愛の迷子だった私と、親バカ探究
私は、振り切った親バカである。
でもその始まりは、決して明るいものではなかった。
私にとって親バカ探究とは、
愛を求め続けた結論なのかもしれない。
愛の迷子
2年前、ダウン症の息子が生まれた時、私は迷子だった。愛の迷子。
どう息子を愛すればいいか分からない。
どうすれば息子を愛してもらえるか分からない。
それは、知らず知らずのうちに、私の中に深く根付いていた偏見でもあった。葛藤するたびに、自分の中の闇が浮かび上がる。
ただ苦しかった。
真っ暗な暗闇。
その出口が知りたくて、どうにか明るい未来を描きたくて、必死に光を探した。
自分の感情を整理したり、
ダウン症について知識を得たり、
できることは色々やった。
そうすることで落ち着くことができた。
それらは闇の中で点々と光っていた。
光の正体
息子がNICUを卒業し、一緒に暮らし始めてから、バラバラだった点が、少しずつ集まり始めた。やがて、それは1つの大きな光になった。
光を集めたのは、息子の存在だった。
自然に湧いてくる愛おしさ。
理屈はいらない愛がそこにあった。
障害への不安、偏見が溶けていく。
これだと思った。
違いを照らすのは、愛だ。
親バカ探究という思想
息子への愛を広げようと始めたnoteはやがて、
もっと多くの人と『愛を探究する』面白さや素晴らしさを共有したいという思いに変わっていった。
親バカという愛が、子どもたちの可能性を一番強く照らすと、私は信じている。
だから私はこの輪をもっと広げたい。
明るい愛があれば、静かな愛もある。
子育てを楽しむ愛があれば、悩み苦しむ愛もある。
暗闇の中で必死に愛を探したあの日、
私の親バカ探究は、すでに始まっていたのだと思う。
息子を想い、息子のために問い続けること。
それが、私の親バカ探究の原点だった。
私はきっとこれからも、
親バカ探究を道しるべにして歩いていく。
最後までお読みいただきありがとうございます。
あの頃は一人で抱えていた問いも、
今はみなさんと一緒に言葉にできています。
親バカ探究という思想を、
ここで一緒に育てていけたら嬉しいです。
こちらのマガジンに掲載いただきました🌷
サポさん、ありがとうございます✨

