死んだら蔵書はどうなる?
ここ数日Xで話題になっている荒俣宏さんのインタビュー記事。
荒俣ファン、読書家、本にかかわるお仕事の方など、皆さん大なり小なりショックを受けている。
紙の書物の価値は長い歴史の中で見ると、かなり落ちて来ているのは確か。
古くは紙自体が貴重で本を作るとなると手間もお金もかかり、大量生産もまだ出来なかった。中世のヨーロッパでは盗難を防ぐために図書館の本棚と本とを鎖で繋いだことも。
戦争で他国を占領すると、その国の本を集める。知と富の象徴である本は権力の象徴でもあったのだ。
それが今や本が売れないと言われる一方で、売れ残った本は廃棄処理されてしまう。
図書館は限られた予算の中で、利用者からの要望のある新刊に予算を割きたい。さらに蔵書は増える一方だがスペースには限りがある。
図書館も毎年幾らかの本を廃棄処分しているはずだ。
微力ながら本と人との橋渡しができればと古本屋をやっている。
元々の蔵書を捌きながら、新たに仕入れもしているので減ってるんだか増えているんだか分からなくなって来ている。
そんな中、どこへ出してもなかなか売れてくれない本がある。
私も若くはないので、本当は今の雑多に本が溢れた状態はよろしくない。私が突然いなくなったら家族は困り果ててしまうだろう。
売れない本を前に手が止まってしまうことがある。どこかで最終的な処分に回す判断をしなければならない。
Amazonで1円で売られている本はそんな本なのかもしれない。
きっとどこかにその本を必要としている人はいるはずなのに。まだ出会っていないだけかもしれないのに。
荒俣さんの本なら何としても手に入れたいものだと猛烈に願う人がたくさんいることだろう。
今は廃棄物処理場から掘り出し物を手に入れて儲けを出している業者も多いから、いつか誰かの手に渡る日が来るかもしれない。
そうであることを祈る。
私も日々黙々と本を選び、そして売る。
本と人とのご縁を信じて。
