イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第七十一話 亀に聞けば良いよ
エラが見たものが、この街の未来を変えるかもしれない。
信じるには、あまりにも突飛な話だった。
それでも私たちは、かがり火の揺れるテントで、彼女の言葉を待っていた。

エラとヨル 第七十一話
【亀に聞けば良いよ】
テントの外には、かがり火が灯っていた。
ときおり地面を揺らす震動も、先ほどまでより間隔が空いている。
街の地図が広げられた机の前には椅子が並び、私たちはそれぞれの席に着いた。
ニコの隣には、ジャッジメントとフォーチュンがいる。
――ジャッジメントさん、無事だったんだ。
私と目が合うと、ジャッジメントは目元を和らげた。
ディケは部下から受け取った書類に署名を終え、こちらへ視線を向ける。
「そろそろ、話を聞かせてもらいましょう」
ローズも部下に指示を出したあとに、手を止めて言う。
「この街を救う方法……嘘だったら、わかってるね」
ローズはどかりと椅子へ腰を下ろし、鋭い眼光をエラに向けた。
ニコもまた、エラを見つめながら言葉を待っている。
「私、見たんだ……」
エラがゆっくりと口を開く。
一同の視線が、彼女へ集まった。
「あそこで……禁区の中で、ドラゴンになりかけたときに見たんだ。この砂漠の先に、大きな川が流れているのを」
「ドラゴン?」
ディケが声を上げる。
ローズも片眉を上げ、エラの顔を見た。
「エラは、竜なる人って呼ばれる存在で……体にドラゴンの力が宿っているらしいです」
私は二人に向けて補足した。
「竜祀教が守っていた竜石には、その力を強める作用と、制御する作用があるそうです」
エラの横顔を見ながら、私は続ける。
「私たちは禁区で、その力を見ました。翼を生やして炎を吐く、エラの姿を」
ニコは黙ったまま、ゆっくりと頷いた。
「私たちは、エラを縛る竜石を探し出し、砕くためにこの街へ来ました」
隣でオトも静かに頷く。
「信じられないかもしれません。私も竜石の真実を知ったのは、今日です」
短い沈黙が落ちた。
それを破るように、ローズの大笑いがテントに響き渡る。
「アッハッハ! やっぱり飽きない連中さね。この紫頭が、ドラゴンの末裔だって?」
ローズは腹を抱えてしばらく笑ったあと、面白がるようにエラを見た。
「いやはや、ドラゴンの話を最初にしたのは私ですが……そのときには、ドラゴンが部屋にいたってことですか?」
ディケも、思わず息を呑んだ。
ユング長官が解任されたあの日、エラもあの場にいた。
あのときディケが話したドラゴンは、ただの思いつきではなかったのかもしれない。
自分の推測が思いもよらない形で答えに繋がったことに、ディケは驚きを隠せないようだった。
「ここまでの話は、私も禁区で聞きました」
場の空気を整えるように、ニコが口を開く。
ジャッジメントは、一瞬だけ目を細めた。
「それと、もう一つ。みなさんに伝えておかなければならないことがあります」
そう告げると、ニコは私たちの顔を順に見た。
迷いを押し込めるように息を吸い、意を決して言葉を紡ぐ。
「私はサーシャではありません。女帝サーシャの双子の妹、ニコです」
ローズの片目が大きく開いた。
エラがドラゴンの末裔だという話以上に、その告白は彼女を驚かせたらしい。
「ニコ様、よろしいのですか?」
ジャッジメントが静かに問いかける。
ニコは片手を上げてそれを制し、言葉を続けた。
「本物のサーシャは、いま『サン』という名前で、この街にいます」
ディケは頭を掻きながら呟く。
「それ、記録に残りますが……良いのですか?」
ニコは、ほんの少しだけ口元を上げた。
そして、宣言するように言い放つ。
「私はニコ。サーシャの妹であり、女帝サーシャの名を背負う者です」
その言葉に、ジャッジメントとフォーチュンは同時に椅子から立ち上がった。
そしてニコの前で片膝をつき、深く頭を下げる。
「サーシャだろうがニコだろうが、こっちは構わないよ。この街を救う方法がわかればね」
ローズは肩をすくめて笑った。
ただ、その目はニコの決意を真っ直ぐに見据えているようだった。
「血縁者による相続ですか……サーシャさんの意思が確認出来れば、手続き上は問題ありませんね」
そう言うとディケは分厚い本を開き、スラスラとメモを取った。
「で、話を戻しますが、エラさん。そのあなたが見た大きな川なんですが……」
ディケは眼鏡を指で持ち上げると、改めてエラを見つめた。
「砂漠の端にあるはず。そうとしか言えないよ」
エラも、自信があって言っているわけじゃない。
それでも、見えたものをなかったことにしない人だ。
私はエラの言葉を信じた。
「あるはず、じゃあねぇ……」
ローズは片肘を机につき、頬杖をつきながら呟く。
フォーチュンの目が金色に揺らめいた。
けれど、すぐに小さく首を振る。
「そんな先までは……見えません……」
ニコへ報告するように告げると、彼女は静かに頷いた。
「エラ。ありがとう。でも、どうやってその川までギガントタートルを導くつもり?」
ニコの問いに、エラはテントの天幕を見上げる。
「空、飛べるかも……」
その言葉に、オトが思わず吹き出した。
「エラさん。それだけでは、みなさんにはわからないですよ」
オトはそう言うと、代わりに説明を始める。
「エラさんは昔から、遠くを見たいと思うと空に飛んでいたそうです」
ニコが驚いた表情を浮かべた。
「ニコ、ごめん。黙ってた」
エラは頭に手をやり、気まずそうに視線を逸らす。
ニコは少しだけ、不満そうな顔をしていた。
――そりゃ、怒るよね。
私は少し口元が緩む。
そして、旅の途中で、その話を聞いたときの気持ちを思い出していた。
肝心なところがズレている。
そんなエラにも、すっかり慣れてしまった自分が少しおかしかった。
「竜石には力を増幅させる作用もあります。危険なのはわかっています。でも、制御できる状態なら――エラさんは空を飛べるかもしれません」
オトの説明に、エラはにやりと笑って目線を送った。
「そうそう。だから私が空を飛んで、川を見つけてくる」
自分の言いたかったことが伝わったと思ったのか、エラは嬉しそうに言葉を続ける。
「えっと、川が見つかったとして……どうやってそこまで行くのです?」
ディケは真剣な表情のまま尋ねた。
エラは顎に手をやり、しばらく考える。
そして、あっさりと答えた。
「亀に聞けばいいよ」
一同の視線が、エラに集まる。
「亀に聞く?」
ローズは、また笑いそうになるのを堪えながら言った。
「この亀さ。ドラゴンが怖かっただけなんだ。だから、どうしたいか聞いたら答えてくれるかも?」
エラは、とぼけたような顔で続ける。
「いやいやいや。その亀にどうやって聞くか。その方法を聞いているんです」
ディケは呆れたように言うと、大きくため息をついた。
「たぶん、大丈夫!」
エラはにこりと笑って答えた。
私はエラを見つめて伝えた。
「エラ。空へ行こう」
その言葉にエラが笑う。
「でも、一人じゃないよ」
エラが不思議そうな顔を浮かべる。
「私も一緒に行くから!」
そう言うとエラは満面の笑みで大きく頷いた。

