ダウン症の息子ときょうだい児の娘の『未来のためにできること』|思春期を恐れる母
「ありがとう」と言うと、
「いいんやで、別に」
と返ってくる。
パパがお風呂上がりに喋りかけると、
「いいから、まず着替えたら?」
と冷やかに一蹴。
THE・生意気な4才。

誰に似たかって、間違いなく私です。子どもは親の鏡と言うけれど、ここまで忠実に再現されてしまうと、反省しかない。
そんな娘の思春期が、私は今から恐ろしい。しかも弟はダウン症。いわゆる『きょうだい児(病気や障害のある兄弟姉妹を持つ人)』としての道を歩む娘の未来に、私は大きな不安を抱いています。
「普通」という檻にいた私の思春期
私が娘の思春期を恐れる理由は、私自身にある。
私自身が生意気な娘だったから。そして思春期の私は、人と違うことを極端に恐れていたから。
毎朝アイロンで必死に前髪を伸ばして周りと一緒の髪型にして、スカートの丈もミリ単位で合わせて、服は絶対流行りのブランド、紺ソとスクバはEASTBOY一択。(時代がバレますね。笑)

とにかく全てが周りと一緒じゃないと気が済まなかった。今思えばめちゃくちゃ窮屈だったな……。
自分だけで済めばいいけれど、この時期の私は、妹、親、家、全てが恥ずかしかった。小5のとき、小1だった妹がよく私の教室に遊びに来た。周りの友達はみんな可愛い可愛いと言っていたけれど、私は嫌で仕方なかった。
妹が嫌いだったわけではない。なんでも他人軸でイケてなければ気が済まない私に比べ、妹は自由奔放。そんな妹が、私の作り上げた世界を壊すようで怖かった。
その「恥ずかしさ」の正体は、妹への嫌悪ではなく、自分自身の脆さだったのだと思う。
葛藤は消さなくていい
『きょうだい児』である娘の思春期の葛藤は、私の葛藤よりも遥かに深く、複雑なものになるだろうことは容易に想像できる。
その時、親として何ができるのか。娘が自分の人生を肯定していけるようにしてあげたい。
何か手掛かりが欲しい私は、ダウン症を兄弟に持つ『きょうだい児』の方の記事や、先輩ママさんの記事を読み漁った。
そこで私が得た重要な結論は、
⭐️『葛藤は消そうとせず、まるごと受け止める』
だった。
娘の思春期を想像する私はいつの間にか、どう葛藤を減らすかばかり考えていた。
でも、ある『きょうだい児』の方の投稿の中に、こんな言葉を見つけた。
「弟のことよりも、とにかく私を見てほしかった。私の気持ちを受け止めてほしかった。」
これが答えだと思った。
きっと、この方の言葉には、「葛藤も、弟を愛せない自分も、全てを受け止めてほしい」という思いがある。その見守りこそが、『きょうだい児』にとって自分を肯定して前を向いていける源なのだと思った。
愛の連鎖
ダウン症の弟さんがいらっしゃる作家の岸田奈美さん。お母様である岸田ひろ実さんの発信は、私の大切な指針です。
娘にも息子にも、とにかく愛を言葉と態度で伝えてこられたひろ実さん。
そのひろ実さんの愛が、奈美さんと弟さんの絆へ、愛が連鎖している。そして、それはお二人の幼少期から既に始まっていた。
「自分を愛せない人は他人を愛せない」というけれど、まさにそういうことだと思う。ありのままの自分を愛してこそ、人の"ちがい"を認めて人を愛することができる。
思い返せば、私が極端に"ちがい"を恐れていた過去は、私の自己肯定感の低さが関係している。
「お姉ちゃんなんだから」「お行儀良くしなさい」と躾けられて育った私は、"普通"というステレオタイプをガチガチに仕上げてしまったのだろう。
幼少期から愛を注ぎ、自己肯定感を育むこと。
ありのままの娘を尊重すること。
それこそが娘へ贈る親からの最高のお守りになるのだと思う。息子と娘の『未来のためにできること』、その答えは今ここにある。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回、「きょうだい児の絵本」を発表しようと思います。今回の記事に書いたような親としての葛藤が色々とあったので、公開を踏み止まっていましたが、ようやく自分の中で整理がついたような気がするので、思い切ります!
そんな焦らすほど大層なものでは決してありませんが、読みにきていただけると嬉しいです♡
(絵は描けないのでGeminiくんの挿絵です。)

