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【振り子のエッセンスシリーズ②】  生きた言葉を扱う人へ

シリーズ前回の記事はこちら↓

精神科で心理士をしていると、
「症状」や「診断」といった外的評価を
超えて様々なものの感じ方に出会います。


「趣味をしたいんだけど、できない。
何か怖い感じがして…」

「努力しているんだけど、結果が出ない。
単に『頑張っている私』を感じたいだけ
なんじゃないかと思ってしまう」

「仕事では分からないことだらけ。
でもこんなだらしない私が、
職場で色んな人に質問しては
いけないと思っています」


一日のなかで、
目まぐるしくも深く静かに。

相談室には様々な想いや価値観が
持ち寄られます。

すでに見つかっている想いは言葉として。
まだ輪郭を持たない想いは深い沈黙として。


はじめから自分が話したいことを
全て把握できている人に、
私はあったことがありません。

必ず会話の途中で沈黙が入り、
形にならない想いを掴もうとする
時間が訪れます。

一度は言葉として掬い上げてみたけれど、
言葉の持つニュアンスと、内面に揺れる
想いとのあいだの溝に気づき、

また深い沈黙のなかへと
静かに帰っていくことも。


ようやく掬い上げたはずの言葉が、
形を得た途端に否定されることもあります。

「趣味をしたいんだけど、できない。
何か怖い感じがして…」

私「怖い感じ?」

「いや、怖い感じっていうか…」


こういうのが

生きた言葉

なんですね。

目の前の人がいま言った言葉さえ
次の瞬間には静かにほどけて離れていく。

活字は
既に意味が固定しているという意味で、
死んだ言葉といえるかもしれません。


精神科でも、
学校でも。

家庭のなかでも。
社会にでても。

生きた言葉が飛び交っています。


覚悟を秘めた言葉には強さがあります。

しかし、定まらない想いにあてがわれる
言葉には流れがあります。

そうした生きた言葉に触れる時には、
ただ話を聞くのではなく、

出来るだけこの流れを崩さずに。
丁寧に扱ってあげること。


「趣味をしたいんだけど、できない。
何か怖い感じがして…」

「やってみたい気持ちもある一方で、
どこかで止まる感じもあるんですね。」


「趣味をしたいんだけど、できない。
何か怖い感じがして…」

「その怖い感じから、もう少しだけ
離れてみると、どんな感じでしょう?」


「趣味をしたいんだけど、できない。
何か怖い感じがして…」

「その怖さって、
特にどんなときに強くなりそうですか?」


それが、
生きた言葉に触れる
コツのように思うのです。


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