イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第五十五話 赤く、黒く
ルーベントの街が燃えている。
正確には、人が燃えているのだろう。
私はその現実を目撃することになる。

エラとヨル 第五十五話
【赤く、黒く】
赤い瞳のハーミットの動きは早かった。
サンの話では、直属組織の《沈黙の灯火》を動かしているそうだ。
また、物騒な名前が出てくる。
羽虫など焼けばいい、を地でやるらしい。
街の調査でも、不自然に燃えた人影のような跡を何度も目撃した。
「やりすぎです」
サンは焦げた痕跡を見て、目を伏せる。
それもあって、夜になると通りから人影が消えた。
住人たちは、ギガントタートルの異変には気づいていない。
だが、街そのものの異変には、間違いなく気づき始めている。
すでに、ディケの調査依頼から三日が経過していた。
LAGが発行した通行書。
商会ギルド《砂漠の薔薇》の証印。
そして、滅多に表に出ない赤い瞳の印。
これらが同じ書類に記されたことで、私たちはどこへ行っても止められることはなくなった。
ある者は恐れ、ある者は舌打ちし、ある者は見ないふりをする。
亀の甲羅の上といっても、小さな島ほどある街を調べるには、人手が足りない。
私たちは二手に分かれて調査を行うことになった。
エラとオト。
サンと私。
地図を見られることと、戦力のバランスで組んだ結果だ。
ただ、エラとオトのチームには、一抹の不安が残る。
――変な寄り道しなきゃいいけど。
さすがに、エラも今回は真剣だ。
街の人たちの命がかかっている。
互いに決めた地区を回り、何か見つけたら知らせる。
夜には白カラス亭に戻り、情報を交換する段取りを組んだ。
その日の夜。
白カラス亭で席を囲み、少し遅い食事をしながら、オトが小さく漏らした。
「やはり、目立ったところはありませんね」
住人が多い継ぎ板街を調べたが、成果はなかったようだ。
「こちらも、怪しいものは見当たりませんでした」
私たちが調べた荷背区のことも話す。
砂漠の薔薇が管轄する工房や倉庫のある商業地区だ。
会頭ローズの指示が行き届いているのか、調査には協力的だった。
ただ、どこへ行くにも案内役と称する監視が付いてきた。
「残すは、スラムのある落縁街と喉元門周辺……」
近くの席に座った客の姿に気づいたサンが、少し声を落とす。
「あとは……禁区です」
食事をしていたエラの手が、一瞬止まった。
禁区は中央殻都の奥にあり、甲羅の下へ潜るように広がっている地区らしい。
管轄は赤い瞳。
そのため、調査前には必ず声をかけてほしいと、ディケからも言われている。
「禁区はディケとの調整もあるから、明日は私たちが落縁街。エラたちは喉元門周辺を調べましょう」
私の言葉に、皆が頷く。
「お客さん、減りましたね」
オトが空いた席を見つめて言う。
確かに、いつもこの時間なら満席になる食堂も、今は空席が目立つ。
「おかげで注文しやすくていいよ」
エラが片手を上げて、給仕を呼びながら言った。
ただ、その顔は笑ってはいなかった。
夜になると、人が減る。
でも、翌朝見ると、何かが燃やされた跡が残る。
その事実だけが、空気を重くする。
私は、なるべく考えないようにしていた。
翌朝。
エラたちと別れると、私たちは落縁街に向かった。
エラとニコが、昔育った場所でもある。
エラと来たかった気持ちもあった。
けれど、今はそれどころじゃない。
ルーベントの中でも一番雑多で、犯罪も日常的に起こる場所。
仮面越しにもわかるほど、サンの警戒は鋭さを増していた。
家と呼べないような家屋。
ゴミなのか、資材なのかもわからないものが積まれ、細い道が複雑に絡まっている。
すえた匂いと、品定めするような住人の目線が、嫌でも緊張感を高めていた。
名目上は新規流入者用の仮設地区と謳われていたが、甲羅の変動が多く、住むには適していない。
ボロ布をまとい、肋が浮いた人々が、力なく座っている。
「ヨル。あれって!」
サンが何かに気づいたように、指を差して声を上げた。
その先には、黒衣にフードを被った一団が、白い衣装の男を囲んでいる。
咄嗟に、私はサンの手を引いて物陰に隠れた。
――竜祀教?
白い衣装が、雪山の記憶と繋がる。
周りにいるのは?
「沈黙の灯火ですね」
サンが何かを察したように呟く。
その直後、悲鳴とともに白い衣装の男が燃え上がった。
断末魔の叫び声とともに、男が倒れ込む。
私がシルベに手をかけようとするのを、サンが抑えた。
「今は、赤い瞳とぶつかるのは不味いです」
そう言ったサンの手は、強く握られていた。
――本当に焼いてるなんて。
私は凄惨な光景を目の当たりにして、これまでの焦げ跡を思い出す。
口を押さえ、なんとか込み上げるものを飲み込んだ。
視線を戻すと、人影が飛び込んでいった。
一閃。
黒衣の男の一人が、血を流して倒れる。
そこには、忘れもしない姿があった。
長い赤髪を結い、白銀の鎧を身にまとった女性。
「ディア……」
私の口から、名前がこぼれる。
ディアは倒れた白い衣装の男に一瞬だけ目を向けた。
その表情から、感情が消える。
「竜の意志を否定する者たちよ。その身をもって贖罪しなさい」
そう言うと、ディアが構えた剣の刃が紅く色づく。
炎が、剣先を包んだ。
黒衣の男たちは、斬られた仲間に見向きもせず距離を取る。
魔法の詠唱を始めたようだが、それ以上にディアの動きは早い。
一足で距離を詰めると、瞬く間に斬りかかった。
ディアの剣先が触れた相手を、炎が包む。
瞬時に、全身が燃え上がった。
――こっちも燃やすの?
街角で見た燃え跡は、沈黙の灯火とディアたちの戦闘の痕跡だとわかった。
他の黒衣の男が詠唱を終え、炎の塊をディアにぶつける。
しかし、その炎はディアに当たる前にかき消された。
まるで鎧が炎を吸い込んだように見える。
「無駄です」
そう言うと、ディアは一太刀で男を屠った。
私は助かった、とは思えなかった。
その背中から漂うものが、あまりにも鋭すぎたからだ。
「あの人、強いです」
サンが独り言のように言うと、私の腰のシルベがヒンと鳴った。
――新手?
私が辺りを見渡したとき、ディアの前に一人の姿が立っていた。
祭りの夜に見かけた、黒装束の男。
吊るし人だ。
「おーおー、よくもまあ、燃やしてくれたなー」
吊るし人は、他人事のように言う。
ディアが鋭い視線を向けると、吐き捨てるように言った。
「仲間の仇。殲滅します」
ディアの刀身が、赤く燃え上がる。
まるで怒りが剣に伝わったように。
赤く。
黒く。

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