。それはここちよい音楽となって、耳を楽しませてくれます。また風の強さや性質によって、たてる音はことなり、それによってそのときの天気や季節がはかられるのでした。
ある、風のそよとも吹かない日、青は思わずこの木の実を手でゆすって、その音楽を聴こうとしました。ところが、実は、耳障りな音をちゃりん、ちゃりんと立てて、それはいつもの美しい音とはちがいます。
少しはなれたところで、雑草をむしっていた庭師が、下を向いたまま、言いました。
「人の手では鳴らせられんのだ。自然の風に吹かれるときだけ、えもいわれぬ音楽となる。そのように進化したのだろう。だが皮肉なことに、われわれ人間ほど、その音を喜び、楽しむものはおらんだろう。」

庭のすみに、小さな黄色の花をつける樹が一本、生えていました。その花、葉、幹などを見ても、これといった特徴はありません。
「これはどういう樹なのですか?」
「こがねの樹。」
「どういう意味ですか?」
「まあ、見ているがいい。」
花が終わると、それは固い実となりました。やがてだんだんと実が大きくなりましたが、それは平べったく、そして正確な円を形作っていきます。そしてとうとう秋になったある日、青は、なぜそれが「こがねの樹」と呼ばれるのかを、見ただけで悟りました。それは全く、樹に金貨がなっているようにしか見えませんでした。実はとても硬くて、黄金のような輝きを発します。庭師はひとつ、実をもぎとると、青の手のひらに乗せました。
「かつては、この樹はある国の統治者の畑に、厳しい管理のもとに植えられていたのだ。その種は発芽しないようにされた後、本当の貨幣かへいとして用いられた。発芽するための種は、王とその世継ぎだけが、だれにも知られぬ場所に守っていた。だが、ある時、この樹と種をめぐって戦が起こり、国はほろんだ。ーと言っても、はるかいにしえのこと。今は、おそらくこの一本しか残っていない。わしはただの庭師だし、この実はただあるがままに実をつけて、落ちるだけ。」

また竹林の一角もありました。そこはとても静かで、高い枝がゆったりと風にゆれて、枝同士が当たると、かたかた、と快い音を立てました。細い葉がさらさらと鳴ります。その中がぽっかりと空いて、竹で編んだ椅子がひとつおいてあり、座ることが出来るようになっていました。
庭師はここを「瞑想めいそうの庭」と呼んでいました。
「人間の世界では、いつも何か聞きたくない音にさらされている。時にはひとり静かにすごす場所と時間が必要だ。」
「でもあなたはひとりきりなのだから、必要ないでしょう?」
青が思わず聞くと、庭師はふいをつかれたようにだまり、ぷいとどこかへ行ってしまいました。
庭師がきげんの良いときには、はるか東方には、このような竹林に囲まれた国の話をしてくれました。そこではあるとき、一本の竹の中から小さなお姫さまが見つかったという物語があるのだそうです。
「その国では、早春、葉が開く前に、白にかぎりなく近いうすい桃色の花がびっしり全身をおおう樹がある。それは一週間で散ってしまうのだ。だがその国の人たちは、その散るすがたこそ貴い、とめでるそうだ。」
青は、その国にぜひ行ってみたいと思いました。

この庭は一つの国、宇宙のようなものでした。
どこかの王や貴族、大金持ちのものであって、老人はその庭師なのではないかー 青はそんなことを考えてみました。この小柄で無口で、老いた、しかしがんじょうな肉体を持ち、もくもくと樹や花の世話をするこの人が、庭の持ち主にはとても見えなかったのです。しかし何日いても、他にだれもいないし、来るようすもありません。この人が、ひとりきりでこのおどろくべき庭をつくりあげ、今も一人で守っているのはまちがいないようです。
青はどうしても聞かずにはいられませんでした。
「この庭をどうやって作りはじめたのですか?たったひとりで?どうしてここに?」
庭師はそれをきくとむっつりとして、一日中口をききませんでした。聞いてはならないことのようでした。

