ロンドンで出会った少年 第8話「お菓子」
『留学生にあげようと思って、日本のお菓子いっぱい持ってきました!』
『オーストラリアで留学するならコアラのマーチが外国人から人気だよ!』
『カナダ人の友達からメープルシロップもらいました!』
ロンドンに来る2週間前。ロンドンに何を持っていくべきか持ち物をリストアップし始めた頃、YouTubeで留学経験者のパッキング動画を見ていた。
海外に留学するならどうやらお土産があった方が良いらしい。話のネタにもなるし、仲良くなるきっかけにもなると。
そういえば私も大学時代、韓国人の留学生から飴やインスタントラーメンをもらったな。わざわざ海外から持ってきてくれたことが嬉しくて、話も弾んですぐ友達になれたっけ。
「お母さん、何でもいいから小分けにできる大容量のお菓子買ってきて!」
スーパーに買い物に行くお母さんにお菓子の調達を頼んだ。今思えば自分で考えて選ぶからこそ意味があるのに、私は楽な道を選んだ。私はいつもそうやって楽な方、楽な方へと逃げていく癖がある。そうしているうちに、他人に人生の選択を委ねることになっていることにも気づかずに。
教員になったのも安定しているからという理由だった。
お金があれば好きなことができる。美味しいご飯も食べれて、休日はちょっと遠出したり。長期休みは旅行をして。趣味にも打ち込めて。それに、公務員なら両親も安心する。
本当はなりたくなかったなんて言ったら、教え子にも、一緒に働いていた同僚にも申し訳ない。でも、それが真実だった。
働きたくない。でも、働かなければいけない。何もできない。でも、何かできなくちゃいけない。その何度も脳内で繰り返されるジレンマに終止符を打ったのは、「一緒に教員試験の講座受けない?」という友達の言葉だった。
就活もロクにせず、でも何かしなければならないという衝動に駆られて、何かしている風にできる”楽な道”を選んだ。教員試験を受けると言ったら、周りも安心するし、時雨芽衣は相変わらず真面目で優等生だというイメージを守ることもできた。
でも、何のために?
私は、どうしたいの?
大型スーパーの数ある商品の中で、自分が何に良いと感じ、何が嫌だと感じるのか。自分の衝動のまま選んで、選んで、それが失敗だったとしても、また次の商品を選んで試して。そういう風にやって行けば良かったんだ。
あの時もお母さんにお菓子の買い出しを頼まず、自分で行って見て迷って、これだと決めたものを買えばよかった。それだけでそのお菓子への思い入れも変わってくるだろう。そうしていれば、今こうしてそのお菓子がキャリーケースの中で一度も開封されることなく眠っていることなんてなかったはずだ。
「このお菓子を、最後にみんなにあげたい。」
ホストファミリーの家の6畳の一室。キャリーケースを広げた床に座り込むコウくんの目の前に、チョコレートの大容量版の袋を突き出した。コウくんはポカンと口を開けている。
「え、それだけ?」
「うん。」
「それが、ロンドンに来てやり残したこと?」
「そう!」
「本当に?」
「本当に。」
「マジ?」
「マジだってば!」
コウくんは信じられないという顔をしていた。「そんなことでいいの?」と何度も疑いの目を向けてはしつこく問いただしてくる。ちょっと大げさなくらいだ。
「このお菓子、仲良くなった外国人の友達にあげようと思ってたんだよ。でも実際はそんなに友達もできなくて・・・でも、日本に持って帰って1人でこれをバクバク食べてるのなんて、惨めすぎない?私ここで配らなかったら一生後悔すると思う。」
「まあ確かに。でもお菓子くらいって思っちゃいますけどね」
コウくんはからかうように笑った。コウくんには、分からないんだ。人見知りの一度人間関係づくりを諦めた人間が、不特定多数の人にお菓子を配るということがどれほどハードルが高い難問なのかということを!
「そう思っておけばいいよ。これは私に課された最後の試練なんだから!」
「分かりましたよ!芽衣さんがそこまで言うなら、協力しますよ。何か僕にできることありますか?」
コウくんは私に尋問するのを諦め、協力体制に入ってくれた。
「このお菓子を配る雰囲気を作って欲しくて。私の最後の授業日に。授業終ったらみんなすぐ教室出ちゃうでしょ?そこを引き留めて欲しいというか・・・ほら、私あんまり大きな声出せないし・・・存在感無くて空気みたいになっちゃうから・・・」
当日のことを想像すればするほど、イメージが遠のいていった。私がみんなに笑顔で1人ずつお菓子を配っているところが想像できない。英語で渡すときって何て言えばいい?もしオドオドしてしまってお菓子受け取ってくれなかったら?失敗した時のことを考えると不安にもなる。
「なるほど。でも芽衣さん、みんなに『芽衣さんが今日最後だからお菓子くれるってー!』って言って欲しくないですよね?それ以外の方法でどうやってみんなを引き留めたらいいのか・・・」
コウくんは首をかしげながら小さくうなった。あまり注目を浴びたくないという私の性格をコウくんは理解してくれていることが少し嬉しかった。
「そうだね。やっぱり私が頑張らなきゃだよね。」
最後くらいは、自分が苦手だからって避けないで、頑張ってみよう。言い訳せずに、自分から一歩踏み出してみよう。そうしないといつまでたっても変われない。
「私、授業終ったらすぐに近くの子からお菓子配り始めるよ。1か月間ありがとうって言いながら一人ひとり手渡す。もしそれに気づかないで帰りそうな子がいた時だけ、コウくんその子引き留めてもらってもいい?芽衣が最後だからお菓子配ってるみたいだよーとか言ってもらって。私、誰一人取り残さず全員に渡したいんだ。」
クラス全員、かけがえのない存在だ。一緒に遊びに行ったりご飯に行ったりすることはなかったけど、でも一緒の授業を受けて、ペアワークもやったりして。喋ったことが無いわけではない。
みんなロンドンに来なければ出会えなかった大切な存在。日本人も外国人も、もう一生会うことのないかもしれないクラスメイト。だったらなおさら、最後にちゃんとお礼を言って別れたい。
「分かりました。芽衣さんの最後の雄姿を見届けますね。でももし困ったことがあれば、言ってください!」
コウくんは納得した表情で、励ましてくれた。
