一人社長の昼飯は、本当にただの昼飯なのか。
昼の12時半。
一人社長が、駅前の定食屋に入る。
注文したのは生姜焼き定食。
料理を待っている間に、午前中のメールを返す。
定食が来たところで取引先から電話が入る。
味噌汁を一口飲んで、午後の訪問先までの経路を確認する。
食べ終わる頃、まだ入金されていない請求書を思い出す。
店にいたのは25分。
ゆっくり昼休みを取った、という感覚はたぶんない。
会社の仕事をいったん止めて昼飯を食べたのではなく、仕事を続けながら途中で燃料を入れた。
本人としては、そんな感じだと思う。
そして会計ソフトには、1,100円の「会議費」が残る。
一人社長に、昼休みはあるのか
会社員なら、昼休みは仕事から離れる時間かもしれない。
一人社長は、なかなかそうならない。
昼飯を食べていても電話は鳴る。
メールも来る。
午後の予定が詰まっていれば、食べたい物より早く出てくる店を選ぶ。
店が混んでいれば、コンビニのおにぎりを車の中で食べる。
その間も、頭の中には売上、資金繰り、取引先、来月の仕事がいる。
誰かに任せようにも、誰もいない。
仕事を取ってくるのも自分。
請求書を出すのも自分。
お金を回収するのも自分。
何かあったときに責任を取るのも自分である。
だから社長は言う。
「昼飯を食べてる間も仕事してるんですよ」
これは、たぶん本当だ。
「普通の会社員の昼飯と一緒にされても困るんですよ」
この気持ちも分かる。
「会社のことを考えながら食べてるんだから、会社の経費でいいでしょう」
ここまで来ると、税理士は少し姿勢を正す。
社長の頭から、会社はなかなか消えない
一人社長は、仕事と私生活の境目が薄い。
休日に家族と出かけていても、取引先から電話が来れば出る。
風呂に入りながら、新しい商品の値段を考える。
夜中に目が覚めて、口座残高を確認する。
食事中くらい仕事を忘れればいい、と簡単には言えない。
忘れたくても、向こうから連絡してくるからだ。
そう考えると、一人社長の昼飯を単なるプライベートと言い切ることに、少し乱暴さがあるのも分かる。
会社の都合で店を選び、会社の電話を受け、会社の予定に追われながら食べている。
社長側から見れば、こうなる。
「自分の時間を会社に全部使っているのに、昼飯代だけ急に個人の話になるんですか」
そう言いたくなるのは、自然だと思う。
税理士としても、ここで社長の努力を否定したいわけではない。
ただ、努力の量と経費になる範囲は、残念ながら同じ物差しでは測れない。
仕事中に食べたのか、仕事のために食べたのか
税務では、「仕事をしながら食べた昼飯」と「仕事のために必要だった食事」を分けて考える。
いつもの一人ランチは、基本的には生活のための食事だ。
メールを3通返したとしても、生姜焼き定食そのものが会社の仕事に変わるわけではない。
もし「仕事のことを考えながら食べた」が基準になるなら、一人社長の朝食も夕食も経費になる。
寝る前に来期の売上を考えながら食べたプリンも、危ない。
社長の頭から会社が離れないことと、口に入る物をすべて会社が負担することは、別の話である。
一方で、取引先との商談を兼ねた食事、社内会議に伴う食事、出張や残業に伴う食事、会社の制度として行う食事補助などは、それぞれ事情や条件を見て判断する。
全部ダメでもなければ、全部いいでもない。
誰と食べたか。
何のために食べたか。
なぜ会社が負担するのか。
店名より、こちらの方が大事になる。
「会議費」と入力しても、参加者は増えない
一人ランチを会議費にしている社長に、誰との会議だったか聞く。
「自分との経営会議です」
そう答える人もいる。
一人で経営を考える時間は必要だ。
むしろ、意識して作った方がいい。
ただ、勘定科目を「会議費」に変えても、参加人数は一人のままである。
会計ソフトには、そこまで人を増やす機能はない。
会社が役員個人の通常の食事代を負担すれば、単に勘定科目の問題では済まず、役員への経済的利益、つまり給与と同じようなものとして扱われる問題も出てくる。
金額が小さいから、毎回は気にならない。
でも、平日の昼食が月20回。年間で240回。
一回は小さくても、並べると立派な習慣になる。
税務調査では、単発の1,100円より、その習慣の方が見えやすい。
一人社長だからこそ、先に線を引く
毎回悩む必要はない。
いつもの一人ランチは、自分で払う。
取引先との食事は、相手と目的を残す。
出張、残業、食事補助などは、会社のルールと条件を確認する。
法人カードで間違えて払ったら、会社に返す。
このくらいでいい。
今日やることも一つだけ。
直近1か月の「会議費」を見て、飲食店の支払いに相手と目的が残っているか確認する。
一人で食べた普通の昼飯と、本当の会議が混ざっていたら、今のうちに分けておく。
一人社長が、昼飯を食べながら仕事をしている。
それは、たぶん本当だ。
昼休みらしい昼休みがないことも、本当だと思う。
ただ、仕事をしながら食べた昼飯と、仕事のために必要だった昼飯は、少しだけ違う。
一人社長に昼休みがないことと、昼飯代を誰が払うかは、残念ながら別の話である。
たまに税金。だいたい人間。
別表四郎