庭仕事は楽しいことばかりではありません。ときには植物にいやなお客がやってきます。病気や虫です。
庭師は新しい芽にびっしりついて、むしゃむしゃと食べている毛虫を、ようしゃなく指でつぶしながら、言いました。
「この厄介者たちがどうしてこの世にいるのか、わしにはわからん。きっと理由があるのだろう。こやつらも生きていて、子孫をふやそうと、けんめいなのはわかる。植物だってそうなのだ。わしが切ったり、抜いたりしなかったら、どんなにきれいなものも大きくなりすぎて、ほかのものの居場所をうばってしまう。この庭ぜんたいを生かすためには、あっちこっちを切ったり、結んだり、抜いたり、植えかえたり、いろんなことをせねばならん。ならずものは追い出さなくてはいけない。『秩序ちつじょ』というやつが必要だ。」
庭はやはり、ひとつの国のようで、庭師はそこを治めているのでした。

ある冬のこと、二人は樹々の刈り込みをしていました。冬は庭づくりに大事な季節です。秋にまいた種を育て、土に肥料を入れたり、伸びすぎたり、古くなった枝を切り、整えなくてはいけません。はしごを使って、一本ずつ鋏を入れていきます。ある樹の前に来ると、庭師はちょっと目をやっただけで、その樹をとばして次へ行きます。見たところ、ぼうぼうと枝が伸びほうだいです。
「この木は手を入れなくてよいのですか?」
庭師は首を振りました。
「何でもきくのではなく、自分で考えてみろ。」
そう言って、大きな鋏をしゃきしゃきと、小気味よい音を立てて、樹の枝を切りはじめました。青はその樹を眺めて何日も考えてみましたが、ほかの樹とちがったところは見あたりませんでした。
ときは流れ、いつか、ほおにふれる風はかすかにやさしくなり、空気はしっとり、しめり気をおび、空の青色が夢でも見ているような、やわらかな色になりました。
春が来たのです。
小さな黄色の野花が顔をのぞかせているのに気づいて、青が地面にかがみこんでいると、耳元で何かの音がきこえました。それは一羽の鳥で、ぱっと飛びあがると、庭師が切らずにいたせいで細かい枝がぼうぼうと伸びている樹の中に飛び込みました。しばらくすると、また忙しそうに樹から飛び出してどこかへ飛んでいきました。青は樹に近づいて、細かい枝をじっと見つめました。よく見ると丸いかたまりのようなものが枝の間に見えました。鳥の巣です。
「あの樹を、そのままにしておかれたのかわかりました。季節だけが教えてくれるものがあるのですね。」
庭師はかすかな笑みを浮かべて、青を見つめると、だまって作業をつづけました。ところが、それはまだ本物の春ではないのでした。夜はまだまだ冷えます。
ある夜、とつぜんひどい嵐になり、風と雨が一晩中荒れくるいました。翌朝庭に出てみると、せっかく芽吹いてきた葉や枝が折れて、あちこちに吹き飛ばされています。春さきの天気は予想もつきません。
庭師は、あの鳥の巣がある樹の下で、かがみこんでいました。その手には、何かがのっていました。まだ黄色っぽい、ふわふわしたにこ毛をまとった小さなひなで、ぶるぶるとふるえていました。
「昨夜の嵐で、巣から落ちたのだろう。」
見上げると、巣は風で飛ばされて、あとかたもありませんでした。季節が変わるときの自然の力のすさまじさ。少しはなれたところには、ひなの兄弟が、見るも哀れな姿で動かなくなっていました。
二人は生き残ったひなを家につれて帰りました。庭師は、急ごしらえのひなの寝床を作ってやり、暖炉にちかい、あたたかい場所において、水や、やわらかくした食べ物を少しやりました。ひなはひどくおびえて、かん高い声で、ぴいぴい叫びました。高い樹の上の居心地のいい巣の中で、親鳥が運んでくれるえさを待つしか知らなかったのです。
庭師はできるかぎりのことをしてやり、ひなはつぶらな黒い目を閉じると、眠ってしまいました。
次の日、目覚めると青姫はまっさきにひなを見に行きました。眼をぱっちり開けて、体をばたばたさせています。ここから飛び出したいのですが、まだ飛ぶことすら出来ないのです。
青姫はひなをつれて庭へ出ると、芝の上で歩かせました。青についてよちよちとうれしそうに歩きます。
なんとか育てられるかもしれない、と青は思いました。しかし庭師はきびしい顔でした。
「人間に野生のものは育てられん。できるかぎり元の場所へ帰してやることだ。」
軽い丈夫な箱に小枝をしきつめ、ひなを入れました。ひなが落ちていた樹のところへ行くと、はしごに昇って、届くかぎり高い枝に、その仮の巣を吊り下げました。
「親鳥が戻ってくればいいが。」
樹の枝から吊り下がっている小さな巣は、なんともたよりなく見えました。
「親鳥しか、ひなを正しく世話して、巣立たせる方法を知らぬのだ。人間が勝手に手を出して、いっとき救えたとしても、野性の世界で生きぬく術を教えてやることは出来ない。」

