夜が消えた街【風まかせ文芸部】
翔太は夜のコンビニが生活の中心だった。白々と光る店内、夜中でも新品同様のスイーツ棚。あの光がある限り、社会は動いている気がして、生活は夜を軸に組み立てられていた。
だから政府が「電力を半減します」と発表したときも、聞き流した。「夜がなくなる」なんて、冗談みたいだった。
ところが一か月後、マンションを出ると、世界は想像以上に“夜”だった。街灯が間引かれ、闇が道を飲み込んでいた。スマホのライトをつけると、自分の足元だけが文明の最後のともしびだった。
コンビニのシャッターには「夜間営業終了」の貼り紙。プリンもネオンも消えた街は、妙に真面目な顔をしていた。
夜という制度が崩れると、意外なほど生活は簡単に崩れた。ネットは十一時から低速、テレビは早寝キャンペーン、残業は禁止。翔太は抵抗したが、娯楽が撤去された夜は思いのほか手強く、結局、早寝に屈した。
翌朝、カーテンを開けると、部屋の隅がじわじわと明るくなっていった。
「……お上が押したスイッチじゃないのか」
いや、太陽だ。無料で、無制限で、勝手に供給される。
早朝の街は、新鮮だった。新聞配達、犬の散歩、掃除するおばあさん。夜のネオンに照らされない顔は、みんな妙に生活感があった。
会社も七時始業になり、残業は制度的に禁止。上司は「健康的になった」と言いながら昼過ぎに眠そうな目をしていた。夜型を誇っていた同僚も、いまや全員が「朝活」を語っている。
翔太はパン屋のテラスで朝の光を浴びながらコーヒーをすすった。
かつて街を支配していたコンビニの蛍光灯は、いまや朝日にあっさり上書きされている。
──必要だったのは、光じゃなくて、スイッチを切る決断のほうだったのかもしれない。
そのとき、隣の席の客が新聞を広げた。
見出しが翔太の目に飛び込む。
「電力削減、経済効果で企業が“夜の復活”を要請」
街のどこかで「カチリ」とスイッチが入る音がした。
朝の光が、ほんの少し揺らいだ気がした。
