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シングルトラックの残像 — ミゲル・マルティネスと過ごした白馬の夏

情報への飢餓感

90年代、マウンテンバイクに魂を奪われていた私は、とにかく情報に飢えていました。
地方に住む学生にとって、最新情報を得る手段は『サイクルスポーツ』や『バイシクルクラブ』くらい。しかし、地元の紀伊國屋で「洋書」のコーナーを見つけた日から、私の世界は変わりました。

店頭に並ぶのは、2ヶ月遅れの『マウンテンバイクアクション(MBA)』。
一冊2,000円。当時の大学生には目玉が飛び出るほど高価でしたが、辞書を片手に、未知の情報を貪り読みました。英語が得意だったわけではありません。ただ、写真と専門用語の向こう側にある「本場の熱」に触れたかったんです。

Webサイトが呼び覚ました記憶

先日、ふと『マウンテンバイクアクション』の公式サイトを覗きました。
今は自動翻訳でスラスラ読める時代です。そこで目にした「木曜日の懐かし特集(Throwback Thursday)」。
90年代、すべてを変えたヨーロッパのクロスカントリーレーサーたち。
そこに記されていた名前に、私は激しい既視感を覚えました。
「ミゲル・マルティネス」――。
彼と、あの一瞬、言葉を交わした白馬の夏が蘇りました。

1995年、白馬岩岳:シングルトラックの遭遇

1995年。私はマスコミの端くれとして、プレスパスを胸に白馬岩岳のコースをうろうろしていました。
女性トップレーサーとコース紹介の記事を作るため試走していましたが、撮影に熱中しすぎて、気づけば一般の試走時間を過ぎていたんです。

誰もいないはずの森の中、シングルトラックの下りセクション。
背後から、尋常ではないスピードで近づいてくる「音」を感じました。
下りには自信があった私ですが、その気配に圧倒され、脇に寄って道を譲ったその瞬間――。
弾丸のようなスピードで横を駆け抜けていったのが、招待選手として来日していたミゲルでした。

全力疾走の追跡

「チャンスだ!」
私は反射的にペダルを漕ぎ出し、彼の背中を追いました。
後にシドニー五輪で金メダルを手にする伝説の男。前夜祭で見かけた彼は、私よりも小柄でしたが、バイクの上では誰よりも巨大に見えました。
一言声をかけ、私の横をすり抜けていった彼に必死で食い下がりましたが、その距離は残酷なほど、スルスルと離されていきました。

2002年、ツール・ド・フランスの夜

時は流れ、2002年。
一般企業に就職し、自転車に乗る暇もないほど忙しい日々を送っていた私は、深夜のテレビで『ツール・ド・フランス』を眺めていました。
画面の中で、あのミゲルが先頭で逃げていたんです。
「行け!ミゲル!」
テレビの前で拳を握りしめましたが、惜しくもステージ優勝には届きませんでした。

受け継がれる血脈

そして今、改めてミゲルについて調べていて、さらに驚きました。
彼の息子、レニー・マルティネスが、今やプロロード選手として第一線で活躍していることを知ったからです。

2ヶ月遅れの雑誌を必死に読んでいたあの日から、白馬の森を駆け抜けた瞬間、そして次世代への継承。
時の流れの早さに眩暈がしますが、あの日、私の横を通り過ぎた「風」の記憶がある限り、私はこれからも彼の一族を応援し続けるでしょう。

※画像はAI生成によるイメージ画像で、実物の画像ではありません。

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