第281回 新・中国文明
第2話 敗者、蚩尤という男
古代中国の伝説的決戦、涿鹿の戦い・・・😳
そこで黄帝と死闘を繰り広げ
最後には敗れてしまった九黎族の首領
蚩尤(しゆう)・・・🤨
前回は黄帝側から見た最強の魔王として
紹介致しましたが・・・
今回は、少しばかり
蚩尤側から見てみたいと思います・・・🤔
何しろこの蚩尤という男・・・
負けたのに、妙に人気があるのです😳
一体、何故・・・?
蚩尤は伝承によって姿が大きく異なります。
銅の頭、鉄の額を持ち、砂や石を食べ
多数の兄弟を従える怪物として
描かれる事も有れば・・・😨
優れた武器を作り出す
強大な軍事指導者として
語られることもあります😲
怪獣なのか
英雄なのかよく分からないという
とんでもない人物です🤣
黄帝に敗れた蚩尤は
それで歴史から消えてしまった
訳ではありません・・・
むしろ後世になると蚩尤は
兵主として祭祀の対象になっていきます🤔
秦の始皇帝は
斉地方の八神を祀った際
その中の「兵主」として
蚩尤を祀ったと『史記』に記録されています😶
さらに驚くことに
漢の高祖・劉邦も挙兵した際
黄帝を祀り、蚩尤を祭ったと
伝えられています😳
戦いに勝った黄帝だけではなく
その宿敵だった蚩尤まで
戦の神として祀っていた訳です・・・😌
敵だったからこそ恐れられた?
蚩尤は黄帝に敗れたとはいえ
その戦いは簡単なものではありませんでした😥
伝説では黄帝軍が何度も敗北し
蚩尤は風伯や雨師を従えて
大雨や濃霧を巻き起こすなど
超常的な力を駆使したとされます😏
後世の人々からすれば
あの蚩尤を味方につければ
戦に勝てるのでは・・・
となったのかもしれません🤔
実際、蚩尤は後世に
戦争や軍事と結び付いた存在として
扱われていて
現在の中国、河北省涿鹿では
黄帝、炎帝、蚩尤を並べて
中华三祖(中華三祖)とする
文化が形成されています🤔
これは黄帝だけを祖とするのではなく
黄帝、炎帝、蚩尤という
異なる集団の衝突と融合そのものを
中華文明の形成過程として捉える考え方です😊
涿鹿では現在でも
三祖を一緒に祀る祭祀が行われていて
現代の文化的な捉え方では
戦って、敗れて、そして融合する👍
その過程そのものが
文明の形成だったと見る訳です😌
蚩尤は何者だったのか・・・?
現代の私たちが確実に
こうだったと言える訳ではありません😑
そもそも蚩尤の物語自体が
後世の文献によって
何度も語り継がれてきたもので
蚩尤という怪物が黄帝と戦った
と断定するのではなく・・・
古代の人々が、異なる集団同士の
衝突や融合を黄帝と蚩尤という
壮大な物語として語り継いできた・・・
と、考える方が
面白いのかもしれません😌
歴史というものは
どうしても勝者側から語られがちで
黄帝も後世には人文始祖として
大いに尊ばれています😲
しかし敗れても今尚
蚩尤は、戦神として尊ばれている・・・😳
・・・そうした寛大な感性と誇りを取り戻せた時・・・
中華の人々は、世界から最も尊敬される
存在となってしまうのかも知れません・・・。
(有難う御座いました、音量にご注意ください!)
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