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レシートがないだけで、使った事実まで消えるんですか?

「領収書、ありますか?」

私がそう聞くと、社長は少し黙った。

月次の資料には、会社のカードで支払った32,480円がある。

ホームセンターで、現場に必要な工具と資材を買ったらしい。

買った物も覚えている。

使った現場も分かっている。

カードの明細にも店名と金額が載っている。

ただ、レシートだけがない。

「もらったとは思うんですけどね」

社長は財布を開いた。

名刺、駐車券、期限の切れた割引券、いつのものか分からないレシートが何枚か出てきた。

探している32,480円は出てこなかった。

「ないですね」

「そうですね」

「でも、本当に買ってますよ」

「それは分かっています」

「じゃあ、いいじゃないですか」

社長の声が、少しだけ強くなった。

社長は、レシートをなくしたかったわけではない

社長の言い分はこうだ。

朝から現場へ行き、足りない資材に気づいてホームセンターへ寄った。

店内を歩き回って必要な物を集め、会社のカードで払った。

急いで車へ戻り、次の打ち合わせへ向かった。

買った工具は、もう現場で使っている。

カードの引き落としもされている。

店の防犯カメラを見れば、自分が買っている姿だって映っているはずだ。

それなのに、数センチの紙が見つからないだけで、税理士から「確認できません」と言われる。

> 金は実際に出ている。  
> 物も実際に会社で使っている。  
> なのに、紙がないと使っていないことになるんですか?

そう言いたくなる気持ちはよく分かる。

社長は、レシートを保管するためにホームセンターへ行ったのではない。

仕事を止めないために資材を買いに行ったのだ。

レシートを財布のどこへ入れたかより、午後の現場に間に合うかの方が、その瞬間は大事だった。

税理士は後日、静かな部屋で書類を見る。

社長はその日、電話を受け、車を運転し、人に指示を出しながら動いている。

同じ32,480円を見ていても、見えている景色が違う。

税理士は、紙の方を信じているように見える

社長からすれば、毎月同じやり取りである。

「これは何に使いました?」

「誰と行きました?」

「領収書はありますか?」

仕事で必要だったと言っているのに、なぜか税理士は紙を欲しがる。

まるで社長本人の説明より、薄い感熱紙の方を信用しているように見える。

「私の言うこと、信用してないんですか?」

実際にそう聞かれたこともある。

信用していないわけではない。

むしろ、社長が本当に使ったお金だと思っているから、あとで説明できる状態にしておきたいのだ。

税務調査が来るのは、買い物をした翌日ではない。

何年か後に、当時を知らない人から聞かれる。

そのとき社長が「たしか工具だったと思います」と言っても、記憶は今ほど鮮明ではない。

担当者が変わっているかもしれない。

その現場が終わっているかもしれない。

工具が壊れて、もう会社にないかもしれない。

レシートは、社長を疑うための紙ではない。

数年後の社長に代わって、その日のことを説明してくれる紙である。

レシートがなければ、すべて終わりなのか

ここで税理士が「領収書がなければ絶対に経費になりません」と言えば、話は簡単だ。

ただ、現実はそこまで単純ではない。

法人には、取引を帳簿に記録し、取引に関して受け取った領収書などの書類を保存することが求められている。

一方で、レシートを一枚なくした瞬間に、その取引自体が地上から消えるわけではない。

大事なのは、その支出が本当に会社の事業に必要だったのかを、ほかの事実も含めて説明できるかである。

カード明細。

購入履歴。

注文メール。

納品書。

店に再発行を相談できる書類。

買った物、日付、金額、店名、使った現場をその場で残したメモ。

レシートの代わりに何か一枚を作れば自動的に大丈夫、という話ではない。

それでも、「なくしました。何を買ったかも覚えていません」より、取引の中身を具体的に説明できる材料がある方がいい。

ただし、法人税の経費として説明できるかという話と、消費税の仕入税額控除に必要な請求書等を保存しているかという話は、同じではない。

消費税では、原則として帳簿と請求書等の保存が必要で、帳簿だけで認められる取引や少額特例には条件がある。

「カード明細があるから全部同じ」は、少し危ない。

社長が腹を立てる相手は、税理士ではないかもしれない

「じゃあ、どうすればいいんですか」

社長はまだ少し不満そうだった。

私は言った。

「まず、お店に購入記録が残っていないか確認しましょう。カード明細と、買った物や現場も今のうちに残してください」

「毎回そんなことするんですか?」

「毎回なくさなければ、しなくて大丈夫です」

社長は笑わなかった。

こういうときの税理士は、正しいことを言っているのに感じが悪い。

だから、今後のルールは細かくしすぎない方がいい。

会社の支払いをしたら、受け取った紙を財布に入れない。

車の中の決まった封筒へ入れる。

または、その場で撮影して会社の保存先へ送る。

メールやウェブで受け取った書類は、紙に変えて安心せず、電子データのまま決めた場所へ保存する。

人間は、レシートをなくす。

だから「絶対になくさないよう気をつける」ではなく、考えなくても同じ場所へ行くようにする。

税理士が欲しいのは、社長の反省ではない。

次に同じ質問をしなくて済む仕組みである。

今日、財布のレシートを全部出す

今日やることは、一つだけ。

財布、車、鞄に入っているレシートを全部出す。

会社のものだけ、決めた一か所へ移す。

なくした一枚を何時間も探すより、今あるものを次になくさない方がいい。

社長が本当に仕事で使ったお金は、レシートがないだけで嘘にはならない。

ただ、本当のことほど、あとで説明できるようにしておいた方がいい。

税理士が紙を欲しがるのは、社長の言葉を信用していないからではない。

数年後の社長が、今日の社長ほど自信満々に思い出せないことを知っているからである。

たまに税金。だいたい人間。

別表

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