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NOPEと鬼茶から見える、日本の広告業界の静かな転換

2026年4月21日、コンビニの棚に並んだ一本のペットボトル麦茶が、日本の広告業界の構造転換を象徴している。ヒカキンが新しい飲料「ONICHA(鬼茶)」を発売した、ただそれだけのニュースに見える。だが背景を追いかけると、日本のマーケティングが静かに、しかし確実に次のフェーズに移行していることが見えてくる。

この記事では、鬼茶と、その1ヶ月前にサントリーが発売したNOPEという2つの飲料を入口に、日本の広告業界で起きている構造変化を追う。話はヒカキンの麦茶から始まって、日本のクリエイター経済の先端を作るコミュニティの話まで広がっていく。

1. 2026年春、同時発売された対照的な2つの飲料

2026年3月24日、サントリーが「ギルティ炭酸 NOPE」を発売した。黒とマゼンタのパッケージ、99種類のフルーツとスパイスを混ぜた複雑な味、「健康志向への反逆」をテーマにした攻撃的なブランディング。TVCMには生田斗真、鈴鹿央士、アントニーが囚人役で出演し、電気グルーヴの「富士山」が流れる。サントリーの広告宣伝予算はおそらく数十億円規模。全国の小売網で同時発売され、Amazonでは24本セットが2513円で売られている。

その約1ヶ月後の4月21日、ヒカキンが新しい麦茶「ONICHA」をセブンイレブン限定で発売した。税込149円、600ml、大麦100%のシンプルな設計。パッケージには「おにっぴ」という鬼のキャラクターが描かれ、ヒカキン本人の顔も名前もない。発売元は資本金1000万円の新設会社「BEE株式会社」、製造はチェリオコーポレーションのOEM。宣伝はヒカキンのYouTubeチャンネルと公式SNSアカウント、総額1500万円のAmazonギフトカードキャンペーン。

表層的には似ている。両方とも「退屈なカテゴリを壊しに来た」ポジショニングで、既存の飲料業界に対する挑戦状として出された。サントリーは「健康志向に対するギルティ消費」、BEEは「地味で退屈な麦茶に対するワクワクする麦茶」。敵の設定の仕方、対立構造を作るPR戦略、ほぼ同じ文法で書かれている。

だが裏側の構造を覗くと対照的になる。予算規模は桁違いで、チャネル戦略も正反対だ。サントリーが従来型のマス広告を全力投下する一方で、BEEはYouTubeとSNSだけで戦っている。広告費の非対称性から見ると、BEEの戦いは圧倒的に不利に見える。

しかし、実際の到達力で比較すると話は変わる。ヒカキンのYouTubeチャンネル登録者、公式SNSフォロワー、これらを全部合わせたリーチは、サントリーのTVCMに匹敵するレベルに達している可能性がある。しかも、サントリーが広告費として消費する数十億円に対して、BEEのマーケティングコストはほぼゼロ(ヒカキン自身の既存チャンネルを使うため)。マーケティング効率の差は、広告費の差よりさらに大きく開いている。

ここに、本記事のテーマが表れる。日本の広告業界で何が起きているのか。

2. BEEという組織の座組み

BEEを立ち上げたのは、ヒカキン一人ではない。代表取締役は2人で、ヒカキンと、UUUM創業者の鎌田和樹。副社長として山本光が加わっている。山本光は元GoogleでYouTubeクリエイター事業責任者を務めた人物だ。

この座組みを分解すると、それぞれの役割が見えてくる。

ヒカキンはブランドアイコンとして機能する。開発とクリエイティブの統括、動画での商品露出、ファンダムの動員。ヒカキンの個人ブランドが事業の基盤になる。

鎌田はUUUMを創業して上場させ、2024年にフリークアウト・ホールディングスに売却した実績がある。経営の重い部分、資金調達、事業開発、組織構築、これらを担当する。ヒカキンが個人で事業をやっていた場合には到達できない領域をカバーする。

