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もう大人なんだから

「もう大人なんだから」

お店にいるいちばん若いスタッフに次の段階に進んでという気持ちと、幼いところを直してほしいという上司ならではのおせっかいから言った言葉。
それは私が20代の時に社長に言われたことでもある。言われた時は、そっかもう甘えていられないのかと、妙に納得し反省したけど、それから私は大人になったんだろうか。


ハタチになる前から、ハタチになったらしていいことは、少しずつ始めてた。だから大人になったからあれもやって、これも始めてなんて思わなかった。小雨が降った成人式は成人同士が祝い合うことなんてなく、一日中同窓会だった。


二度目の成人式を迎えたときは、もう一度20代が始まったと勝手に自分を若返らせ40代に起こる大変さを大風呂敷を上からかけ、楽しみ楽しみと始まった。お金もあるし人脈も広がったから、前より度胸がついていた。


大人になったなんて思うより、年を取ったなって思うことのほうが断然多い。左肩が痛くなったのも、お酒が翌日残り方も、これが大人のたしなみなんて言わない、そうただの老い。私も周りも食べ物に気をつけてるけど、大人の丁寧な暮らしではなく、やっぱり老い。

大人になれたを通り越してる。


子どもの頃に見ていた両親も先生も、友達のお母さんも、ちゃんと大人だった。 きっと今の私くらいの年齢で、子育てをして、仕事をして、お金のことも考えていた。 私と共通しているのは、仕事をしていることくらい。あとは、だいぶ違う。


大人だなという人を思い浮かべてみた。
色んなお店を知ってる。ワインに詳しい。さらっとできる気遣い。街に溶け込む服装。 そんな人たちを見ると、大人だなと思う。

じゃあなりたい大人は。
大変な時にこそユーモア発揮する人。コロナ禍のフジロックで電気グルーヴや民生やヒロトをみて、おじさんが楽しそうに、時におどけている姿は心強かった。私はたまにあるピンチに弱くて考えすぎて眠れなくなるときがある。まだまだ理想の大人にたどり着くには時間がかかりそう。


「もう大人なんだから」と若いスタッフに言ったとき、私は「大人」を年齢や世間のイメージで見ていた。なんなら自分もちょっと大人ぶってしまった。


「大人」と「普通」って便利な言葉で相手に求めるときに使ってしまう。でもどちらも実物を見たことない気がする。








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