怒られないように生きてきた私が、はじめて声を出せた日
息を潜めるように、生きてきた。
誰にも迷惑をかけず、誰にも嫌われないように。
小さいころから、
怒られないように、目立たないように、
私は「親にとっての不安要素」にならないように生きていた。
怒られるのが、本当に怖かった。
迷惑をかけたら、嫌われる。
一度だけ――殴られたことがある。
人生でたった一発だったけれど、
あの日から私は、「もう二度と“うざい干渉”をされないようにしよう」と決めた。
家族も、他人も、心の底から信じられなくなった。
だから私は、迷惑をかけない子どもを選んだ。
大人しくゲームをしていれば、叱られずにすんだ。
ただ静かに過ごすことが、何より大事だった。
急に泣かない、怒らない、大声を出さない。
好きなことを突然始めたり、「変わった子」だと思われそうな言動も避けた。
ただ、静かに。空気のように。
そうしていれば、怒られない。
親の機嫌をそこねない。
「無害であること」が、生き延びるためのルールだった。
でも、今日ちょっとだけ、違った。
職場で、いつもなら避けていた雑談の輪に、自分から入ってみた。
当たり障りのない話しかしてないのに、なんだか嬉しくて。
あ、私……
今、「人間としてそこにいていい」って感じてる。
ほんの数分だったけど、
人生でいちばん幸福かもって思った。
夜になって、ふと考えた。
人って、誰かに触れてしまう存在なんだと思う。
息をするだけでも、何かに影響を与えてしまう。
完全に“無害”な人間なんて、どこにもいない。
誰にも迷惑をかけずに生きることなんて、できない。
それでも私は、今日、
「無害じゃない私」で、誰かと話せた。
声を出して、ちょっと笑って、息をして、そこにいた。
それでも誰も怒らなかった。
否定されなかった。
存在していいって、思えた。
私の言葉を、相手はちゃんと受け取って、丁寧に返してくれた。
一方的じゃない会話なんて、久しぶりだった。
ずっと私は、“どうせ否定される”って決めつけてた。
本当は、そうじゃなかったのかもしれない。
少しだけ、信じてみてもいいかもしれない――そう思えた。
だから、こう思った。
どうせ生きてるだけで、誰かにぶつかるなら。
せめて、自分の意志で誰かに届く“跡”を残そう。
子どもみたいに黙っていても、
見た目や声や動きだけで、誰かにとっての「不快」になることは避けられない。
だったら私は、
誰かの中に“残る”存在として、生きていたい。
迷惑かも。面倒かも。うるさいかもしれない。
でも、忘れられるよりは、ずっといい。
そしてもし、
あなたにも「話してみたいけど怖い人」がいるなら――
そのままの声でいい。震えていても、小さくても。
あなたが話すその一言を、ちゃんと受け取る人も、きっといる。
私が、そうしてもらえたように。
🐾ミジンコメモ
無害でいようとしていたのは、嫌われないためだった。
でも今日、ちゃんと話してみたら、私の言葉は届いて、ちゃんと返ってきた。
息をすることさえ怖かった私が、誰かの笑顔の中にいられた。
だから次も、少しだけ話してみようと思う。声は小さくても、生きてるって実感できる瞬間があるから。