山本は業界俯瞰の提供者だ。元GoogleでYouTubeクリエイター事業責任者という経歴は、世界中のクリエイターがどうIP化に成功・失敗してきたかを内部から見てきた立場を意味する。MrBeast、Logan Paul、Cocomelon、Pinkfong、こうした海外事例のパターン認識を持ち込める唯一の人物。

この3人が集まったことで、BEEは「ヒカキンの個人事業の法人化」を超えて、「クリエイターIPを体系的に事業化する会社」として設計されている。

3. パッケージに込められた戦略的判断

BEEが設計した戦略で最も興味深いのは、鬼茶のパッケージからヒカキンの要素を意図的に削っていることだ。

従来のヒカキン商品「みそきん」は、パッケージにヒカキンの顔とロゴが入り、「HIKAKIN PREMIUM」というブランド名を冠していた。個人ブランドの延長線上の商品だった。

鬼茶のパッケージには、ヒカキンの顔も名前もない。あるのは「ONICHA」のロゴと「おにっぴ」という鬼のキャラクターだけ。ヒカキンファンじゃない消費者が棚で手に取った時、これがヒカキン関連商品だと即座に認識できない設計になっている。

この判断には複数の戦略的意図が読み取れる。

第一に、ブランドの長期独立化。ヒカキンは35歳で、YouTube活動の寿命には限界がある。ヒカキン本人に依存したブランドは、本人の活動が衰えた時に一緒に衰える。キャラクターベースのブランドなら、本人引退後もブランド資産として残せる。将来30年続くIPを作る発想。

第二に、アンチ層への配慮。ヒカキンの顔が前面に出た商品は、アンチ層が店頭で避ける。キャラクター前面の商品なら、ヒカキンを知らない層や嫌いな層にもリーチできる。

第三に、親世代の購買決定への浸透。子どもはヒカキンを知っていても、親は必ずしもファンではない。親が「ヒカキン商品」と認識すると警戒するが、「可愛いキャラクターの麦茶」として認識すれば家族向け飲料として受け入れられる。

第四に、将来の商品ライン展開の布石。「おにっぴ」が独立キャラクターとして定着すれば、次の商品(クッキー、アイス、文具、アパレル)も同じキャラクターで展開できる。サンリオやちいかわのような多角展開が視野に入る。

この戦略パッケージを日本に持ち込んだのは、おそらく山本光だ。MrBeastのFeastables、Logan PaulのPrime、こうした海外のクリエイターIP化事例は、本人の顔を前面に出さずキャラクターやブランド名で勝負する構造を共通して持つ。ヒカキンと鎌田だけでこの発想には行きにくい。Googleで世界中のクリエイターを見てきた山本の視点が、ここに効いている。

4. YouTubeが過小評価してきた「人気の資産価値」

BEEの戦略が示唆する、より大きな問いがある。

YouTubeというプラットフォームは、クリエイターの人気の価値をどう評価してきたか。2000年代後半にAdSenseモデルが確立されて以降、クリエイターの収益は「再生数×RPM」という単純な計算で測られてきた。月間数千万再生で月収数百万円、これがヒカキン級YouTuberの年収の見せ方として定着した。

この評価モデルには盲点がある。クリエイターが実際に持っている資産は、広告収入に換算できる部分だけではない。

ファンダム:数百万人の継続的な注意を引ける装置 認知度:名前を聞いただけで商品を手に取ってもらえる信頼 購買転換力:勧めたものが買われる確率 ブランドヒストリー:長年の活動で蓄積されたキャラクター性 コンテンツ制作能力:商品PRのための動画を即座に作れる機能

これら全部を広告収入に換算すると、実際の経済価値が大幅に過小評価される。広告収入として顕在化している価値は、持っている資産のごく一部でしかない。

商品化は、この過小評価された資産を直接貨幣化する手段だ。ヒカキンの「みそきん」は累計5000万食、推定売上100億円規模。ヒカキン個人の広告収入で100億円を稼ぐには何年もかかるが、商品化すれば1〜2年で実現する。しかも商品は繰り返し売れる。YouTube広告収入は動画の再生が減れば下がるが、定着した商品ブランドは何年も売れ続ける。ストック型の資産として機能する。

