ロンドンで出会った少年 第2話「道のり」
離任式
4月。離任式を終えた。
他の先生は勤続年数7年だとか5年だとか、長い人が多いのに、私は「1年勤続された」と紹介されなんだか自分がとてもちっぽけに思えた。
泣かないと決めていたのに、昔から泣き虫の私はやっぱり泣いた。生徒に花束をもらい、手紙を読んでもらって、泣いた。寂しくて泣くぐらいなら続けろよと自分に言いたくなった。
生徒に囲まれて「寂しいです」とか「辞めないで」とか言われると今まで錆び付いていた心が一気に純粋さを取り戻したかのように輝き出した。そんな風に思ってくれる生徒がいるだけで報われた気がした。
人生で手にしたことのない花束と色紙を持ち、バスに乗った。外は大雨。他の先生は車でそのまま異動先の中学校に移動したみたいで、車なし勤務先なしの私はずぶぬれになりながらも色紙だけは雨から守った。
1時間かけてやっと自分の家に着いたかと思うと、誰もいない殺風景な部屋を見た瞬間涙が溢れ出した。
これからもっと楽しいことを一緒に経験していくんだろうと思っていた。行事で一致団結したり、ぶつかったりしながら一緒に成長していくんだと思っていた。3年間見届けて卒業する姿を、見ていたかった。
地元を出て、初めての1人暮らしと共に教師生活が始まった中でいつも私の寂しさを紛らわしてくれたのは生徒だった。毎日学校に行くと友達のように慕ってくれた生徒がいたから、こっちでも友達なんていなくても楽しかった。生徒の恋バナを聞いたり好きなアイドルの話をしたりする何気ない毎日が楽しかった。
本当に仕事を辞めるべきだったかなんて分からない。けれど、「その選択が正解になるように頑張るしかないよね」と飲み会で蒼波先生が言っていたように、仕事を辞めて良かったと思えるような生き方をするしかないのだと思う。
だから私は好きなことをやることにしたし、ロンドンにも行くことにしたんだ。辞めなければよかったなんて後悔は、絶対にしない。そう心に誓って涙をティッシュで抑えた。
4日後の土曜日には出発する。私は荷造りに取り掛かった。
出発の朝
夜は緊張で眠れなかった。
よく子供は遠足の前日に楽しみで眠れなくと言うが、私は大人になった今でもそのタイプだった。なんていったって、初めての海外。どんなことが待っているのだろうと興奮が止まなかった。
眠い目をなんとか開きながら顔を洗い、歯を磨く。使い終わった歯ブラシと歯磨き粉をポーチの中に入れていく。次に化粧水、乳液、コンタクト1か月分。自分のルーティーンを1つひとつ片づけていくようにポーチに詰め込んだ。ある程度いっぱいになったポーチをキャリーケースに投函。
まだどこか夢の中にいるような気分だった。23年間海外に行ったことがないから、海外がそもそも本当に存在するのかもまだ不確かだ。飛行機がちゃんと無事に飛ぶかも分からない。ハイジャックに遭う可能性だってある。そもそも電車が遅延するかも・・・などふとした不安に襲われた。
それでも足を進めるしかない。だから私は淡々と準備をした。以前いとこの結婚式に飛行機で向かうときに、間に合わず飛行機を逃してしまうことがあったのでそれだけは何としても避けたかった。とりあえず飛行機に乗れば、あとはどうにでもなる。
時間に余裕を持って身支度を整え、物でとっ散らかっていた洗面所やテーブルの上はすっかり物がなくなり新居のような余白を取り戻した。冷蔵庫の中も調味料以外は空っぽにして、洗濯物もしまい、ゴミも出した。
誰もいない部屋に向かって「行ってきます」と小声で告げて、20kg以上するキャリーケースを部屋から出して扉の鍵を閉めた。
パンパンになったキャリーケース。私はなるべく手に荷物を持ちたくなかったので、荷物はキャリーケース1つとショルダーバック1つにまとめた。我ながらパッキングが上手いなと思うが、その重量は自分の持てる許容範囲を超えていた。
キャリーケースを引っ張るようにしながら歩き、朝からゴロゴロと大きな音を立てながら駅へ向かう。彼氏がいたら空港まで車で送ってくれるだろうなとかいう願望も頭に浮かんだが、幸い空港まで電車で1時間だったのでそこまで気分は落ちなかった。
とはいっても、今日は土曜日。早朝でも人は多かった。大きなキャリーケースが明らかに邪魔な電車内で周りの人にチラチラ見られながら、その空気を遮断するようにワイヤレスイヤホンを耳に差し洋楽をかけた。今からロンドンへ行くんだ。道を開けろ!という強い気分だった。でもやっぱりタクシー呼べばよかったかな、なんて後悔もちらっとよぎった。
羽田空港は人でごった返していた。海外出張に行くであろうビジネスマンや、帰国する家族連れの外国人。1人でスーツケースを持った若者は今のところ私だけのように思える。
