ダウン症の息子の誕生 | 祝福されない赤ちゃん
ダウン症の息子の誕生
息子が生まれたのは2023年の春。妊娠中は切迫流産の疑いはありましたが、それ以外何の問題指摘されずに出産を迎えました。
予定日より1ヶ月ほど早く陣痛が来て病院へ。予定日より早かったので赤ちゃんが大丈夫か心配でしたが、臨月にも入っていたし、そんなに問題ないかなと軽く考えていました。
小さかったからかお産が進むのは早く、病院に着いて1時間足らずで生まれました。2020gでした。
生まれた瞬間大きな鳴き声が聞こえて、お産が早く無事に終わったことにもホッとしました。すぐに抱っこをさせてもらいましたが、小さく生まれたため、一度NICUに移しますね。と言われ、連れて行かれました。
その病院はNICUのある大きな病院だったので、その日の午後には赤ちゃんと面会ができました。
NICUの医師には、「エコーで見ても悪いところはないし、元気ですよ。小さく生まれた子はみんな呼吸が安定するまで少しかかるので、NICUで様子を見ますね。」と言われました。息子は寝ていたので目を開けているところは一度も見れず、この時はまだ何の違和感も感じていませんでした。
次の日の面会では抱っこをさせてもらうことができました。しばらく抱っこをしていたその時、息子が初めて目を開きました。シャッターチャンス!と思ってスマホを構えたその時、
私はハッとしました。
この子はダウン症だ。
雷に打たれたようにと言うのはこのことだと思います。しばらく動けませんでした。
でも、すぐに色んな疑問が湧き上がりました。ダウン症だったら妊娠中に分かるんじゃない?生まれたときも何も言われなかったし…。
とにかく信じたくなくて、放心状態のまま自分の部屋に帰り、色々と検索し始めました。
私の直感が間違っている証拠が欲しくて、必死に調べましたが、調べれば調べるほど、息子に当てはまることばかり出てきます。涙と震えが止まりませんでした。
もう居ても立っても居られなくて、NICUの看護師さんに聞きに行った時、「今日は主治医がいないから何とも言えないけど…」と濁す看護師さんの様子で私の直感は確信に変わりました。
まさに絶望でした。
この絶望が一生続くような気がして、それがまた絶望的で、ここから絶望との戦いが始まりました。
絶望①愛せないという苦しみ
絶望の中で最も苦しかったのが、息子の顔を見たときに我が子だと思えなかったことです。
ダウン症は顔の発達の特性から顔に特徴が出ます。
息子が初めて目を開けてダウン症だとハッとしたとき、我が子ではなくて「ダウン症の子がいる」と思ってしまった自分がいました。ダウン症という遠い国から私のもとにやってきたような感覚を覚えたんです。自分が昨日産んだ子なのに、こんなに辛いことがあるでしょうか。
誕生という特別な瞬間に、みんなから愛されるはずの子が、誰からも愛されない。母親である私すら愛してあげられないなんてなんて罪なんだろうと思いました。
だから今、息子を愛せていることは私の中で大きな喜びです。今でも息子の将来について色んな不安がよぎることはありますが、「息子がかわいい」、そう思えることだけで何でも乗り越えられる気がしています。
絶望② 自分たちの運命を悲観
息子がダウン症であると確信したとき、情けないことに私は一番に自分の人生を悲観しました。
お腹にいる子が男の子であると判ってから、なんとなく無意識のうちに描いていた未来。「スポーツをさせたいな。結婚して孫ができて、子どもたちが手を離れたら老後は何をしようかな。」
そんな未来が急に崩れ落ちて、「ダウン症の人」に寄り添い続ける自分が現れました。「ダウン症の人」と書いたのは、息子の将来を想像したときに出てきたのはいつも見ず知らずのダウン症の男性だったからです。今まで差別意識はしていないつもりでしたが、障がい者に寄り添い続ける人生を想像したとき、嫌だと思ってしまいました。
そして、私がそう思ったようにやっぱり偏見があるこの世界で息子も私たち家族も生きていかなければならないんだと思うと、本当に受け入れ難いことでした。
特にお姉ちゃんである娘の人生を思ったとき、どうしてもこの事実を受け入れられませんでした。
娘には自分の人生を大切にしてほしい。
結婚するときに弟がダウン症だと困らないかな。
弟のことは気にしなくていいように、
大人になったら施設を探そう。
そんなことばかり考えていました。
それから
この絶望は深く果てしないものでしたが、早く抜け出したい一心で、もがきました。そして色んな葛藤を経て、息子のダウン症を受け入れていったのですが、次回はその葛藤を大きく3つに分けて書こうと思います。
葛藤①息子を愛せるようになるまで
葛藤②運命を受け入れるまで
葛藤③人目を気にしなくなるまで
息子のダウン症を受け入れる上で重要だったと思う3つのプロセスをまとめてみました。
それぞれが決して容易ではなかったですが、必死にもがいていた分、色んな角度から考える経験ができたと思っています。そしてこの3つを乗り越えたとき、今までよりももっと自分の人生を好きになれました。
今回は当時の絶望感をリアルに書いたため、ダウン症についてマイナスの印象を持たれる内容になってしまったと思います。これはあくまで当時の私の個人的な感想であり、ダウン症の子とその家族の生活、未来はもっともっと明るいものであることをこれからの記事で感じてもらいたいと願っています。ぜひ今後も読み続けていただけると幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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