鬼茶はその延長線上にある。ヒカキンの人気という資産を、広告収入というフィルターを通さずに直接貨幣化する試み。BEEが本気でこれをやろうとしている。

5. YouTuberが企業のマーケティングチャンネルになる現象

商品化とは別の角度から、クリエイター経済で起きている変化がある。YouTuber自体が企業のマーケティング部門として機能する構造だ。

従来の構図は単純だった。企業が広告をYouTubeに出稿し、YouTubeが広告枠を提供し、YouTuberに広告収入が分配される。YouTuberは「メディア上でコンテンツを作る人」で、企業のマーケティング活動の外側にいた。

現在進行している変化は、この構図を書き換えている。YouTuberが「企業のマーケチャンネルを運営する人」としての機能を持ち始めた。企業が自社で作れないコンテンツを、YouTuberに外注する、あるいは共同で作る。

この変化の具体例を、3つ紹介する。

事例1:株式会社pedantic(堀元見)

堀元見は作家・YouTuberとして「ゆる言語学ラジオ」「ゆるコンピュータ科学ラジオ」などを運営している。2022年4月に株式会社pedanticを設立し、2024年度の売上高は1億円を突破した。

pedanticの事業は、自社コンテンツの制作配信だけではない。他企業のYouTubeチャンネルに対するコンサルタント業と運営代行業を展開している。具体例として、株式会社バリューブックスのオウンドメディア「積読チャンネル」、ウイングアーク1stのトーク番組「ゆるっとアップデータ」(UpdataTV内)などを制作している。

これ企業側から見ると、自社でYouTubeチャンネルを立ち上げて運営する代わりに、pedanticに外注する選択肢が生まれたことを意味する。バリューブックスは書籍販売の会社で、本業が書籍の流通。YouTubeチャンネルを自前で運営するノウハウは社内にない。でもYouTubeで書籍の魅力を伝えたい。ここでpedanticが介在することで、企業のマーケティング機能が外部化される。

pedanticは従来のYouTuberの枠を超えている。個人クリエイターが企業のマーケ部門を代行する会社として事業化している。事業形態の変質。

事例2:ラランド×しずてつストア

しずてつストアは静岡県を中心に展開するスーパーマーケットチェーンだ。公式YouTubeチャンネル「オフィシャルしずてつストア」を持っており、そこで継続的にお笑いコンビ「ラランド」とコラボ動画を配信している。

動画タイトルの形式は「【しずてつストア×ラランド企画】」として確立されていて、2024年頃から現在まで継続している。「ニシダ、常葉大学でチャンネル登録迫!」「ニシダさん突撃!隣の晩ごはん編」「クセ強!?しずてつストア商品食レポ編」など、コンテンツは多岐にわたる。

特筆すべきは再生数だ。サムネで確認できる範囲で、平均10万再生前後、高いものは20万再生に達している。静岡の地方スーパーの公式チャンネルとして、この数字は異常値と言っていい。しかも数本の動画がバズったのではなく、継続的に毎本この水準を叩き出している。

しずてつストアがラランドに支払っているコラボフィーと制作費の合計は、Google広告で月数十万リーチを確保する予算より大幅に安いはずだ。しかも動画は蓄積して、過去の動画も継続的に再生される。Google広告が消費資産であるのに対し、YouTube動画は蓄積資産として機能する。

しずてつストアのスローガンは「しずてつストア百年構想〜しずてつストアでみんなをハッピーに」。食品を通じてお客様とエンゲージメントづくりに取り組む、と会社として公言している。短期売上ではなくエンゲージメントをKPIに置いている。この経営方針があるから、YouTubeチャンネルへの継続投資が可能になっている。

事例3:雷獣RaiseYou×スプリックス

「雷獣」は灘中・灘高の卒業生によるYouTuberグループで、メンバーのベテランち、かべなどがチャンネル運営している。2025年9月13日、メンバーの「かべ」が新チャンネル「RaiseYou」を開設した。コンセプトは「灘校・一橋大卒無職のかべが、いいパパを目指して奮闘するチャンネル」。

