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ロンドンで出会った少年 第10話「飛行機」完結

晴れた日のロンドンが何よりも好きだった。

白いゴシックの建物全てがキラキラ輝いて、赤いバスがつやっと光り、人の合間をそよ風が通る。こんなに気持ちの良い空があるのかと言うくらい、鮮やかな水色の空。気分も晴れ晴れとした気持ちになって、生きていて良かったとさえ思える。

ロンドンの最終日が、晴れで良かったと心から思う。寂しさもあるけれど、清々しい気分で帰国できる。

ホストファミリーにお礼とお別れを告げ、犬のサラにも最後のハグをした。家の鍵を返し、扉を閉める。重いキャリーケース1つとバックを肩にかけ、歩き始める。荷物はあまり増えなかった。お土産もなんとかキャリーケースに入ったから身軽に帰れる。

空港行きの電車に揺られながら、スマホを開く。コウくんに「今電車乗ったよ」とメッセージを送ると、すぐに既読がついた。「ちょっと遅れるかもです」と返信が来た。お見送りまでしなくていいと言ったけど、最後なんだからと来ると言ってくれたコウくん。「ゆっくりでいいよ」と返信をした。

イヤホンで音楽を聴きながら、電車の窓から外を眺める。澄んだ空に緑の木々がよく映える。電車も同じ車両に5,6人しか乗っておらず、みんな大きな荷物を持っていた。今からみんなも自分の国に帰るのだろうか。私も日本に帰るのかと、向き合いたくない現実がすぐそばまで来ているのに、あまり考えたくなくてイヤホンの音量を上げた。




空港に着いてすぐ荷物を預け、近くのソファ席に座りコウくんを待つことにした。コウくんに会うことが少し怖かった。お別れを言うことでより一層帰国するという実感が湧くからだ。それよりかは1人でひっそり帰る方が、悲しみが増さなくて済むと思った。

日本に帰ったら何をしよう?就職?どこに?これからどうやって生活をしていけばいい?考え出したら不安ばかり募って、胸が苦しくなる。

借りている一人暮らしの部屋は、2年契約だ。違約金を払って1人暮らしの家を出て、実家へ戻るか。一人暮らしを続けるなら、お金を月20万は稼げるようにならないとならない。何の仕事で?しばらくは何もしたくないなんて、甘えだろうか。

1か月間ロンドンで過ごして現実問題に蓋をしてきたが、今その蓋が開きつつある。それが怖くてたまらなかった。

ピコンという通知音と共に、「着いた」というメッセージがコウくんから送られてきた。辺りを見渡すと、遠くの入り口から黒いTシャツを着たコウくんが見えた。立ち上がって手を振ると、コウくんも気づいて少し小走りで向かってきた。

「待たせちゃってすみません!」
「いやいや!こちらこそ。せっかくの土曜日なのにごめんね」
「いや、僕が来たかったからいいんです。こんなにお世話になった芽衣さんをお見送りしないとか、それはさすがに人としてないと思ってたんで」

コウくんは急いできてくれたのか、少し息が切れていた。「座ろう」と言って一緒にソファに腰かける。

「何時のフライトですか?」
「14時8分の便。まだちょっと余裕あるね」
「良かった。これ、渡したくて。」

そう言ってコウくんが取り出したのは、1枚のポストカードだった。手書き風のイラストで、ロンドンのビッグベンと赤い電話ボックスが描かれている。控えめな色鉛筆の色使いで、可愛らしいポストカードだ。

「かわいい!」
手に取って、ポストカードをじっくり眺めた。ポストカードって住所を書いて人に送るイメージだったけど、でもこれを家のどこに飾ろうか考えるとワクワクした。

「これ見て、日本に帰ってもロンドンのこと思い出してください。それでまた、余裕ができたらロンドンに来てください!芽衣さんとまた会いたいです」

優しい目を真っすぐ私に向け、コウくんは微笑んだ。こんなにストレートに思いを伝えてくれる少年が、いるだろうか?

