イブ物語|判断寓話|エラとヨル|外伝 インテンション 第四話 RIF(強行偵察)
※ファンタジー小説『エラとヨル』外伝。
冒険者ギルド『インテンション』の物語です。
本編未読でも楽しめます。
敵を倒すだけでは、生き残れない。
これは、五人の冒険者が「判断」を学ぶ物語。
洞窟の内部は、想像していたよりも広かった。
通路には一定の間隔でかがり火が掛けられ、頼りない炎が足元を照らしている。
前衛にはライアンとマーク。
その後ろにレーアとヒロが続き、殿をリアが務めていた。
天然の洞窟を、さらに奥へと掘り進めたような造りになっている。
通路には、鼻を刺す異臭が漂っていた。
腐敗臭と汚物の臭い。
まるで、巨大な獣の巣に踏み込んだようだった。
一行は口元に布を巻き、できるだけ浅く呼吸する。
ヒロだけは布を巻かず、小さく首を振った。
「匂いも重要な情報だ」
普段からヒロが口にしている言葉を思い出し、レーアは黙って頷いた。
途中にはいくつかの分かれ道があった。
だが、一行は最も幅の広い通路を選び、慎重に奥へと進んでいく。
不意に、先頭を歩いていたライアンが拳を上げた。
――停止。
すぐさま、全員が足を止める。
ライアンはゆっくりと振り返ると、二本の指で自分の目元を示し、そのまま前方へ向けた。
――警戒。
レーアは姿勢を低くしたまま、ライアンのそばまで近づいた。
「この先から、物音がする」
ライアンは小声で告げると、再び視線を前方へ戻した。
通路の先には、曲がり角がある。
その向こうから、かすかな明かりが漏れていた。
何かを叫ぶような声。
金属同士が擦れ合う音。
それらが洞窟の壁に反響し、低く響いている。
レーアが目を細めたとき、その肩をヒロが軽く叩いた。
「接敵の可能性が高い。どうする?」
短い問いが、場の緊張をさらに高める。
レーアは一度だけ考え、ライアンを指差した。
「二人で確認する。残りは退路の確保をお願い」
五人は顔を見合わせると、黙って頷いた。
レーアとライアンは余分な装備をその場に残し、身軽になる。
そして、できるだけ物音を立てないよう、慎重に通路を進んだ。
音の聞こえる曲がり角の手前で、レーアが立ち止まる。
胸元から小さな鏡を取り出し、壁際からわずかに差し出した。
鏡に映ったのは、通路の先に広がる大きな空間だった。
その広場には、多数のゴブリンが集まっている。
思っていた以上の数だ。
レーアは鏡の反射に気を配りながら、一体ずつ確認していく。
その途中で、手が止まった。
群れの中に、明らかに体格の違う個体が混ざっている。
一体。
二体。
三体。
確認できただけでも、三体はいた。
レーアは後方を警戒していたライアンと場所を入れ替える。
ライアンも鏡を使って状況を確認すると、表情を変えずに頷いた。
二人はすぐに後退を始めた。
仲間たちの待つ場所まで戻ると、レーアは一度息を整えてから報告する。
「広場に複数のゴブリンを確認。さらに、上位種のホブゴブリンが三体いる」
全員の顔色が変わった。
ホブゴブリンは、普通のゴブリンとは比べものにならない脅威だ。
身体が大きく、力も強い。
高い知性を持ち、ゴブリンの群れを率いて、統率された動きを取る。
その場には、武器も集められていた。
ただ棲みついているだけではない。
一つの結論が、全員の頭に浮かぶ。
この群れは、村を襲う準備を始めている。
「情報は十分に集まったわ。ディア教官たちと合流する」
レーアの言葉に全員が立ち上がると、レーアたちも装備を回収し、すぐに撤退を始めた。
*
「まずい」
出口の明かりが見え始めたところで、ヒロが声を上げた。