このチャンネルのスポンサーは、森塾や湘南ゼミナールを運営する株式会社スプリックスだ。教育サービス企業が、高学歴YouTuberの子育てチャンネルをスポンサードしている。

この構造は極めて洗練されている。教育サービス業の最大の課題は、顕在需要の少なさだ。「今すぐ塾を探している」人は限られていて、親が子どもの教育を真剣に考え始めてから塾を選ぶまでのジャーニーは長い。Google広告で「塾」を検索した時点では既に意思決定が進んでいるため、広告で介入する余地が狭い。

RaiseYouの設計は、この課題を巧妙に解く。「いいパパを目指す」というフォーマットに、子どもの教育への言及が自然に入ってくる。塾の話題を直接出さなくても、親世代の視聴者の頭の中に「教育」のキーワードが埋め込まれる。将来塾を探す時の第一想起ブランドとして、森塾や湘南ゼミナールが入る。

Google広告では絶対にできない施策だ。Google広告は検索行動の刈り取りしかできない。検索してない層、まだ需要が顕在化していない層へのブランド認知の埋め込みは、コンテンツベースのマーケティングでしか達成できない。

6. Google広告が過大評価されてきた

3つの事例に共通するのは、Google広告では到達できない領域を埋めていることだ。ここで、より大きな構造問題が見えてくる。

Google広告は素晴らしいツールだ。検索意図がある人を効率的にマッチングする機能において、これを超えるシステムは存在しない。測定可能性、即時性、コスト効率、どれも従来の広告媒体を圧倒する。

だが長年、日本の広告業界は「Google広告に予算を投じればマーケティングは完了する」という認識で動いてきた。この認識が過大評価を生んだ。

Google広告が提供しない機能がある:

ブランド構築:長期的な感情的つながりの形成 エンゲージメント蓄積:視聴者との関係性の深化 潜在需要の発掘:検索行動に至っていない層への認知埋め込み ストック型資産:出稿停止後も残り続けるコンテンツ コミュニティ形成:ブランドを中心とした視聴者コミュニティ

これらはGoogle広告では作れない。でも企業の長期的な成長には不可欠だ。

Google広告の優位性が議論されすぎた結果、これらの機能が軽視されてきた。測定可能で即時的なマーケティングだけが「効果のあるマーケティング」として扱われ、測定困難で長期的なマーケティングへの投資が薄くなった。

その結果として、空白地帯が生まれた。その空白地帯を埋めているのが、YouTuberを起点にしたエンゲージメント型マーケティングだ。pedantic、ラランド×しずてつ、雷獣×スプリックス、これら全部が別々の角度から空白を埋めに来ている。

日本の広告業界が2020年代後半に入り、Google広告中心からエンゲージメント中心への揺り戻しを起こしている。この揺り戻しに最初に乗り込んだのが、BEEであり、pedanticであり、しずてつストアであり、スプリックスだ。

7. しずてつストアという異例

3つの事例の中でも、しずてつストアは特に興味深い。地方スーパーという業態で、これだけ本格的にYouTubeチャンネルに投資できている例は他にほぼない。

地方スーパーの経営判断は通常、保守的だ。売上とコストの即時計算で動く。YouTubeチャンネル運営は効果測定が難しいため、短期のROI計算では却下される投資。多くの地方企業は、ここで「測れないから投資できない」という判断に至る。

しずてつストアが突破したのは、経営陣がエンゲージメントの長期価値を信じた、という判断だった。「しずてつストア百年構想」というスローガンは、短期売上ではなく世代を超えた関係構築を目指す意思表示だ。このスローガンを経営方針として機能させているから、YouTubeチャンネルへの継続投資ができる。

さらに重要なのは、しずてつストアが静岡県内の顧客だけをターゲットにしていないことだ。北千住マルイでの期間限定販売、東京進出を議論する動画企画、常葉大学(静岡の大学)訪問編、こうしたコンテンツは静岡県外の視聴者にもリーチする設計になっている。