「ありがとう。私もまたコウくんに会いたい。こんなに短期間で心を開けたの、多分コウくんが人類初。」
「レアな人類になれて光栄です」
私たちはくすっと笑い合った。人見知りしがちな私は、人に弱みを見せるなんてなかなかできなかったけど、でもコウくんになら弱みも見せられた。コウくんなら受け入れてくれるという自信があったからだと思う。

「コウくんは、人の心を開けられる才能があるよ。すごく救われた。」
「芽衣さんだってそうですよ。姉のことも人に話したの芽衣さんが初めてですし。僕だって救われてます。芽衣さんなら日本でもどこでも大丈夫ですよ」
「・・・ありがとう。でも私、日本に帰るの不安なんだ。・・・帰りたくない。もっとロンドンに居たいし、コウくんとこうしてずっとお喋りしてたい。それがなんで許されないんだろう。労働の義務とか、納税の義務とか、もう本当に人類って可哀想!」

愚痴が暗くならないように少しポップに言ったけど、コウくんには多分お見通しだった。不安を隠そうとすればするほど、表情が固くなるのが自分でも分かった。

「12月に、また会いましょう。12月に日本に帰国するから、そしたらまた集まって近況報告したり、美味しい物食べながらくだらないこと話したりしましょう!それまでは一旦お別れになるけど、また会えると思ったら、なんだか僕は頑張れそうです。」

コウくんはニコッと笑いかけた。12月か。あと7ヶ月。7か月後どうなってるかな。分からないけど、コウくんにはガッカリされたくない。コウくんに胸を張って会えるように、頑張ることもありだな、と思えた。

目の前は灰色に霞んで見えたけど、少し希望の光が見えた。コウくんという存在が、私に頑張る理由をくれて、生きる理由を与えてくれている。大げさかもしれないけれど、コウくんにまた会うために、頑張りたいと思った。

「・・・うん。そうだね。また会えるもんね。ロンドンにだって、頑張って働いてお金貯めたらまた来れる。
「そうです。頑張る理由があるって、いいですよね」

頑張る理由が「お互いにまた会うため」ということが、お互いに同じであることがどれだけの奇跡なのかと思った。会いたい人がいる。喜ばせたい人がいる。笑顔が見たいと思える人がいる。そういう人の存在が、自分を間違いなく強くしてくれるのだ。

「コウくん、ありがとう。日本に帰るの、すっごく不安だったけど、でもなんか、頑張れそう。多分前の仕事のことがトラウマだったんだと思う。でも、私のペースでゆっくり頑張ってまたコウくんに良い報告できるように生きるね」
私がそう言うと、コウくんは「生きるねって、重いですよ」と笑った。




保安検査場の締め切り時刻が迫ってきた。ゲートの手前まで2人で黙って歩く。いよいよ本当にお別れの時間だ。

「じゃあ、行くね。本当にコウくん、ありがとう。」
「こちらこそ。気をつけて帰ってくださいね」

少し沈黙が流れた。最後って、こんな感じだっけ?他に何か言うことや、することがあるのだろうか。もうゲートの中に入っていいのか・・・

終わり方が分からなくて色々考えていると、コウくんが右手を前に出した。

「握手、しましょ」
照れくさそうにしているコウくんが、少し可愛く見えた。すかさず私も手を出して、コウくんの手をギュッと握った。

「また会おうね。絶対!」
「絶対。約束です!」

私たちはそう言って、固い握手を交わした。手を握る強さが、また会おうという約束を強くしているように感じた。このコウくんの手のぬくもりを、私はきっと一生忘れないと思う。

手を振りほどき、くるっと体の向きを変えて、飛行機のチケットをスタッフに見せる。「どうぞ」と言われ、前に進む前にもう一度振り返ってコウくんの顔を見た。コウくんは笑顔で、手を小さく振っていた。私も振り返して、また前を向く。

一歩、一歩と1人で歩き始めた。

もう振り返りはしない。

溢れてくる涙をこぼさぬように必死で堪えながら、日本行きのチケットをギュッと握りしめる。

コウくんにまた会えると信じながら。

またロンドンに来ると願いながら。

その望みを捨てなければ、私はなんだって頑張れるような気がする。

空港の窓から、一機の飛行機が飛び立つのが見えた。飛行機は勢いよく地面を離れ、空へと昇って行った。

次に地面を走り出すのは、私の飛行機。

次は私の番だ。


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