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saraluce
庭の芝草刈り
先日の朝のこと。
電話の向こうの母の声が、やけに弾んでいる。
「あんたには、怒られるけどね。」
そう言って、母は話し始めた。
「今朝でね、庭の芝生全部刈ったよ。」
「5日かかったけど、自分一人で刈ったよ。」
実家の庭は、そんなに広くない。
父と母が、土地を買い家を建てたのは、もう55年以上前のことだ。
その時から、実家の庭は芝生を敷いてある。
ただ、この芝、冬以外のシーズンは定期的に手入れしないと、どんどん伸びてくる。
狭い庭とはいえ、芝を刈るには結構な時間がかかる。
母が90歳を超えてからは、私が帰省する度に刈るようにしている。
この5月にも、私が芝刈りを1時間ほどかけて行なった。
しかし母は、また伸びてきた芝草が気に入らなかったみたいだ。
連続5日間、涼しい早朝に、小さな折り畳み椅子に腰かけて、少しずつ電動の芝刈り用ハンディバリカンで、庭の芝草を刈ったというのだ。
「おふくろ、もうやめてくれよ。」
電話口で、私はそう言った。
「あんたには、そう言われると思たよ。」
と、母は言った。
そして、
「でも、この歳(満96歳)で、まだまだできることがあるのはうれしいわ。」
と続けた。
私は、それ以上母を責めるのは止めた。
確かに母の言う通りだ。
歳を取れば、老化が進む。
身体が昔のようには動かない。
頭もボケてくる。
できないことが増える。
周りの人間も、年寄りには何もさせなくなる。
しかし、本当にそうだろうか。
年寄りは何もできないと決めつけていいのだろうか。
母の話を聞いて、私はそんなことを思った。
電話の最後に、母はこう言った。
「今度帰ってきたとき、まあ庭を見てみい。きれいになってるでえ。」
母の声は、最後まで弾んでいた。