地方スーパーの通常戦略は、地元密着とリピート顧客の確保だ。しずてつストアの戦略は、これを超えて全国ブランド化を目指している。静岡出身者が全国にいる、静岡に興味がある人が全国にいる、そうした層をラランドのチャンネル経由で掴みに行く。実現すれば、地方スーパーがD2Cブランドに近い構造を持つことになる。

動画コンテンツは時間経過で価値が上がる資産だ。現時点で毎本10万再生を稼げる動画が数十本以上蓄積されている。2028年、2030年と時間が経っても、これらの動画は再生され続ける。新しい視聴者が何年経ってもしずてつストアを発見し続ける。Google広告には絶対に作れない、時間軸を超える資産。

8. クリエイター兼起業家のコミュニティ

ここで話を人脈のレイヤーに広げる。3つの事例を成立させている人物たちは、単独で存在しているのではなく、相互に繋がったコミュニティを形成している。

堀元見はpedanticの代表取締役。サーヤは株式会社レモンジャムの社長(ラランドのマネジメントを担う個人事務所)。ベテランちは雷獣のリーダー(個人活動の事業主体として実質的に経営を担っている)。

3人とも、単なる「芸人」「YouTuber」ではなく、「クリエイター兼起業家」のポジションに立っている。そして3人はコンテンツ上で相互に交流している。

2025年8月11日、「東京2〜東京1、もうよくないですか?〜」というトークイベントが開催された。出演者はオモコロの原宿、ゆる言語学ラジオの堀元見、雷獣のベテランち。ベテランちが提唱した「東京2」という概念について3人で議論する企画だった。ここで堀元とベテランちの交流が確認できる。

雷獣チャンネルには、ラランドのサーヤが出演した動画「【神童】ラランド・サーヤさんに名門女子校→上智→芸人への軌跡を全て聞きました。」がアップされている。再生数97万、3ヶ月前。ここでサーヤとベテランちの交流が確認できる。

雷獣のベテランちが堀元見をテーマにした動画も作っている(「全く反省してない堀元に説教します」のタイトルで確認される)。ここにも3人の繋がりが現れる。

3人は独立に活動しているのではない。コミュニティ内で情報交換しながら、互いの事業モデルから学び合っている。

このコミュニティの共通点を整理すると:

知的に面白いコンテンツを作る:ラランドは高学歴女子のトーク、雷獣は灘校エリートのトーク、pedanticは学問系 法人化して経営している:個人活動ではなく、会社として事業を展開 自分のチャンネルを超えた活動:書籍、イベント、他社コラボ、複数事業 既存の枠に収まらない:事務所所属タレントでも個人YouTuberでもない第三のポジション

これが2020年代前半に生まれた「クリエイター兼起業家」のクラスタだ。従来の日本のエンタメ業界にはなかったポジション。

9. クラスタの相互学習

3つの事例が独立に発生したのではなく、コミュニティ内の相互学習の結果として同じ方向に進化している、という仮説が立つ。

想像される相互作用:

堀元がpedanticで「企業チャンネル受託」のモデルを確立する。他のクリエイターがそれを見て、同じ方向を模索する。

ベテランちが雷獣を法人として運営しながら、企業スポンサーを引き受ける方法を確立する。堀元とサーヤがそれを観察している。

サーヤがラランドを通じて、企業の自社チャンネルに長期出演するモデルを確立する。他のクリエイターがそれを「そういうポジション取りもあるのか」と認識する。

こうした相互学習が、明示的な「パクリ合い」ではなく、コミュニティ内の自然な情報伝播として起きている。同じコミュニティにいる全員が、日本のクリエイター経済の次のフェーズを同時に探索している状態。

このクラスタに隣接する存在として、QuizKnock(東大クイズ王集団、法人化済み)、オモコロ(ウェブメディア、原宿が中心)、令和ロマン(若手漫才師、雷獣メンバーとゲスト交流)などがいる。全員が「従来の事務所所属タレントではない形で活動している知的コンテンツ系」というカテゴリに入る。日本のエンタメ・メディアの次のフェーズを作っている層。

