思いがけない一言
7月のある平日。
私はまた、車で2時間半かけて実家に帰った。
理由は、墓掃除。
母は「お盆の時でいいよ。」と言ってくれたが、私は、お盆までに一度墓の様子を見ておきたかった。
それで、気温が朝から35度近いにもかかわらず、私は紀伊半島南部の実家へと車を走らせた。
今回も自宅を早朝に出たので、実家には午前8時半前に着いた。
とにかく早く墓掃除を済ませたかった私は、母から線香とお米をもらうと、すぐに墓に向かった。
来月のお盆前に、もう一度お墓参りに私は来る。
だから、今回はお花や樒(しきみ)は、お供えしなかった。
お墓には、20分ほどで着いた。
以前にも書いたように、私の実家の墓は広い。
広くて古い。
前回掃除に来たのは、5月の半ばだった。
やはり想像通り、墓の敷地内にはたくさんの木の枝が散乱し、草もそれなりに生えていた。
私は、墓地に備え付けの長ぼうきで枝や葉っぱを掃除し、その後草引きをした。
午前9時とは言え、多分気温は30℃を超えていただろう。
汗が半端なく、額からも首筋からもしたたり落ちてくる。
ハンカチでふいてもふいても、汗は収まらない。
30分ほど掃除をしたら、それなりに墓はきれいになった。
その後は、ご先祖様方にお水をあげ、お米をお供えし、そして線香に火をつけて、手を合わせて般若心経を唱えた。
お墓には誰もいなかったので、結構大きな声で唱えたが、セミの鳴き声の方が大きかった。
墓掃除が終わると、今度は母からの頼まれ物の買い出し。
近所のスーパーでちょちょっと買い物を済ませ、実家に戻ったのは、午前10時半ごろだった。
昼ご飯には、少し早かったが、私は母と二人で昼食をとった。
いつもの母の手料理だ。
味噌汁は薄くてぬるかったが、しめじの入った汁はお腹に沁みた。
食事が済んだのは、11時前。
「朝早かったから、今日は帰るわ。また来月来るわ。」
そう言って、私は母に別れを告げようとした。
すると、母は思いがけないことを言った。
「まだ、行かんといて。」
私はギクッとした。
聞き間違いかと思った。
こんな言葉を母から聴くのは初めてだ。
「もうあと1時間、おって。」
母は念を押すように、そう言葉を付け加えた。
「ええよ。どうせ早よ帰っても、することないし。」
そう私も返した。
仏壇のあるエアコンの効いた6畳の和室に、二人で転がった。
私の左横に母。
右には父の遺影。
私は、60年ぶりに母と父の間で、川の字になった。
母とは、また昔の話をした。
いつもと同じ、私の祖母(母の母)の実家の怖い嫁さんの話だ。
併せて、母の祖父や曾祖父母の話もした。
昭和初期の山家暮らしが、目の前に現れてくる。
何回聞いても、母の昔話は面白い。
そんな話で盛り上がっていたら、時刻は12時を過ぎていた。
「そろそろ、帰らななあ。〇〇さん(私の妻)も待ってるやろ。」
母はそう言って、私の手を握った。
いつもより母の手は温かかった。
「ほんだら、帰るわ。」
私は立ち上がって、玄関に向かった。
玄関で靴を履いていたら、母が追いかけるようにやってきて、
「もう一回、手握らせて。」
そう言った。
「今日は、ありがとうね。早よからご苦労さん。」
「また来るわ。」
そう言って私は玄関を出た。
母が刈ったばかりの庭の芝生は、本当にスッキリしていた。
時刻は、12時10分過ぎ。
ちらっと庭の隅のミニトマトに目をやると、赤い実が5つほどついていた。
私はまたハンカチで額の汗を拭きながら、玄関の戸を閉めた。