夕方、二人がもう一度、樹のところへ行ってみると、仮の巣はかたむいて、中にいたひなの姿はありません。あたりを探すと、近くの茂みに、ひながうずくまっていました。親鳥にふたたび会うことはできなかったのです。一日中、食べも飲みもしなかった、ひなはぐったりしていました。二人は仕方なく、またひなをつれて帰りました。ひなはかごの中でうとうと眠っていました。

翌朝、青がひなの様子を見に行くとー
ひなは目を閉じて、小さなくちばしをかすかに開けたまま、動かなくなっていました。
二人はあの樹の根元に穴を掘り、ふわふわした黄色い産毛をまとったままの小さな体を横たえ、早春に咲き始めたばかりの白い花をそばにそなえて、埋めました。
「これが野生の命だ。自然の中に生まれて、その力によって生き、死ぬ。そして自然にかえる。」
ひざまずいて、まだ涙を流している青に、庭師は重く、力強い声で言いました。
「花や樹も同じだ。人間だってそうなのだ。」

やがて、本当に春がやってきました。
ひなを埋めた樹はうす桃色の花をいっぱいに咲かせていました。あと数週間生きてさえいれば、あのひなは巣立ち、この庭を飛び回っていたことでしょう。飛ぶことも知らずに天に昇ってしまった。大人の鳥にはなれなかったけれど、樹に、花になったのだ、と青は思いました。

ある日、二人は大きな鎌を腰にさげてふるいながら、背丈ほどに伸びた草を刈りこんでいました。うっ、という小さな声がしました。庭師が足をおさえて、うずくまっていました。真っ赤な血がにじんでいます。鎌をもつ手がすべったのです。青は布のきれはしで、傷口をしばって血を止めました。医者から学んだとおり、消毒し、包帯を巻きました。庭の中から薬草になるものをすぐに見つけて薬を作り、傷につけます。切り傷をほうっておくと、命にかかわることもあると、身をもって医者から教わったのです。

「旅人とは、たいしたものだな。」
手当てを受けながら、庭師がつぶやきました。
二人は夕飯をすませ、あたたかいお茶を飲んで、くつろいでいました。
庭師は茶わんを両手でかかえて、あたたかいはちみつ色の灯りの光を見つめながら、語りはじめました。

「・・・ずっと昔のことだ。わしが、ちょうどお前さんくらいの年のころさ。わしはひどく引っ込みじあんな若者だった。花や木が相手ならつとまろうということで、ある庭師の親方のところで修行することになった。親方がわしに目をかけてくれて、手取り足取り教えてくれると、兄弟子たちからねたまれるようになった。あるとき、仕事場で親方の大事な仕事道具がなくなった。わしが盗んだのではないか、などと根も葉もないうわさが流れた。わしはうまく説明ができなかったから、ついには親方もわしをうたがった。
何も悪いことをしていないのに、町の中でも後ろ指を差されるようになった。けっきょく、親方のもとをはなれ、別の町へ移って、新しい仕事を探した。
すると、やっぱりそこでも嫌なやつはおるのだ。新しい親方はよそから来たわしを信用していないのか、なかなか仕事を教えてくれない。ちょっと失敗すると、ことさらにしかりつける。わしは心が折れそうになった。
もう今日こそは、仕事をやめようと思って、暗い顔で道を歩いていると、上の方から歌が聞こえてきた。見上げると、高い窓から身を乗り出して、花に水をやっている若い娘が歌っていたのだ。その娘は、わしに気づいて、にっこりとほほえんだ。それだけで何か心が明るくなって、もう少しがんばってみよう、と思えた。
それからは用もないのに、ちょくちょくその道を通るようになった。
歌声が聞こえると、その窓の下に早足で近づいたものだ。
いつしか、わしと娘は言葉を交わし始めた。
ああ、あのときは本当に勇気がいった。
「ちょっと降りてきて、いっしょに散歩でもどうだい?」