10. BEEはこのクラスタに参入した

ここで話を冒頭のBEEに戻す。

BEEの座組み(ヒカキン+鎌田+山本光)は、クリエイター兼起業家のコミュニティに対して、大物が参入してきた構図として読める。ヒカキンはこのコミュニティの「クリエイター」としては最大級の存在で、鎌田と山本は「経営者」としての経験と視点を持ち込む。

BEEの事業モデル(自社ブランドを持ち、OEM+小売独占で軽く展開、SNSでマーケ)は、pedanticやラランドやQuizKnockが探索してきた道とは違う角度だが、根底にある哲学は共通している。「クリエイターの資産を自社で事業化する」という哲学。

BEEの成功は、このコミュニティ全体を加速する。ヒカキン級のクリエイターが本格的に事業化に成功した事実は、他の中堅・トップクリエイターにも「自分も同じことができる」というロールモデルを提供する。

逆にBEEの失敗は、コミュニティに冷や水を浴びせる。「やはりヒカキンでも失敗するのか」という認識になれば、他のクリエイターの事業化意欲が萎縮する。

BEEは、単なる一企業の立ち上げではなく、日本のクリエイター経済の試金石だ。

11. 10年後の日本のエンタメ・メディア業界

この構造変化の射程を、10年後の視点から逆算する。

2035年頃の日本のエンタメ業界は、以下のような姿になっている可能性が高い:

従来の事務所所属タレントモデルは衰退している。UUUMは2024年にフリークアウト・ホールディングスに買収されたが、同様の事務所買収・統合が続き、大手事務所の存在感が薄れる。

クリエイター個人が法人を持って、企業と直接契約するマトリックス構造が標準になる。数百〜数千のクリエイター法人が、数千〜数万の企業と契約する網の目のような関係性。

この網の目の中で、pedanticのような「企業マーケ受託会社」がハブとして機能する。数百社のクリエイター個人法人を束ねて、数千社の企業にマーケティング機能を提供する中間業者。

BEEのような「クリエイターIP事業会社」が増える。個人ブランドから独立したIPを持つ会社が、多数の商品ラインを展開する。

地方企業のYouTubeチャンネル運営が標準になる。しずてつストアが先行事例になり、他の地方企業が追随する。地方創生のマーケ手法として確立される。

Google広告は、依然として重要だが、唯一絶対のマーケティング手段ではなくなる。エンゲージメント型マーケティングと並列の選択肢として位置づけられる。

12. 結論

話を最初の2つの飲料に戻す。

サントリーが選んだNOPE戦略は、2020年代前半までの日本広告業界の標準だった。大資本を投下し、TVCMで認知を獲得し、全国の小売網で販売する。この戦略は今でも機能する。

BEEが選んだONICHA戦略は、2020年代後半以降の日本広告業界の新しい標準になる可能性がある。クリエイターのファンダムを起点に、OEMと小売独占で軽く展開する。広告費を掛けずに到達を確保する。

どちらが正解かは、2026年時点ではまだ分からない。ONICHAが1年後も棚に残って継続的に売れているか、3年後にBEEが他の商品ラインを出せているか、10年後にヒカキンから独立した「おにっぴIP」が確立しているか、これらの結果が数年かけて見えてくる。

しかし、2030年時点で振り返った時、2026年春は「日本の広告業界のパラダイムが静かに転換した年」として記憶される可能性が高い。サントリーとヒカキンが同時期にほぼ同じポジショニングで飲料を出した、この偶然の並列が、業界の分岐を象徴している。

日本の広告業界は、Google広告の過大評価から抜け出しつつある。エンゲージメントの長期価値、クリエイター経済の本格化、IP化の体系的実装、これらが次のフェーズの中心テーマになる。

観察者として今この瞬間を見ている読者が、数年後にこの記事を読み返した時、「あの頃から見えていたな」と感じてもらえれば、書いた価値がある。

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