考えてみればそりゃそうだった。連休でも長期休みでもない土曜日に1人で海外に行く若者なんて、私のような無職だけだ。
搭乗時刻までまだ余裕があったので、日本のお金をイギリスのポンドに両替しようと列に並んだ。1ポンドが何円かなんてよく分かっていないけど、とりあえず現金2万円あったら安心だとネットで見たので日本円の2万円を差し出すことにした。
「留学ですか?」
自分の番になってカウンターの中年のおじさんに聞かれた。
「あ、はい。」
「お疲れさまです。行ってらっしゃい」
おじさんは私にイギリスの札束9枚をくれた。日本のお札より少し小さくて、ツルツルしている。イギリスらしいクラシックなデザインのお札。右には外国人の女性の顔が描かれていた。お札には「10」と記されている。
「行ってきます」
おじさんはニコッと笑い返してくれた。なんだか帰る場所ができた気がした。
キャリーケースを預けに空港会社の受付に向かった。スカーフをきゅっと括った若い女性が立ち並び、私はそこにいるのが恥ずかしくなった。
荷物を預け、次はコンビニに向かった。朝ご飯をまだ食べていなかった。おにぎりはもうほとんど売り切れていたので、余っていた赤飯のおにぎりとメロンパンを買った。こんなに組み合わせの悪い朝食が今まであっただろうか。それでも、コンビニのおにぎりを食べるのは今日が最後かもしれないと思うと無性にありがたく感じた。
近くの椅子に腰かけ、レシートを財布にしまいながらさっきもらったイギリスのお札をもう一度見た。私はすごい大金を持ち歩いているのか、それとも少額なのか、その感覚すら分からなかった。それくらい調べてから行けよと心の中で自分にツッコんだ。
朝ご飯を終え、手荷物検査場へと向かった。何も怪しい物は持っていないのにゲートをくぐる時は一瞬の緊張が走る。周りの警備員に見られているのも怖かった。
案の定何もなく無事に検査を終えて乗り場へと向かう。羽田空港は広く、乗り場までたどり着けないんじゃないかと思うくらい道が永遠に続いているように見えた。
乗り場まで来るとすでにたくさんの人が集まっていた。窓の外には私が乗るであろう飛行機が見える。
飛行機に乗るのはそう久しぶりでもなかったが、1人で乗るのは初めてだった。もし墜落したらどうしようとか、寂しくて飛行機で泣いてしまったらどうしようとか不安ばかり募った。
トイレを済まし、待機場でスマホの充電をしながら親にLINEを送る。「もうすぐ乗る」と飛行機の写真と共に送信した。「気をつけて」と父、「酔わないようにね」と母。母は私が乗り物に乗る時いつもこの言葉をかける。私が酔いやすいこともあるのだが、飛行機で酔ったことは一度もない。「飛行機やし大丈夫やわ」と返すが、子どもの頃兄が飛行機で酔ったことを思い出した。DNA的に言えば私もその可能性があるのかと思うと気を付けようと気が引き締まった。
いよいよ搭乗開始となった。グループの番号が呼ばれ飛行機に乗り込む。席はもちろんエコノミーだが、そこにたどり着くまでにグレードアップされている席の間を通った。寝ころびながらテレビを見れる正方形の空間がいくつもあり、資金がたっぷりありそうな中年のおじさんらが慣れた手つきでブランケットやクッションの位置を整えていた。
エコノミーの席は狭かった。外の景色を見れるようにと窓側にしたのだが、3人横並びに座ればもう人が通れるスペースはなかった。これはトイレに行けないかもしれないと悟った。トイレに行くなら2人席から立ってもらうことになるので大迷惑だ。
シートベルトを締めて飛行機が動くまで緊張していると、その緊張を破るかのように
「カバンを下に入れてください」
と少しカタコトの外国人の男性CAが声をかけてきた。バックを自分の足元に置いていたのだが、どうやら前の席の下に置かなければならなかったらしい。
その時横に座っている2人の男性にじろっと見られたのが恥ずかしかった。それならそうと最初に言ってよ!とも思いもう嫌だと消えたくなった。私は目立つことが苦手だ。すぐ消えたくなってしまう。
ゴゴゴというエンジン音と共に飛行機が滑走し始めた。揺れは激しく本当に14時間も飛んでられるのかと心配になってしまう。子どもは泣き出し、私も泣いてしまいたかった。
ふわっという宙に浮く感覚と同時に飛行機が飛んだ。窓の外には遠くにスカイツリーが立っているのが見える。東京湾から離れて空へと向かう飛行機。グッバイジャパン。そんなアホみたいなセリフを言ってしまいたいくらい清々しい気分だった。
これから、ロンドンに行く。
