「まだオムツ?」一番うるさいのは外野だった
ふう。やっと寝た。
息子の寝顔を見ながら、そっとドアを閉める。
リビングに戻ると、夫が真剣な顔で「話がある」と言ってきた。
ああ、あれかな。
さっき、義母から電話がかかってきて、2階でひそひそ話していた。一体何の話だろう。
「ちょっと待ってて」
私はオムツを手に取り、寝室に戻る。今日も息子は、寝る前にオムツを替えたくないと駄々をこねた。
私はため息をつき、大の字になって寝ている息子のズボンを脱がし、パンパンのオムツをそっと替えた。
年少になった4歳の息子は、まだオムツだ。
「トイレ行ってみる?」と聞いても頑なに首を横に振る。「おにいさんパンツ、かっこいいよ」と言っても、「こっちがいい」とオムツを指差す。
去年の夏には、自分からトイレに座れてた。私も「いよいよか」と鼻息を荒くし、トレーニングパンツやこども用便座を買いに走った。しかし、今やすっかり興味を失った様子。
私が、保育園で「パンツ履いてるの」と他の子に声をかけたのが悪かったのかな。パンツを履く気になったとき、お漏らしを恐れて私が慌てたのが、ダメだったのかもしれない。
保育園では、みんなと一緒にトイレに行っているらしい。先生は「焦らなくて全然大丈夫です。トイレが嫌になったら逆効果です」と眉を下げる。ママ友も「いつか取れるよ!うちもやる気スイッチが急に入って」と笑う。
「まあこんなものなのかな」「いつスイッチが入るんやろう」とジリジリしながらも、保育園のリュックにオムツを詰める日々だった。
3歳のときは、帰省のとき「まだオムツなんか」と言われても、笑っていられた。でも、3歳半、4歳と成長するにつれ、オムツ替えシートから、びよんと飛び出す長い足が目についた。
夫も、そんな息子にヤキモキしていた。
あるときは、「オムツ履いてるの、クラスで一人だけちゃうん?」と息子に言い放ち、私の背筋が凍った。
あるときは、私が寝室で休んでいたら、「トイレ行けたらゲーム買ったるわ」という夫の声が聞こえて、はらわたが煮えくり返った。
寝室を出て、夫に詰め寄った。
「ゲームって何?勝手に約束しないでよ」
「なにでやる気になるかわからんやん。自分ちゃんとトイトレやってるん」
なんなん。1日1〜2時間くらいしかこどもと関わらんくせに。
だけど、私の声かけが少なかったのは図星だった。毎朝「トイレ行く?」と聞いてみた。おにいさんパンツも目の見えるところに、用意した。それでもやっぱり、息子は首を横に振った。
この頑固な子が、声かけぐらいで行くなら苦労しませんて。
パンパンのオムツを丸めて、寝室のドアをそっと閉める。ゴミ箱にポイっと捨て、リビングに戻り、夫の横に座った。
「話ってなに?」
「さっき、お母さんから電話あってんけどさ」
義母が、知り合いにこんな話を聞いたらしい。
「年中でまだオムツで、いじめられた子がいるんだって」
「なあ、トイトレ、どうするつもり?」
夫の声を皮切りに、夜のリビングで「息子のトイトレ問題」について、大人2人が真剣な顔で話し合うことになった。
「普通は2歳からトイトレするんやろ。結局はしつけの問題ちゃうん」と夫はテーブルに肘をつく。
「トイレはやる気の問題じゃない。膀胱や脳の発達の問題もある」と私は言い返す。
「オムツ代が高すぎる」
「無理にやるとプレッシャーになる」
議論は平行線。
でも、とりあえず働きかけを増やすこと、失敗しても怒らないことで合意した。
しかし、そのあと布団の中で私は眠れなかった。
なんなん。
外野がうるさいな。
ネットの情報ばかり見て、他の子と比べて。
保育園で、他の子が「トイレ!」と走っていくのを見て見ぬふりをしていたくせに、夫にはモヤモヤが止まらなかった。
次の日。
風呂上がりに、息子が着替えないので、そのままほっといた。いつもは何度も急かしていたが、ただ「自分で着てな」とオムツとパジャマを置いておいた。
1時間経っても、すっぽんぽん。
2時間経っても、すっぽんぽん。
夫が帰ってきた。
「お、やっとるやっとる」
さすがに、そろそろ着せようか。
そう思ったそのとき。
「漏れる漏れるー!!!」
突然、息子がトイレに走り出した。
え?え?と戸惑いながら、首を傾げる夫と顔を見合わせ、2人で息子を追いかけた。
すると、息子は自分でこども用便座をトイレにセットし、そこにちょこんと座ったではないか。
……出た。
「えー!!すごいやん!!」
夫が息子にかけよって、やったやった!と手を取り合ってジャンプしている。嬉しそうに笑う息子。
それから、息子は毎日のようにパンツを履くようになった。「漏れる漏れるー!」と楽しそうにトイレに駆けていく。保育園にも、パンツで行って「せんせー!見て見て」と自慢している。
な、なんやったんや……。
夫の「ゲーム買ったるわ」も。
義母の心配も。
あの夜、「息子を待とう」と主張していた私でさえも。
コートの外で「ああしたら」「こうしたら」と騒いでいただけだった。
コートの中で走っていたのは、息子だった。
外野の声なんて、風の音みたいなものだったのかもしれない。
ただ、自分のタイミングで、ゴールを決めた。
いつの間にか、私までコートの中で走っている気になっていたのかもしれない。
私にも、期待と不安の入り混じった視線を向けられるのが煩わしい時期があった。なのに、自分のこどもにはヤキモキし、他人の一言に敏感になる。
「育て方が悪い」
そう言われるのが、怖いのかもしれない。
こどもの問題なのに、他人からとやかく言われるのは、私のような気がして。
「この子は、大丈夫ですから」
何を言われても、どんと構えていられたら。
コートの外で「ああしたら」と叫ぶんじゃなくて。
「見てるよ」
「応援してるよ」
そんな声を送るサポーターになれたら。
だけど、私は今日も、保育園の連絡帳に書いてしまうのだ。
「昨日もパンツで過ごせました」
まだまだ私は、サポーター見習いだ。

ここまで読んでくださりありがとうございます。
4歳&2歳の子育てで、毎日ヘロヘロ。
「これでいいのかな」とゆらゆら揺れながら、
ちょっと力をゆるめる視点を書いています。
またふらっと遊びにきてくださると嬉しいです。