わしらは、人目につかないように夕方暗くなってから、おしゃべりしながら、街中を歩き回ったものだ。思えば、あれがわしの一番幸せなときだった。
あるとき、どしゃぶりの雨にふられた。わしらは、そばの小路に逃げ込んだ。そのときだ。わしらは抱きあって、せっぷんした。
雨だというのに、世界がいっぺんに輝きはじめ、わしの前に、見たことのない美しい花がひらいたようだった。
親方もたいそうきげんがよく、「お前にはなかなか見こみがある。もう少しむずかしい仕事を任せよう。給料も上げよう。」と言われたときには、わしの頭は、娘との未来でいっぱいになった。
なけなしの金をはたいて、買った指輪を胸もとにしのばせて、娘の住む窓の下に行った。
ところが、窓は閉まっていた。次の日も、また次の日も。一週間通いつづけても、窓は閉じたきり。娘が病気でもしているのかと、心配でたまらなかった。
とうとう勇気をふるって、はじめて娘の部屋まであがっていった。花と指輪をたずさえて。
大きく息を吸って、扉をたたいたが返事はない。たたきつづけると、隣に住んでいるおかみさんが、顔をのぞかせて言った。
「うるさいねえ、留守だよ。」
「ここに住んでいる娘さんに大事な用があるのです。病気でもされているのですか?」
おかみは、さもおかしい、という風に笑い出した。
「病気どころか、一晩中だって踊っていられるだろうよ。お嫁に行くことが決まったんだから。今はお式の準備で忙しいのさ。」
心臓を短剣で、ぶすりと一突きされたようだった。

心がうつろのまま、足を引きずるように仕事場に向かうと、親方をかこんでみなが手に手に酒の杯を持って、笑いながら、おめでとう、おめでとう、と叫んでいる。
酔っぱらった親方のとなりにいる若者が祝われていた。ついこの間、町から戻ってきた親方の息子だった。庭師としての仕事はろくにしたことがないのに、親方のあとをつぐことになっていた。
「おお、いいところに戻ってきた。せがれに仕事を教えてやってくれ」と、上きげんの親方が呼びかけた。
仲間のひとりが教えてくれた。
「親方のせがれが婚約したのさ。ほら、あの通りの、上の部屋に住んでいるきれいな娘さ。会ったとたんにひとめぼれさ。」
ふらふらと店の外へ出ると、めくらめっぽう歩いて、町外れの野っ原につくと、わしは地面にたおれこみ、おいおい泣き叫んだ。だれも聞くものはなかった。
だれよりも信じ、愛した人が、だれよりも手ひどく、うらぎる。人の心がわからない。人間はおそろしい。きたない。
のぞみは消えはてた。わしは親方のもとを去った。
なにもかもどうでもよくなり、飲んだくれて、町から町へさまよった。生きたいとも思わない。ただ歩きつづけて、気づけば町から遠ざかり、砂漠に来ていた。死にたかった。
砂漠の中で水もなくなり、歩けなくなった。熱い砂の上に横たわった。
どれくらいの時がたったのか?
さらさらと水音が聞こえてきた。ああ、天国についたのだと思った。
その音はしだいにはっきりしてきた。思わず起き上がり、音のする方へはっていくと、小さな古い井戸が、ほとんど砂にうもれていた。そこから水をくんで、飲んだ。その水ほどうまかったものはない。
後に知ったことだが、この一帯には、古代にとてつもなくすぐれた民族が栄え、彼らははるか遠くの山脈の雪どけ水を、砂漠の下に水路をつくって引いたのだ。何かの理由で、彼らはこの土地から消え去った。だが、水路は残り、わしはそれに救われたと言うわけだ。
わしは、それ以来ここに留まり、井戸に降りていき、長い年月をかけて、地下水路を研究した。そして一本の樹の苗を植えた。それが育つと、小さな畑を作った。そのようにして少しずつ広げていった。庭を作っていると、夢中になり、つらいことも忘れた。
何十年もの作業によって、樹々は成長し、緑は広がり、庭園となった。わし自身、これほどのものになるとは想像もしなかった。すべては自然の力だ。

