イブ物語|判断寓話|エラとヨル|外伝 インテンション 第二話 SL(分隊長)
※ファンタジー小説『エラとヨル』外伝。
冒険者ギルド『インテンション』の物語です。
本編未読でも楽しめます。
敵を倒すだけでは、生き残れない。
これは、五人の冒険者が「判断」を学ぶ物語。
夜明け前。
朝靄の残る街道を、六人は一定の歩調で走っていた。
土を踏む音だけが、規則正しく続いている。
その静けさを破るように、先頭を走るディアの後で、レーアが声を張り上げた。
「歩調、歩調、歩調とーれ!」
「「「「「歩調、歩調、歩調とーれ!」」」」」
続いて、マークが大きく息を吸う。
「一、とーれ!」
「「「「「一、とーれ!」」」」」
今度はリア。
「二、とーれ!」
「「「「「二、とーれ!」」」」」
ヒロが引き継ぐ。
「一、二、三、四!」
「「「「「一、二、三、四!」」」」」
最後尾を走るライアンも声を上げる。
「一、二、三、四!」
「「「「「一、二、三、四!」」」」」
一巡すると、再びレーアの掛け声が街道に響いた。
夜明け前の静かな街道に、若い冒険者たちの力強い唱和が、途切れることなく続いていた。
*
「なあ、ライアン。知ってるか?」
マークは桶の水を頭からかぶると、布で髪を拭きながら声をかけた。
「冒険者って、朝から走ったりしないらしいぜ」
隣では、上半身裸のライアンが水に浸した布を絞り、黙々と体を拭いている。
「しかも、朝夕の点呼もないらしい……」
マークは、どこか信じられないといった様子で続けた。
「もしかして、俺たちって……」
「今更の情報、ありがとう」
二人の背後から、ヒロの声が飛んできた。
マークが振り返る。
ヒロはカップの水を勢いよく飲み干すと、口元をわずかに上げた。
「号令で動くのも、連帯責任なのも、全部俺たちだけだ」
マークは口を開けたまま固まった。
まさに今、自分が辿り着いたばかりの事実を、言葉にする前に説明されてしまったのだ。
「それでも……」
ライアンの声に、マークはようやく現実へと引き戻された。
ライアンは新しい服に袖を通すと、すぐに装備の点検を始める。
「それでも、強くなれるなら問題ない」
その言葉に迷いはなかった。
「気づいてなかったのって、俺だけ!?」
マークが絞り出した声が、虚しく響く。
「集合!」
遠くから、ディアの号令が飛んできた。
マークは慌てて服を着ると、すでに駆け出していた二人の後を追った。
*
全員が集合したところで、ディアが口を開いた。
「本日は、敵拠点の発見、および戦力の把握を行う」
その言葉を聞いた瞬間、レーアの金色の瞳がわずかに細められた。
「ディア教官。質問よろしいでしょうか?」
ヒロが軽く手を挙げる。
「索敵が主任務だと理解しました。ただし、敵と遭遇し、予定外の戦闘に突入した場合、交戦に関する方針はありますか?」
ディアが口を開こうとしたとき、その隣に立つシーズが先に答えた。
「予定外の戦闘を想定する理由は?」
ヒロは間を置くことなく答える。
「敵拠点を発見するまでに、哨戒中の敵と遭遇する可能性があります。その場合、接触を避けるのか、排除するのかによって必要な装備が変わるからです」
シーズは黙ったまま、その答えを聞いていた。
「先に教官殿の方針を、ご教示いただきたいと具申いたします」
淡々とした口調だった。
だが、その丁寧すぎる言葉には、かすかな棘が混じっていた。
シーズはヒロが言い終えるのを待ってから、静かに口を開いた。
「任務の方針と、現場での判断を混ぜているね」
口調は柔らかい。
だが、その目は真剣だった。
「今回の目的は、敵拠点を発見し、戦力を把握することだと説明されたはずだよ。そこで起こり得るすべての状況を、出発前に決めておくことはできない。実際に何が起きたかを見て、現場で判断する必要がある」
ヒロは黙って聞いている。
「敵と遭遇し、戦闘になった。だから戦う。それ自体は自然な判断だよ」
シーズは五人を順番に見渡した。
「でも、今回の任務は敵を倒すことではないよね。敵の戦力を把握し、生きて情報を持ち帰ることだ」
そこで一度、言葉を切る。
「なら、敵と遭遇したとき、どう対応するのが最も効率的かな?」
ヒロはその言葉に納得したように、小さく頷いた。
「先手必勝!」
マークが拳を手のひらに打ちつけ、力強く呟いた。
「だいたいのことは、マークが悪い」
それを聞いていたリアが、眠たげな目のままぽつりと言う。
「えっ?違うの?」
マークがとぼけた風に声を上げると、やれやれと言ったポーズをリアがとった。
そこで、ようやくディアが口を開く。
「目的は伝えた。そして今回は、この中から指揮官を決めて動いてもらう」
シーズの目がわずかに開いた。
だが、すぐに何事もなかったように微笑む。
「私がやります」
レーアが即座に手を挙げた。
隣に立つライアンが驚いた表情を浮かべたものの、すぐに気を取り直す。
「いや、指揮なら俺が執る」
レーアの横顔を見ながら、ライアンも手を挙げた。
「レーア。指揮官を務められる根拠は?」
ディアの厳しい視線がレーアへ向けられる。
レーアはひと息ついてから答えた。
「全体指揮を行う場合、前衛ではなく、俯瞰して全体を見渡せる後衛が最適だと考えました」
ディアの片方の眉が、わずかに上がる。
「それを言うなら、臨機応変な対応が必要な前衛の俺が指揮を執った方が、即応性は高い」
ライアンも負けじと声を上げた。
ディアは二人を交互に見る。
「では、二人に問う。敵と遭遇した場合、どう対処する?」
「可能な限り、戦闘の回避を優先します」
レーアが答えた。
続いて、ライアンも迷うことなく口を開く。
「敵への情報漏洩を防ぎ、同時に戦力を削るため、先制攻撃と殲滅を優先します」
ディアは少し口元を緩めると二人に向けて、ゆっくりと問いかけた。
「ならばさらに問う。このように現場で意見が分かれた場合の対処方法は?」
レーアは口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。
何かを思い出すように目線を泳がす。
「迷っている時間が一番危険です。俺が指揮官なら、その場で最善だと思う行動をすぐ決めます」
ライアンが即答した。
その言葉を聞いたレーアは思い出したように言う。
「感情ではなく、事実を元に指示を出します」
レーアは自分の答えを確かめるように、言葉を続けた。
「そう、敵の数、装備、地形、仲間の状態。その時点で確認できる事実を整理して判断します」
ディアの目線が一瞬鋭くなる。
「その判断が間違っていたとしても?」
短い問いだった。
「はい。それで守られる明日があるなら」
レーアは、まっすぐディアを見つめた。
返事はない。
ディアはただ、その瞳を静かに見返している。
誰も口を開かなかった。
朝の風だけが、広場を静かに吹き抜ける。
やがてディアは小さく息を吐くと、五人を見渡した。
「……全員、よく覚えておけ」
その一言だけを残し、踵を返した。
五人は黙ったまま、その背中を見送る。
誰一人として、その言葉の続きを求めようとはしなかった。

