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すべての私を抱きしめたとき

最近、ふと思う。

私は、どんな在り方で
この世界を生きていたいのだろう。

目に見える現実の奥に、
もっと静かで確かな“何か”がある気がしている。

自分の一部を切り取ったとき、
その一部分にさえ、
やさしく光を当てられる自分でいたいと思う。

気質や癖、考え方、価値観。
人との関わり方のような、目には見えないもの。

メイクやヘアスタイル、コーディネート、
アクセサリーやネイルといった、目に見えるもの。

そのすべては、
“私”という存在を形づくる一部。

「自分だけは、自分を否定しない」

ある人からその言葉を聞いたとき、
すとんと心に落ちた。

どこかで私は、
自分の一部を否定することが当たり前になっていたのかもしれない。

でも本当は、
どんな自分であっても、
最後の味方だけは自分でいたかった。

魂はきっと、最初からそれを知っていて、
何ひとつ否定していない。

だからこそ私は、
どんな自分にも「それでいいよ」と言える在り方を選びたい。

本当は、
そのどれもが愛されるために存在していて、
気づいてほしくて、ここにあるのかもしれない。

光だけじゃなく、影もあるからこそ、
私という存在は深く、あたたかい。

だからこそ、どんな瞬間の自分にも、
そっと手を差し伸べられる私でいたい。

自分を赦し、受け入れたとき、
内側の静けさが広がっていく。

その波紋のように、
現実もまた、やさしく変わりはじめる。

私は、最初から
“このままでいい存在”

あなたは、
自分の一番の味方でいられていますか?

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秋月 美澄 いただいたチップは、心と体を整える時間に使わせてもらって、また元気に書き続けます😌💖