わしはもう、人間たちが住む町へ帰る気はなかった。植物は、心をこめて世話をすれば、成長し、花を咲かせて、こたえてくれる。あるがままに生きている鳥や虫たち。彼らといると心が安らかになれた。
わしはこの場所で生きると決めた。たったひとりでも。いや、ひとりが一番いいとー」

青は、この庭が生まれた理由を知ったのでした。

ここでは、あらゆる植物や花を見ることが出来ました。しかし、たった一つだけ見つからないものがありました。それはふるさとの国に咲いていた青い花です。
ある時、青は庭師にその花のことをたずねてみました。
「私の国では、名もない草とされていました。あなたはそんな花は植えないでしょうね。」
「いや。わしは、他人の決めた良し悪しなど、まったく考えに入れない。自分がよいと思えば、珍しいものだろうと、その辺に生えているものだろうと、庭に加える。その花はお前さんから見て、価値あるものなのかね。」
「私にはその花の価値はわかりません。ただ心ひかれてやまなかったのです。その花を見ると、心が浮き立ち、身につけると、うれしい。みんなはつまらない花だと言っていましたが、私には特別なものに見えたのです。」
庭師はうなずきました。
「それは『お前さんの花』なのだ。」
「私の花?」
「誰でも『自分の花』というものを持っている。もっとも、花に目をとめ、香りをかぎ、道ばたで咲いた一輪の小さな花に気づく者なら、だ。『自分の樹』かもしれない。とにかく、それを見ると気持ちがひかれるのだ。仲間のような近しさ、心が通うような気がする。それが『自分の花』だ。」
「あなたの花は?」青はたずねました。
庭師は、庭全体を見つめました。
「わしにとっては、一つではない。花そのもの、植物というものがすべて、わしの心なのだ。」
大きな柳の樹の幹をさすります。
「わしはすべてを捨ててきたが、この庭はわしにすべて与えてくれる。」
風が吹いて、柳のやわらかな細い葉がついた枝が、庭師の肩や背中をさらさらとなでます。
庭師と庭は彼らにしかわからない言葉を交わし、与え合って生きているのでした。しゅをこえて、親であり子供であり、友だちでした。

ある夜、夕食を食べながら、青は庭師に言いました。
「そういえば、今日は私の誕生日なのです。」
科学者からもらった暦で、今も日にちをたしかめていました。
「昔は祝ってくれる家族がいましたが。」
城で暮らしていたころの思い出が口からこぼれました。
庭師は立ち上がると、青を庭へ誘いました。
青が灯りを持っていこうとするのを止めて、真っ暗な庭を進んでいきます。
やがて一本の樹の前で止まりました。
それは「燈心木とうしんぼく」という樹でした。
前に庭師が「この実はろうに似ていて、火をつけると灯るのだ。」と言っていたのを思い出しました。
庭師はふところから燐寸マッチを取りだすと、一番下にあった実に火をけました。それは、ぱあっとあざやかに灯りました。本物の灯りよりも、あたたかく強い光でした。
庭師ははしごを使って、とうとう全部の実を灯しました。
真っ暗な庭園に一本の樹がまぶしくかがやいています。
樹の灯りが庭を明るく浮かびあがらせました。花や木々が黄金色の光を受けて、庭師すら見たことがない庭がそこにありました。

