言葉の岸辺で考える。【ことばの舟着き場シリーズ①】
日々、
様々な人と出会う。
年齢も性別も、
向き合っている
人生の壁も、
みんな違う。
みんな違う
ということは、
私もみんなと違っている。
互いの間には
大きな河が流れている。
辛うじて
向こう岸が見える
おかげで
何となく
対岸の佇(たたず)まいは
感じることができる。
しかし、
そこの
文化・風土・風習までは
分からない。
言葉は、渡し舟。
想いを乗せながら、
こちらとあちらを往復する。
しかし、
渡し舟は舟自体が
目的ではない。
そして、
一度に運べるのは、
ごく限られた量。
行きつ戻りつ
する舟を手掛かりに、
人は自分の岸から
対岸を想像する。
そうして、
舟が行きと帰りを
繰り返すことで、
両岸に往来が生まれる。
やがて、
市(いち)が立ち、
新たな文化が生まれ、
関係が育っていく。
この両岸には、
舟着き場がある。
しかし、
河が大きいため、
この舟着き場は
互いに直接目視できない。
相手の港が小さければ、
荷を下ろせるのは一部だけ。
残りの荷は
広い河に消えてゆく。
舟着き場の水路が浅ければ、
大きな舟は近づけない。
舟は沖に留め置き、
舟着き場から小舟を出して、
何度も積み替え運び出す。
かくして、
向こう岸からは
見えないところで、
こちらは何往復も
しなければならなくなる。
——同じ言葉を伝えても、
部分的にしか届かない
人もいれば、
何度か具体例に言い換えて、
ようやく届く人もいるように。
年齢、
性別、
向き合っている
人生の壁。
みんな違う
ということは、
舟の大きさや
舟着き場の造りも
みんな違う。
確かに
舟が目的ではないが、
だからといって
舟の積み荷を
見ているだけでも
いけないことを、
知る人は知っている。
舟の大きさや積み荷、
舟の航路から、
向こう岸の港は
想像できるだろうか。
人と関わる
仕事をしていると、
この見えない
港の違いに何度も出会う。
今回ふと思い立ち、
こうした
舟の大きさや
舟着き場の造りを
テーマにしたシリーズ
を作りたくなった。
流れるように、
その時思いつく言葉を
掬(すく)い上げて。
その世界を広げてみよう。
この河に決して橋が
かけられない以上、
私たちが命ある限り
使っていく、
大切な水辺なのだから。
