第267回 続々・中国文明
果てなき戦いの幕開け・・・
中国神話、伝説において
中華民族最初の大戦争とされるのが
阪泉(はんせん)の戦いです🤔
次戦の涿鹿(たくろく)の戦いと
同じく、史実というより神話、伝説として
語り継がれています😶
時代はおよそ紀元前2600年頃・・・
当時の中国には統一国家はなく
多くの部族がそれぞれ生活していました😏
その中でも二大勢力だったのが
黄帝と炎帝という人物が治める部族でした😌

巨大な炎帝と黄帝像・・・
写真は左側が炎帝で右側が黄帝
この二人が阪泉で戦うと言う事なのだが・・・。
炎帝は、神農氏と結び付けられることも多く
農業、薬草、市場(交易)を人々に
教えた文化英雄とされており、文明を育てた
王という存在です🤔
黄帝は、軍事、政治、統率力に
優れた英雄で、後世には
衣服、舟、車、武器など様々な
発明者としても語られます🤔
中国では古くから
炎黄子孫(えんこうしそん)という
言葉があり、これは炎帝と黄帝の子孫という
意味で、中華民族のルーツを表す
言葉として使われています😮
中華民族の共通の祖先を象徴する程の
存在となっている訳ですが・・・
実際には、文明の発展を
一人の英雄に集約した神話と思われます😌
・・・なぜ戦ったのか?
諸説あって、もっとも有名なのが
部族の覇権争いです😒
人口が増え、土地や水源を巡る争いが
起き始めてくると、ついに
黄帝と炎帝の勢力が衝突したとされます🤨
阪泉の戦い
戦場となったのが阪泉という土地です😮
地名は記されているものの、現在の何処かは
有力説は有るものの、定かではありません・・・🤔
伝説では、両軍は三度戦い
最終的に黄帝が勝利しますが
結果、炎帝は滅ぼされません・・・🤨
敗れた後、黄帝に従う事になるのです😶
これが重要で、黄帝は炎帝を取り込み
大きな連合国家を築いたことになる・・・😮
この為、現在でも中国では
炎黄子孫(えんこうしそん)
という言葉があるのです😌
中華民族全体を表す言葉・・・
敵同士だった二人が、民族の
共通の祖先になった訳です😭
しかし・・・
平和は長く続かず、そこへ現れたのが
蚩尤です😶
蚩尤は非常に強大な勢力を持ち
黄帝・炎帝連合軍を苦しめ
これが次の涿鹿の戦いへと繋がって
行くのですが、詳細は次回に致しましょう・・・🤭
歴史学では現在、阪泉の戦いを
証明する遺跡や文献は見つかっていません😒
多くの研究者は、黄河流域で実際に起きた
複数の部族統合や争いが
神話として語り継がれたものと考えています🤔
黄帝と炎帝は有力部族の指導者だった
可能性はありますが、そのまま神話通りとは
考えられていません・・・🤨
しかし、伝説とは言え、黄帝は
最初の覇者となり、現在の中華民族にも
共通の祖先を象徴する程の存在に
なっている事を思えば・・・
・・・中国数千年に及ぶ統一と戦乱の歴史・・・
その第一歩となったと言っても
過言ではないのでしょうか・・・。
(有難う御座いました、音量にご注意ください!)
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