その警告とほぼ同時に、脇道から二匹のゴブリンが姿を現す。
先頭を進んでいたライアンが即座に踏み込み、一匹の胸へ剣を突き立てた。
だが、もう一匹は甲高い奇声を上げ、そのまま洞窟の奥へ逃げていく。
追えば、隊列が崩れる。
レーアは迷わなかった。
「戦闘準備! 追撃はしない。洞窟からの撤退を優先!」
全員が武器を抜き、出口へ向かって走り出す。
最初に洞窟を抜けたマークが振り返った。
最後尾を走るリアの背後。
通路の暗がりに、いくつもの影が浮かび上がっている。
「敵襲! 後方、多数!」
マークが叫び、素早く盾を構えた。
直後、風を切る音が響く。
硬い音とともに、飛来した矢が盾に突き刺さった。
さらに洞窟の奥から、数本の矢が立て続けに放たれる。
そのうちの一本が、リアの耳元を掠めた。
矢を避けようと身体を引いた瞬間、足元の窪みに踏み込む。
足取りを乱し、前のめりに倒れかけた身体を、レーアが咄嗟に支えた。
その瞬間だった。
「ぐっ……!」
レーアの口から、押し殺した声が漏れる。
一本の矢が、太ももの外側に突き刺さっていた。
ライアンはすぐに引き返し、崩れ落ちそうになるレーアの身体を支える。
ヒロも足を止め、弓を構えた。
狙いを定める余裕はない。
追手の前方へ矢を打ち込み、進行を牽制する。
「止まるな! 出口まで運べ!」
ヒロの声に、リアがレーアの反対側へ回った。
レーアはライアンとリアに両肩を支えられ、苦痛に顔を歪めながら足を動かす。
その背後では、ゴブリンたちの叫び声が確実に近づいていた。
全員が洞窟を抜けると、ライアンとマークが入口へ向き直った。
ヒロも二人の後方に立ち、再び弓を構える。
その間に、リアはレーアを近くの茂みまで運んだ。
レーアを地面に座らせると、リアはすぐに傷口を確認する。
太ももを貫いた矢の先端が、反対側から突き出していた。
リアはナイフでズボンを切り開き、傷の周囲に目を走らせる。
「矢は貫通してる。太い血管は外れてる」
鞄から布と包帯を取り出し、丸めた布をレーアの口元へ差し出した。
「動けば矢尻が傷を広げる。抜く」
レーアは短く頷くと、布を強く噛んだ。
リアは太ももから突き出している矢尻をナイフで折る。
残った矢を握り、慎重に引き抜いた。
「んっ……!」
レーアの身体が大きく震える。
リアはすぐに傷口へ布を押し当て、両手で強く圧迫した。
布には、瞬く間に血が滲んでいく。
しばらく圧迫を続けたあと、リアはその上から包帯をきつく巻いた。
「ごめん」
リアは小さく呟いた。
レーアは痛みに顔を歪めたまま、わずかに首を振る。
リアは立ち上がると、剣を抜いた。
そして、ライアンたちのいる洞窟の入口へ駆け戻っていく。
残されたレーアは、包帯の巻かれた太ももを押さえながら、荒い呼吸を繰り返した。
鈍い痛みが、少しずつ思考を奪っていく。
*
洞窟の入口では、すでに戦闘が始まっていた。
前衛を務めるライアンとマークが、押し寄せるゴブリンを食い止めている。
マークが盾で攻撃を受け止め、その横からライアンが剣を振るう。
後方では、ヒロが二人の隙間を抜くように矢を放っていた。
そこへリアが戻り、剣を構える。
レーアは負傷した。
今までのように、指示を待つことはできない。
誰かが、判断を引き継がなければならなかった。
ライアンは迫るゴブリンの剣を受け流し、その胸を斬り裂く。
倒れた敵を蹴り退けると、仲間たちへ向かって叫んだ。
「オールウェポンズフリー! 各自の判断で反撃!」
その号令とともに、四人はそれぞれの武器を構え直した。

🔙第三話 第五話🔜