「私のために全部の実を灯してしまうなんてー」
青は庭師と樹にすまないような気がしました。 
それはつまり、実をぜんぶ焼いてしまうということなのです。

「いいのだ。この樹は灯りをつけてほしがっていた。そのために実をつけたのだから。」
庭師は満足そうに輝く木を見つめました。それからぽつり、と言いました。
「わしはこの何十年、自分のも人のも、誕生日を祝ったことがない。」

「ではあなたの何十回分の誕生日も祝いましょう。」
青は庭いっぱいに響きわたる声で叫びました。
「誕生日おめでとう!」
「誕生日・・・おめでとう。」
ちょっと言いにくそうに、ゆっくりと低い声でくり返しました。ー なにしろ何十年も言ったことがなかったのですから。 
燈心木は、かがやきをいっそう増したように見えました。

この庭に来てから、どれほどの時がたったのでしょう。いくつの季節がめぐったのでしょう。
ある日、二人は一日の仕事を終え、あずま屋で夕食をとっていました。気持ちの良い夕方です。青がパン屋に習ったおいしいパンを焼き、二人で作った野菜や果物を使って、旅のとちゅうで習った料理をふるまいました。庭師が作ったぶどう酒といっしょに味わいます。

「うまい。」
いつものようにぶっきらぼうでしたが、庭師の言葉は心からのものでした。
だまっていても、二人の間にはここちよい空気が流れていました。それはわかり合っている人たちの間にだけ起こります。

食事を終えると、庭師が立ち上がりました。
「お前さんに見せたいものがある。」

何か新しい植物でしょうか?
ついていくと、庭師が止まった場所で、青は、あっと驚きました。
初めてこの庭にたどりついたときに困らされた迷路、その高い緑の生垣が、中心の花だんと同じくらい低く刈り込まれていたからです。最近、庭師は仕事が終わった後も、「やることがある」と言って、夜遅くまで帰ってきませんでしたが、これが理由だったのです。
今や、人をまどわす迷路はなくなり、庭全体が広々とひらけて、見わたせました。
入り口には小さな真新しい木戸が取りつけられていました。腰の高さくらいで、鍵もついていません。訪れた人がいつでも入ったり出たりできる扉です。
青はおどろきのあまり、言葉が出ません。
やさしい風が、さあっと二人のまわりを吹き抜けました。ピンク色の小さなバラがその枝をゆらし、花びらがはらはらと風にのって舞いました。
その最後の一枚を目で追うと、庭師は青にゆっくりと向きなおりました。

「旅立つときが来たな。」
青も感じていたことを、庭師も感じていたのです。

「お前さんと別れるのはー」
庭師の口が開いたり、閉じたりをくりかえしました。目を閉じて、深く息を吸うと、一気に言いました。
「さみしい。」
その顔は今まで見たことがない表情を浮かべていました。
庭師はぬれた頬を、分厚い手のひらでこすって、その手をじっと見ました。
「わしは長い長い年月をかけて、この庭を作ってきた。たくさんの樹や花を植え、たんせいこめて、あらゆる技をこらした。ひとりでできることは、やり尽くした。だが、いくらやっても、この庭を完成するための何かが足りない、と感じていた。それは植物ではないと思い、彫刻を作った。いろいろ造ってみたが、結局、人間の形になってしまう。わしの大きらいな人間。だが、それでも何かが足らなかった。
ある時、だれも来ないのに、花をいけ、菓子や茶の用意をした。すると、何となく楽しく、心があたたかくなった。だれかのための部屋も作った。そう、お前さんが今いる部屋だ。
いっしょに暮らし、庭仕事をして、花や木を見て、茶を飲み、その日にあった出来事を話し合える。わしはそんなだれかを待っていたのだ。
そんなときだ。お前さんがあらわれたのは。
本当は、お前さんがこの庭園に入ってきたときから、見ていたのだ。生垣の迷路の中でどれだけ迷っても、あきらめないのを見ておどろいた。
そしてとうとう庭の中心にたどりついたとき。正直に言おう。わしはお前さんがこわかったのだ。人間と話す言葉すら忘れておった。だが、ふれあってみたいという気持ちがおさえられなかった。
自分でもおどろいたことに、いっしょに庭仕事をするのは楽しかった。二人で咲いたばかりの花を見たり、季節の中で変わっていく庭をながめると、今までに気づかなかったことに気づき、より深く感じることが出来た。わしらは目も、耳も、鼻も、手も、足も、頭も、心も違う。お前さんといると、この見なれたはずの風景、樹や花や、鳥や虫たち、すべてがどれほど新しく感じられたことだろう。
わしはいつしか、それらを見なれてしまい、本当に見たり、感じたりすることを忘れていた。だが、お前さんときたら、何にでもおどろく。
そしてわしとちがって、心に感じたことや考えたことをすぐに口に出し、伝えようとする。
いつしか、自分もそうしたいと思うようになった。昔、人をうたがったりすることを知らなかった子供のころのように。
だれかと分かちあえることー 自分がどれほどそれを求めていたか、ようやくわかったのだ。
お前さんはわしに、もう一度人を信じさせてくれた。人と心を通わせる幸せを。
お前さんがこの庭を完成させてくれた。そしてわしという人間を。
ああ、わしという花がとうとう咲いたのだ、そして実った!」
庭師は、ひきつれたような声をあげました。それは思い出せないくらい長い間やっていなかったことー笑ったのです!いつもまぶかにかぶっている麦わら帽子を空に向かって放り投げました。青空の下、太陽の光に、その緑色の瞳が輝いていましたー 彼が若者だったと同じように。

青もまたどれだけのことを庭師から学んだでしょう。
「あなたは待つことの大切さを教えてくださいました。」
「たしかに、わしほど待った人間はおらんだろう。だがもう終わりだ。さあ、できるだけ多くの人たちに知らせてくれ。この庭園のことを。わしはいつでも、だれでも迎えよう。やってくる人々の中に、わしのあとを継いでくれる若者がいるかもしれん。」

庭師は青に、貴重な植物の種や、貴重な薬となる花や実を乾燥させたものをいっぱいにつめた麻袋を渡しました。それらの名前や性質、どうやって使うか、どんなことに役立つかが、小さな字でびっしり書かれた小さな紙もいっしょに。これがどんなに重要なものか、今の青にはわかっていました。
「困ったことがあったら、売るといい。めったに手に入らんものだ。」
青が今までの礼を言おうとすると、首を振って押しとどめました。
「話してくれたろう、ふるさとの国に咲いていたという青い花のことを。いつかその種を送ってくれ。その花が咲いたら、お前さんがこの庭にいると思える。」

青が初めて、この砂漠に浮かぶ庭に足を踏みいれた門。今、二人はゆっくりとその門までやってきました。木々の緑の上には青空、先にははてしなく続く砂漠が見えます。ここからまた一人の旅が始まるのです。人と言葉を交わさない日々がつづくでしょう。
しかし、いつも旅立つときのように、心をふるいたたせます。

庭師はその新しい木戸を初めて開きました。
そして青をまっすぐに見て言いました。
「ありがとう、友よ。」
二人は固く手をにぎり合いました。

庭を出て、しばらく歩いてふり返った時、一番高い木の上に、大きな白い看板が見えました。
「ようこそ」
その言葉がくっきりと、いくつもの言語で書かれていました。青が庭師に教えたのです。遠くからでも、はっきり見えます。

もう涼やかな葉陰はありません。むきだしの太陽がかっと照りつけます。からからに乾いた大地へ一歩、また一歩。
砂漠の中にそこだけ楽園のような緑の庭が浮かび、正面の木戸のところに、小さな人影がまだ手を挙げて立っているのが見えました。
らくだ色の砂地と青空の間に、最初に見たときのように小さな緑色の固まりになって、やがて見えなくなりました。

青は、庭師からもらった花や種子を、さまざまなところで、ことなる理由で使いました。それぞれがふしぎな道を経て、世界中に広がっていきました。砂漠の中の庭園は、のちにこの世の驚異、奇跡のひとつとして、世界中に知られるようになりました。


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